第5話 ギャルのおたく訪問

 貴重な昼休み、隣で文庫本を読んでいる野々宮ののみやさん 

 もう本を読む仕草だけで、すっごい可愛い

 耳から滑り落ちるつやのある長い黒髪に濃い黒目がちな瞳

 一歩間違えば病的にも見えるなまめかしい白い肌とのコントラスト

 吉沢さんとは違った色気がある。


 深窓の令嬢のイメージだけど、夏の洋館に出てきそうな美少女幽霊にも思えてしまう。


 夏休みに田舎のおばぁちゃん家に遊びに行ったら、近くに荒れ放題の庭と古びた洋館があって

 そこに麦わら帽子と白ワンピース姿で出てきそう

 少年時代の『不思議な一夏の想い出』って感じだ


 ヤベッ ずっと見てたから気付かれた?

 野々宮さんは文庫本から視線を上げると流し目してきた。

 見てたのを悟られたくなかったので


「全然、人来ないなぁ」


 慌てて視線を外し、取りつくろう為に独り言の様に呟いてみる



 野々宮さんは読み終わった物語の余韻を噛みしめるかの様に、目を瞑りスッと静かに文庫本を閉じた。

 いちいち所作に儚げな色気を感じるのですが


 睫毛多いしながっ 

 少しして目を開けたかと思うと顔を向けてくる


「テスト前は込みますが、普段はほとんど来ないみたいですよ」


 こんなに近くで面と向かって話した事がないから やたらと緊張してしまう


「そ そうなんだ」


 って、事は昼休憩中はほとんど2人きりじゃん!

