第16話 日本ダービー

 1レース1レースが競馬好きな吉沢さんと観ると本当に面白い


 競馬の楽しみ方は人それぞれだ。それこそ10人いれば10通りの楽しみ方がある。

 吉沢さんは競馬にドラマ性やロマンを求めるタイプだった。


 そんな意味では今回の日本ダービーもドラマ性には事欠かない。


 1番人気は偉大な父である。

 ディープインパクトが晩年に残し最高傑作の呼び声高い、4戦4勝無敗の皐月賞馬、漆黒の怪物『デネブラエ』


 2番人気は2歳G1ホープフルステークスを5馬身差の圧勝。皐月賞は1番人気ながら3着に破れた、オルフェーヴル産駒、輝く綺麗な栗毛と破天荒なレースぶりから金色羅刹こんじきらせつと呼ばれる『アウレウス』


 今までのレースは競馬専門の有料チャンネルで観ていたが、日本ダービーだけは地上波で観ることにした。

 最近の吉沢さんはずっとフ○テレビで観てるらしいから。


 N○Kでも天皇賞や有馬記念、NHKマイルカッブ等はTV中継をしている。

 全く同じレースをリアルタイムでフ○テレビとN○Kで流してる訳だが、そんなスポーツって他にあんのかな?


「TV始まったよ、若生君! 」


 吉沢さん、めちゃくちゃテンションが上がってる。拍手までしてるし


 TV中継は上空のヘリから府中競馬場を映していた。


『世代の頂点を決める日本ダービー。ここ府中に選ばれし精鋭18頭が集結しました。14時時点での観客数は12万人を超えております』


 晴れ渡る青空に綺麗に刈り揃えられた緑色の芝生。


「若生君。歴代観客数1位だった時の日本ダービー勝ち馬は? 」

「アイネスフウジンでしょ。20万人のナカノコールが鳴り響いた」

「やっぱ知ってるよね」

「空前の競馬ブームだったみたいだしね」



 20万人の観客数なんて今からじゃ考えられない。

 それだけ競馬ファンがいたってことなのかな。

 驚きなのは馬券の種類が増えたとはいえ、馬券売上に関しては今の方が良いってことだ。


 未成年の俺たちには関係ないけど、登録さえすればネットで馬券を買えることがライト層を呼び込んだらしい。



「勝負しようよ。若生わこう君! 」

「勝負って? 」

「3頭選んで、その3頭の合計着順が良かった方の勝ち」

「良いけど、2頭は同じにならない? 」


 どう考えても『テネブラエ』と『アウレウス』は馬券内には来るだろうし


「3頭ともが同じにならなければ勝負はつくじゃん」 

「まぁ。そうだけど」

「で、勝ったほうが1個だけ、負けたほうに命令出来る」


 吉沢さんの命令って、何を考えてるのか分からないから怖いな


「どう? 」

「負けないと思うからいいよ。やろ! 」

「じゃ。紙に3頭の名前を書いて」


 お互い書いた紙を裏にして机に置いた。


「アタシと3頭ともかぶるってのはないと思うけど、先に見ちゃったら面白くないから、レース後に表にしてみよう」

「了解。3頭とも同じ馬を書いてたら引き分けだな」



 なんか余裕の笑みをしてるけど、俺も自信あるけどな!

 それより勝ったら何を命令すっかな…………


「吉沢さん1個だけ事前に共有しときたいんだけど」

「なに? 」

「勝った方の命令だけど」

「うん」


「……エッチなのはダメェ! 」

「いや。それ、どっちかって言うとアタシのセリフじゃね? 」


 だって。最初の方に思い付いたの全部エッチなやつだったから、自分で制限かけないと


「べ 別にアタシはどっちでも良いけど」

「じゃあ。エッチ系はなし」


 命令でエッチな事をさせるのも、するのも興奮すると思うが

 万が一にでも、そういう雰囲気になったら どうして良いか分からない!!

