私たちの惑星
ある少女は瞳を閉じて祈りを捧げ、ある少年は上空へ銃口を突き付けている。
私はスマホのカメラで、劇場の入口にあるポスターを撮影した。私が撮影を終えると、すぐに別の女性が写真を撮りだす。
惑星ブルー。この物語がアニメ化を経て、ついに舞台俳優が演じる舞台となったのは感慨深い。少年少女たちが地球を飛び出し、未知の惑星ブルーで生き抜く青春群像劇だ。
開演まであと一時間。サヤちゃんは来てくれるだろうか。
劇場内の喫茶店に入った。サヤちゃんに喫茶店で待ち合わせようとメッセージを送った。まだ既読はついていない。
私はモンブランを注文した。フォークでそうっとマロンペーストを削って、ゆっくり食べ始めた。
サヤちゃんは同じクラスの友達だ。惑星ブルーがきっかけで知り合った。サヤちゃんの下の名前は
席替えで前後の席になったとき、私から話しかけた。惑星ブルーに「サーヤ」という姉御肌のキャラクターがいる。
「沙綾ちゃん……惑星ブルーのサーヤみたい」
「知ってるの?」
サヤちゃんは身を乗り出した。サヤちゃんは惑星ブルーが大好きで、原作の漫画も読んで、放送中のアニメも全て見ていた。私はアニメを見ていて、サヤちゃんと一気に話が盛り上がって距離が縮まった。サヤちゃんは原作の漫画を貸してくれた。
サヤちゃんはピアスを右耳に二つ空けていて、制服のスカートも短い。教室の一軍にいるようなお洒落な女の子だった。そんな彼女がなぜどこのグループに属していないかは分からない。サヤちゃんと私は二人で行動するようになった。私も誰ともつるんでいなかったから。
私とサヤちゃんは惑星ブルーのイベントに何度も出かけた。原作漫画のサイン会、声優のトークイベント、アパレルメーカーとコラボしたグッズ販売などなど。
今のオタクの女の子は、サヤちゃんみたいにお洒落な子が多い。
それでいてサヤちゃんは、物語上で起こった出来事を七十五話…とか話数単位で覚えている。セリフも暗記で覚えている。
私はサヤちゃんほど詳しくはない。惑星ブルーは好きだけれど、サヤちゃんが持つ熱量には敵わない。
サヤちゃんがころころと表情を変えて話すのが好きだ。サヤちゃんが推しのキャラクターのグッズをガチャガチャで当てて、嬉しくて飛び跳ねちゃうところも好きだ。
サヤちゃんがいると空気が華やぐ。
でもきっと、サヤちゃんは「私」じゃなくて、惑星ブルーの話ができれば誰でも良いんだろう。私たちはたくさん話をしたけれど、ほぼ全部が惑星ブルーの話だった。
教頭先生があのキャラクターにそっくりだとか、もし惑星ブルーのキャラクターが現代に生きていたらだとか、他愛のない空想ばかり話していた。
ある日の帰り道は、駄菓子屋のベンチでアイスを食べて、ちょっと恋バナをして、キャラクターたちの恋愛を空想した。
私たちの会話のゴールは、惑星ブルーに向かう。サヤちゃんはそれで楽しそうで、私もそれで構わなかった。ううん、少し嘘。
惑星ブルーが舞台化すると知った時も、私はいつものようにサヤちゃんを誘った。
「ついに舞台だって!チケットもう先行販売されてるかなあ」
「私は行かない」
私はスマホの画面をウキウキで眺めていた。いつもは二つ返事で乗ってくるサヤちゃんの様子が違った。
「好きなキャラクターの声が違って、容姿だって一緒じゃないよ!そんなの耐えられない」
「サヤちゃん……大丈夫だよ、行けば楽しいって」
「
サヤちゃんはそう言うと、去ってしまった。
サヤちゃんが大事にしているものを、私は蔑ろにしていたんだ。沢山話していたのに。
でも私は惑星ブルーの舞台を観たい。惑星ブルーは大好きな物語だ。サヤちゃんのおかげでもっと好きになった。私は舞台のチケットを二枚予約して、サヤちゃんにメッセージも送った。『日向は分かってくれると…』サヤちゃんの言葉が耳から離れない。
モンブランを食べ終えると、メッセージに既読はついていた。
サヤちゃんは来てくれるだろうか。
来てくれても来てくれなくても、私はサヤちゃんともっと話したかった。
『そうさ、僕ら話をしよう。あの天の川を渡りきっても、ずっと話をしよう』
主人公のセリフがリフレインする。私は耳を澄ませた。喫茶店のカウベルが鳴った。
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