第2部 空からの狂兵

空からの狂兵1 グライスト小隊

“グライスト小隊によるアステロイド戦闘の心得その1、自らの有利な場で戦うべし”




 破壊され人気のない廃墟となった街。

 20年前にあった戦いから領土問題で未だ復興が始まっていないその都市は戦国時代のように多くの勢力で入り乱れていた。

 その都市へ同盟国として支援として参戦している『オールブルー』の正規軍――グライスト小隊は南地区の更に南端の防衛を行っていた。


 ガシャンッ、と重々しく瓦礫を踏み砕くアステロイドが居た。


 【ヴルムIII】。北地区を制圧している北部同盟軍が所持する地戦専用のアステロイドであった。

 両腕用の重型対甲ライフルを持ち、瓦礫が点在し亀裂が走ったままの都市道路では脚部のローラーを使って高速移動する事もままならない。


 本隊から離れてしまった単機のはぐれ【ヴルムIII】であったが、偶然にも南部同盟軍には捕捉されていなかった。更に殆ど交戦しておらずほぼ無傷の武装を積んでいる事から、南部防衛線の側面を叩く任務を言い渡されていた。




“グライスト小隊によるアステロイド戦闘の心得その2、敵が狩猟場の奥に入るまで静かに堪えろ”




『…………』


 【ヴルムIII】は常にカメラで周囲の様子を確認している。更に熱源による索敵とソナーによる空間索敵も行いながら、確実に、慎重に歩を進めていた。

 そして交差点に入り、後もう一つの角を曲がれば直線上は南部同盟軍の防衛ラインの側面である。と――


 持てる索敵を全て行い、敵の反応が一キロ圏内には無いと100%の確信を持って歩を進める。

 しかし、その【ヴルムIII】の背後に反射するように形作る同サイズの“何か”が居た。


『――――!?』


 背後。三メートル圏内にふと湧いた熱源によって、はじめて【ヴルムIII】の操縦者ドライバーは、敵が背後にいる事を気がつく。


『――――』


 背後へ振り向きながら武装を向ける。

 すると透明の何かがヒュッと走ると【ヴルムIII】の頭部の上半分が両断された。

 間髪を入れず離れた瓦礫の影からの熱源に片脚を撃ち抜かれ、視界と機動力をほぼ同時に失う。だが――


『!?』


 透明の“何か”は脚部を撓め、高く跳び上がると近くの半分倒壊しているビルの屋上へ着地。

 【ヴルムIII】が重型対甲ライフルを闇雲に乱射し始めたのだ。周囲の建物を次々に貫通する程の大口径はアステロイドでも正面から受ければミンチとなる威力がある。


『クソ! 北の重装備【ヴルムIII】め! 手負いの虎かよ!』

『隊長! 早くトドメを!』


 ビルの屋上に飛び移った“何か”は脚部から冷却剤を噴射しながら乱射する【ヴルムIII】を見下ろす。


『グライスト小隊によるアステロイド戦闘の心得その3、確実にトドメを刺せ――』


 ピピッと、初撃ファーストコンタクトを決めた機体が【ヴルムIII】をロックオンする。その情報は全ての味方機に届いていた。


『ただし……無駄な労力を使うな』


 すると何も居ない屋上に色がつくように二機の機体が現れる。

 一つ目のアイカメラに細身で背部に細長い冷却材を装備していた。【ヴルムIII】に比べて華奢なイメージを感じ、軽量で各々が特殊兵装を保持している機体だった。

 屋上から片膝で低反動ライフルを構えるもう一機の機体が【ヴルムIII】の背部の武装ラックの弾薬を撃ち抜く。


『オーケー、完璧だ』


 一瞬だけ光った【ヴルムIII】は上半身が跡形もなく消し飛んだ。




 “グライスト小隊によるアステロイド戦闘の心得その4、機体の状態は特に気を付けろ”