 未知の経験ほど好奇心をそそるが、同じくらい怖いものである。


 だいいち吉沢さんは彼女ではないからな。





 いよいよ日本ダービーの発走時刻になると

 俺も吉沢さんも口数は少なくなっていった。

 ゲート入りも順調に進み、スターターが馬運車に向かっていた。


「吉沢さん。スターターの人がボタンを押してゲートを開くタイミングってなんだと思う? 」

「1番人気の馬が落ち着いてるのを確認してからでしょ」


 こうも簡単に答えられるとは。

 けっこう知らない人も多いのに!


「あ 当たり。だから1番人気で出遅れるって、かなりヤバいんだけどね」

「たま〜にあるよね。G1で圧倒的1番人気なのに、めちゃくちゃ出遅れちゃう馬」


 ゴールドシップの事かあぁぁ!!

 スタートと同時にゲート内で立ち上がり、他馬より約2秒遅れてスタートすると言う、セルフハンデをかました2015年の宝塚記念。


 一瞬にして紙くずになったゴールドシップ絡みの馬券売上120億円。阿鼻叫喚地獄と化した阪神競馬場。

 画面越しにも異様な雰囲気だったのを小学生ながら鮮明に覚えている。



「めちゃくちゃ緊張する〜。どうかテネブラエが勝ちますように」


 吉沢さんも緊張してるのか、クッションをギュッと抱き抱えていた。



『全てのホースマンの憧れであり夢。世代で産まれた7522頭、その頂点が決まります。青空のもとで行われる』


 ガシャンとゲートが開く


 競馬場にいる12万人が、わずか18頭を必死に目で追う不思議な光景


『第89回日本ダービースタートです! 各馬まずまずのスタート』



 よしよしよし! 俺の選んだ3頭は好スタートを切ってポジション取りも決まった。



『先頭から最後方まで、20馬身位はあるでしょうか。縦長の展開、テネブラエは先頭から5頭目。アウレウスは後方集団に位置しております。1000mの通過タイムは59.0』


 59秒0……馬場状態を考ても


「「ややハイペースか」」


 吉沢さんとハモった。

 ややハイペースなのは間違いないけど、逃げ馬2頭が飛ばしてるだけだ。


 さすがに俺も吉沢さんも、人気薄2頭での逃げ残りで決着するとは思ってない。 


『後続もじょじょにペースを上げていく、大ケヤキを通過。グッと馬群は固まっていく』



「テネブラエはしっかりダービーポジション! これはアタシ貰ったね! 若生君!! 」



 吉沢さん。

 もう勝った気でいやがる

 最終コーナーで逃げ馬2頭を捕まえに行くテネブラエ

 最終直線にはいる頃には


『ここで早くも先頭に立った。漆黒の怪物テネブラエ! このまま押し切るか』


『イケイケ! 羽ばたけテネブラエ』のかけ声とともに

 謎にクッションで俺をバシバシと叩いてくる吉沢さん


『坂を上り終え、テネブラエ後続を突き放しにかかる』


「めっちゃ格好いいよぉ! 漆黒の馬体に、なびくたてがみ!! イケメン過ぎる」


 くっ まだ勝負は終わってないが、アウレウスは画面にも出て…………きた!!


『外から1頭突っ込んでくる! もの凄い脚!! ダミアン・レーンの風車ムチに合わせ』


 きたきたきたきたーーー!!


『金色羅刹アウレウスだけがアウレウスだけが差を詰めてくる!! テネブラエまで5馬身、4馬身、3馬身、届くか、届くか』


「ヤバいって! テネブラエそのまま頑張って、もう少しだから!! 」

「差せる 差せるぞアウレウス!! イケ!突き抜けろ」


『捕らえた! テネブラエを捕らえた!! 先頭は変わってアウレウス』


 ヨッシャー!! 府中の長い直線で末脚すえあし爆発や!!


『なんと内から盛り返して来るテネブラエ! 内と外で離れたが2頭並んだ!! 』


 え? 一度抜けたと思ったのに、普通盛り返して来るか?? なんつー勝負根性だよ!