 今もチラホラとはいるけど、気にする程の人数じゃないし

 これなら週1と言わず毎日でも委員会があれば良いのに

 図書委員最高じゃねぇか



「おつおつ。ちゃんとやってる若生わこう君? 」

「吉沢さん? 何しに来たの?? 」


 カーディガンを腰結びにしている吉沢さん。脚の長さが目立つから、つい目が行ってしまう。

 図書館に来る人種じゃなさそうなのに


「え〜 その言い方ヒドくない? 」

「す すみません」

あおいちゃんもヒドいと思うよね」


 手を口に当てクスクスっと笑う野々宮さんに見惚れてしまう


「ほら。葵ちゃんもヒドいって言ってる」

「いや、野々宮さんは言ってないよ」


「バカには聞こえないんだよ」

「吉沢さん。俺の成績知らないよね? 」


「知らないけど赤点3教科はありそう」

「いや、1教科もないからね」

「スゴっ アタシ学年末テスト全教科赤点だったんだけど」


「逆にスゴイわ! 良く進級できたな」

「春休み前は地獄だったよね……」


 あっ 吉沢さんが遠い目をしだした よほど追試が辛かったのかな



「あの……あまり人がいないとは言え、一応ここ図書館ですよ」


 困ったような笑みを浮かべる野々宮さん

 くぅ 吉沢さんが変に絡んでくるから……


「だよね、ごめんね。で、ここって図鑑もあるかな? 」

「図鑑……コーナーであるけど」

「若生君、案内お願いします」

「え? 別に案内板観れば……」


「私一人でも受付は大丈夫ですから、行ってあげてください」

「葵ちゃんも言ってくれてる事だし、ほらほら連れてく」



 なんなんだよ 野々宮さんとの貴重な時間だったのに

 急かされるように席を立たされ吉沢さんを案内した



「何の図鑑を探してるの? 」

「もちろん、お馬さん」

「なんで?? 」

「そりゃ、お馬さんの体の造りとか習性とか知ってた方が役立つじゃん」


「って、競馬にってこと? 」

「もちろん。来月からはPOGも始まるし」


 ペーパーオーナーゲー厶の頭文字を取ってPOGなんだけど、吉沢さんもやるんだ。


「POGは高校生でも出来るし、景品とか貰えたら嬉しいじゃん」


 選んだ図鑑を手に持ち『これ、宜しく』と、俺に手渡すといつもの無邪気な笑顔になる吉沢さん。


「分かる! 架空のオーナーでも、POGの指名馬が勝つと嬉しいよね」

「そ。アタシ、今年のPOG本5冊買っちゃったもん」


「マジか!? 俺まだ調べてないや」

「貸そうか? 」

「ホントに? 良いの?? 」


「ウン。アタシは、もう決めたし。明日にでも持ってくるよ」

「やった! でも、5冊も持ってくるの重くない? 1冊1冊ボリュームあるし」

「あ〜ね。まぁ、重いけど大丈夫だよ」

「良ければ俺が持って帰って良い?」


 目が点になる吉沢さん

 学校に持ってきて、万が一バレたら吉沢さんの立場が心配だ


「い 良いけど。それって、若生君がアタシの家に来て持ち帰る。って、こと……だよね? 」

「だね」

「ど 土曜日でも良い? 」


 別に俺は本を受け取ってすぐ帰れば良いけど、吉沢さんって土曜日は競馬観てるんじゃないの?


「俺は大丈夫だけど」 

「じゃ、じゃあ。時間とか後で連絡するね」


 さっきから腰結びしたカーディガンの袖をムニュムニュしてるけど何なの?


「吉沢さんトイレは図書館にはないよ? 」

「え? 」

「いや、何かさっきからモジモジしてるから」

「違う、バカ! 」



 スタスタ受付の方に歩いていく吉沢さんの後を追った

『バカ』と言われた事はどうでも良いけど、吉沢さんってあんなに感情表現大きかったっけ?


 知れば知るほど喜怒哀楽が激しいことに気付く

 それはそれで面白くて観てて飽きないのだけれど


 野々宮さんが受付をしてくれて、吉沢さんは教室へと戻っていった


「若生君って、愛梨あいりちゃんとも仲良いんですね」

「別に。隣の席だから少しだけ」

「愛梨ちゃん。お洒落でクールでスタイル良くて、大人っぽいのに可愛いし羨ましいです」


 俺も最初はそう思ってたけど


「野々宮さんと吉沢さんも仲良いの? 」

「仲良いとは違いますが、中学校が同じで2年と3年の時は同じクラスでしたから」

「その時からギャルだったの? 」


「そうですね。その頃からクラスの中心にいて、いつも周りには誰かがいましたよ」

「じゃ。今と変わらない感じか」

「ま 松岡君と若生君も中学一緒でしたよね」

「幼稚園も小学校もね。アイツも全然変わんないな」

「そ そうですか」



 予鈴が鳴ると図書館にいた数少ない生徒たちが出ていく


「俺たちも戻ろうか」


 野々宮さんとの図書館デートは終わってしまったが、毎週あると思えば自然と頬が緩んでしまう







 これはどういう意味なんだろうか…………『12時過ぎに来て。一応、誰もいないから安心して』


 明日の土曜日はPOG本を借りるために吉沢さんの家に向かう事になっていた

 『12時過ぎに来て』これは紛れもなく時間をあらわしているのだろう

 誰もいない……本当に誰もいない。とかじゃないよね?


 前後の文脈で考えてみる。『一応』は、念の為と類義である。

 俺に念の為『誰もいない』と告げる意味とは?

『安心して』…………何を!!

 俺は何を安心すれば良いの!?


 待て待て行間を読むんだ!

 こういうのは行間が大事なんだよなぁ

『12時過ぎに来て』ここは、シンデレラ的な12時過ぎると魔法は解けるけど、本当のアタシが見られるし若生君に見てほしい。


『一応、誰もいないから安心して』ここは、わざとえて言うけどアタシしかいないから、もしも何かが起こってもバレないよ。


 つまりは、『アタシしかいないから、何かが起こっても親バレしないし、若生君には本当のアタシを見せて上げたいなぁ』…………アホらし本を受け取るだけだし早く寝よ。







 まず吉沢さんってお金持ちだったの?

 仙台でも有数のタワーマンションに住んでらっしゃった

 地上から見上げると後ろに倒れてしまいそうになる


 とりあえず建物内へ入る為にオートロックを開けてもらわないと


 エントラスに入り教えてもらった通り、機械に吉沢さんの部屋番号を押して呼び出した

 

 ただでさえ落ち着かないのに、こういうの慣れてないから余計に緊張する


 あれ? なかなか出てこないけどインターホン鳴ってるよね?