「だからですね、私の狙撃が完璧だったんですよ!」


 【ヴルムIII】の戦闘から無傷で快勝したグライスト小隊は少しだけ現場を移動し、高い遮蔽物の多い場所で担当の地域の警戒に当たっていた。


 物陰で隠す様に待機させている機体は全部で5機。全て同型の機体であるが、それぞれの搭乗者ドライバーに合わせた武装の為に性能と細部が異なっている。


「五回に三回しか当たらない、ポンコツ狙撃少女が何を言うか? 大口を叩くのなら、隊長みたいに初撃ファーストアタックを決めてから言いなよ」


 自機のコアで今日の戦闘データをまとめている女兵士は身を乗り出して覗き込んでくる後輩の女兵士に、しっしっ、手を振った。


「フィロ先輩、つれないですよ~。ははーん、さては昼間の【ヴルムIII】との戦いで出番が無かったから拗ねてるんですね!」

「うるさいよ、リエス。この小隊に所属して半年の新人ぺーぺーが、戦いを知った気になるのは早いんじゃない?」


 フィロは近接戦を主体とするアステロイド操縦者ドライバーであり、その戦闘力は若くして戦場対応性Bという認定を受けている。


「リエス。お前は自分の機体の情報調整をしたのか?」


 下から自機の整備を終えた小隊の副隊長であるカルメラが見上げていた。


「まだです!」

「さっさとやらんかい!!」


 スパンッと、フィロに頭を叩かれるリエス。バランスを崩して落ちそうになり、開いているコアハッチに掴まった。


「先輩! 落ちる! 落ちる!」

「こら、掴まるな! 私の【メイガスIII】が壊れるでしょ!」

「お前ら、ここに降りてこい!」


 カルメラの怒号でフィロとリエスはお互いに頬を引っ張り合いながら正座をする。軍人としての心得を、30分間、みっちり叩き込まれた。




“グライスト小隊によるアステロイド戦闘の心得その5、見張りを怠るな”




「隊長。そろそろ交代の時間です」


 最初の見張りを引き受けたグライスト小隊隊長――グライストは二時間交代の時間を迎えて、次の当番であるスペラから声を掛けられた。


「おう。もうそんな時間か」


 腕時計を見ながらいつの間にか時間が経っている事を確認する。がっちりとした体格でスキンヘッドについた×字の傷が特徴の男だった。


「ん? 騒がしいな」


 と、副隊長であるカルメラの声に正座させられている二人の部隊員を見つける。


「なぁ、スペラ。あれ、どうしたの?」

「フィロとリエスです。いくら人員補充とは言え、リエスが入ってから副隊長の怒号も増えましたよ」

「ふっはは。いいじゃねぇか! 一年前までは、むさ苦しい男だらけの小隊だったんだしよ。カルメラの奴も娘が出来たみたいだって言ってたぞ?」

「それは、それで、問題が無いですか?」

「アイツは、病気で妻子を無くしてるからなぁ。若い奴を見ると、どうしても厳しく接しちまうのさ」

「それって、自分も入ってます?」


 スペラは怒られるのは、やだなぁ、と正座をしている二人を見下ろす。


「お前は一番、出来のいい息子だと、酒の席で言ってるぞ」

「げぇ」




 “グライスト小隊によるアステロイド戦闘の心得その6、食事と睡眠は十分にとれ”




 数時間後。日もすっかり落ち、光が漏れないように瓦礫に積み上げられた隙間でキャンプを張っている小隊。

 時間でスペラと見張りを変わったカルメラは、次の担当であるフィロを起こしにテントへ向かう。


「副隊長――」


 既に起きていたフィロはカルメラへ作っておいた夜食を手渡した。

 ソレを受けとりながら、寝装が悪く、スペラの毛布を奪い取っているリエスへ嘆息を吐く。


「まったく……こいつは何をしに戦場に来てるんだ?」

「リエスですか?」

「フィロ。お前は、リエスとは知り合いだったな?」

「はい。とは言っても、訓練所でも落ちこぼれで、軍になんて絶対に向かない奴だと思っています。成績も並み以下で何の因果でこの小隊に入れたのか……」

「人員不足だったと言う事もあるが……今、試験的に運用している【メイガスIII】の適応性にもよる」


 彼らの乗る機体――【メイガスIII】は現在20機ほどしか造られていない試験機である。

 最新の迷彩装備『ACF』を搭載し、動かなければ周囲に完全に溶け込むことが出来るのだ。

 止まっていれば索敵にも引っかからず、動く状態でも有視界戦闘のカモフラージュ性能は90%以上と奇襲性では他のアステロイドを許さない性能を持っている。

 だが特殊な装甲を使っている為、極端にバランス性が悪い。直立させる事さえも難しい機体であり、選ばれた搭乗者ドライバーは20機中10人だけだった。


「私は【メイガスIII】を自在に操るのに、二週間かかりました」

「俺は一週間だ。ちなみにスペラは10日。隊長は4日かかった」

「4日……流石、歴戦の搭乗者ドライバーですね」

「……上から伏せるように言われていたが、お前にだけは言っておこう」


 神妙な面持ちでカルメラはリエスを見ながら告げる。


「リエスは2日で乗りこなした。素質だけ言えば『セブンス』にも劣らない操作技術を持っていると言われている」

「……そうは見えませんけどね」


 えへへ、と幸せそうに眠るリエス。

 はだけた毛布をフィロはかけ直すと、出来の悪い妹を見るような眼でため息を吐く。

 緊張感がない。殺し合いには向かない性格だと言うのに……何かと自分の後ろを追いかけてくる奴だった。

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