『2頭の追い比べ、内テネブラエ、外アウレウス、テネブラエかアウレウスか、アウレウスかテネブラエか』


 凄い……俺も吉沢さんも2頭の追い比べに見惚れてしまい声が出なかった

 映るものに目が奪われ圧倒される。

 音が消えた静かな世界で沸々と内側から熱くなってくのを感じた。行き場を探すように全身を駆け巡るそれは、熱を帯びたまま毛穴という毛穴から噴出し……


 一気に鳥肌が立った


『2頭並んだままゴールイン! 最後は首の上げ下げ!! 』


 凄い……間違いなく俺がリアルで観てきたレースの中で1番の名勝負だ


『勝ち時計は2分22秒1!? 2分22秒1、ダービーレコード!! 』


「ヤバい、アタシ鳥肌が凄いんですけど」


 自分の腕をさする吉沢さんだけど、俺も同じだった


「これは凄いものを観たな」

「もぅ〜 テネブラエ圧勝だと思ったのに〜」


クッションをポコポコ叩き出す姿が何か可愛いな


「ってか、アウレウスの鬼脚ヤバッ! あの風車ムチは罰則もんでしょ!! 」

「間違いなく罰則だろうね。それに盛り返してくるテネブラエも相当だよ! 写真判定は長くなりそう」



 ターフビジョンの掲示板には1.2着は写真判定

 3着以下は馬番が確定していた


「え? 3着が1番の馬って事は、14番人気位じゃなかった?? 」


 人気薄がしれっと3着に来てたのか。

 もはやテネブラエとアウレウスしか見てなかった。


 こんな人気薄じゃ、吉沢さんも紙に書いてないでしょ。


「フッフッフッ。アタシって天才! ホント最&高!!」 


 紙を手に持ちながら不敵な笑顔の吉沢さん


「ちょっと待って……嘘でしょ? 14番人気だよ?? 書いてる訳ないでしょ」

「それが……」


 紙を俺に見せるように裏返す


「書いてあるんだよなぁ。アタシの勝ち!! 」


 マジで!? 本当に書いてあるし!! 

 この人競馬の天才かよ! 

 14番人気だよ? ピンポイントで当てられるか普通!!


「何で来ると思ったの? 」

「1枠1番って複勝率が1番良いし、先行タイプの馬だと余計にね」

「それは俺も考えたけど、明らかに格下じゃん。最終調教も微妙だったし」


「微妙じゃないよ。あそこの厩舎は1週前追い切りをビシッとやって、最終調教は流すから。1週前追い切りだと、あの馬の坂路はんろ調教自己ベスト出してるし。だから絶好調だったってことね」

「絶好調……」

「それに皐月賞はスタート直後で隣の馬にぶつけられて、そこからレースに参加せず大敗みたいな感じだったからね。ダービーでこんなに人気落ちるとは思わなかったけど」


 たしかに皐月賞では6番人気と穴馬ではあったけど、大敗したことでダービーでは14番人気まで評価を下げていた……

 なんだよそれ? しかも厩舎ごとの調教特色なんて知らねーよ! どうやって調べんだよ!!

 ガチ勢過ぎるだろ!

 むちゃくちゃだよ

 むちゃくちゃすぎて

 むちゃくちゃリスペクト!!



『長い写真判定の結果、1着アウレウス!! 2着にテネブラエ。アウレウスが日本ダービーを制しました!!』


 掲示板に確定の赤ランプが点灯し大歓声に包まれていた。


「っしゃあ! アウレウスが1着は当てた」

「アタシ、逆だ。テネブラエを1着にしてたもん。まっ 3連単ならフォーメーションで買うだろうから当たりは当たりだけど」

「3着を当てた時点で俺の負けだよ」 


 ってか、本当に吉沢さん凄い。


「アタシのお願い言っちゃうよ」

「う うん」


 何を言われんだ? もう一回付き合ってくれ。言われたらどうしよう


「か 髪の毛撫でて欲しい……な」

「え? 」

「アタシの髪を若生君に撫でて欲しいの」


 は?


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