 トイレとかかな??  


 何回か同じ操作を繰り返してみたものの、一向に吉沢さんは出てこなかった。



 恥ずかしいけど、俺のやり方が間違ってるとか?


 一度、吉沢さんに聞いてみるか?

 スマホで吉沢さんに電話を掛けるも出ない。


 どうしよう? 本当に『誰もいない』って事だった??

 そんな下らない事をしないとは思ってるけど

 現に誰もいない事だし


 仕方ないけど、このまま帰るしかないよな。

 何か急用が出来たのかも知れないし……風邪を引いて寝てるとか


 まさか倒れてたりしないよね?

 もう一度だけ電話してみよう 


 …………ダメだ、やっぱり出ない。

 何もなければ良いけど、何も分からないから余計に心配してしまう。


 まだ良く吉沢さんを知らないけど、約束を簡単に破る人だとは思えないし

 絶対何かあったんだ

 考えれば考えるほど不安に駆り立てられる。



 エントランスから出ると、誰かの走ってくる音が響きながら、近付いて来た。


「吉沢さん? 」

「よ 良かったぁ」



 吉沢さんの初めて見るポニーテールとラフなジーンズにシャツ姿


「はぁ……はぁ……少し呼吸、整えさせて」


 大きいコンビニ袋を両手に持っては、両膝に手を付いて息を切らしていた。


「若生君が帰ってたら、どうしようかと思っちゃったよ。スマホも家に置きっぱだったみたいだし」


 前屈みになる吉沢さんの胸元が気になってしまうので、慌てて目線を下に落とすと、サンダルからピンクに塗られた綺麗な爪が見えた。


 俺の視線に吉沢さんは気付いたのか『アハハ』と照れた様に笑うと両手を少し広げた。



「これ、若生君の好きな飲み物とか、好きなお菓子分からなくって、迷ってたら時間も過ぎちゃうし、え〜い。全部買っちゃえ。ってなった女の子の図」


「プッ」


 堪えきれず吹き出してしまった。

 勝手に一人で心配して不安がってた俺が馬鹿みたいじゃん  


「ちょ、若生君。このマンション声響くから恥ずかしいから」

「ごめっ。もう少し待って」

 


 久し振りにお腹の底から笑った気がする

 ようやく笑いも収まって来ると、

 吉沢さんは『むぅ』と、頬を膨らます

 その顔にまた吹き出してしまった。


「若生君持ってよね! か弱い女の子が、こんなに重いもん持ってるんだから」

「ごめん。持ちます持ちます。持たせて下さい。心配して損した」

「え? 心配してくれたの!? どんな風に? 」


 すぐにニヤニヤしだす吉沢さんから、コンビニ袋を受け取るも本当に重かった。そりゃペットボトルやら入ってたら重いよな


 そのままエントランスを抜けてエレベーターに乗り込むと、密室で狭いところに2人きりだからから、一気に緊張が増してきた

 しかも、吉沢さんのうなじから汗が垂れてるのが何かエロい


 エレベーターは最上階で止まり吉沢さんの後ろを恐る恐る付いていく。



「ここだよ。入って入って」


 吉沢さんはドアを開けると俺を招き入れる。

 玄関からして広いし、黒で統一されてるので高級感がハンパない


 コンビニ袋を床に置かせてもらい立ち尽くしていると


「早く入ってよ」

「え? 本を借りに来ただけだから」 

「お菓子も飲み物も買っちゃったのに」


 そう言われると罪悪感が……


「じゃあ。少しだけ……お お邪魔します」



 妹の部屋以外に上がるの初めてなんけど……

 廊下を歩いてると、いつもの吉沢さんのグレープフルーツみたいな良い匂いがしてきた





 ※第3.4.5話で出てきた競馬用語

 https://kakuyomu.jp/works/16816927863066443213/episodes/16816927863149403789

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