踊り子 アナベル 4話
村は焼かれていた。焼かれてから、どのくらいの時間が経っていたのかはわからない。だが、村の人たちが一生懸命に作っていた作物も、暮らしていた家もすべてが焼かれて真っ黒ななにかへと変貌を遂げていた。
「うそ、うそだよね……?」
あの騎士は確かに言っていた。アナベルと村が引き換えられることを。……だが、アナベルがあの馬車に乗ってあの貴族の元に向かっても村は焼かれた。
「……っ!」
アナベルは自宅へと向かう。――しかし、そこもすべて焼かれてなにひとつ残ってはいなかった。立ち尽くしたアナベルは、そのままそこで座り込んで大声で泣きじゃくる。
どうして、誰が、なんのためにこの村を襲ったのか。
そして、アナベルの心にひとつの火が灯る。
(――絶対に、許さない……!)
村を、村人たちを、家族を、こんな風にした者を――……!
幼いアナベルにとって、こんなにどす黒い感情を感じるのは初めてのことだった。それでもぎゅっと胸元を掴んで、家族に誓う。
「――絶対に、見つけるから――……」
こんなことになった理由を――……。
アナベルは立ち上がり、歩き出す。村がこんなことになった理由を見つけるために。
彼女の瞳には、復讐の炎が宿っていた。
しかし、村を出て歩き続けていたが、アナベルの体力は限界だった。
それもそうだ、これまで飲まず食わずで走ったり、歩いていたのだから。くらりとめまいがして、その場に倒れ込んだアナベルはそのまま意識を失ってしまった。
どのくらい意識を失っていたのか、目が覚めると周りには見慣れない人たちがアナベルを囲んでいた。
「あ、目が覚めたみたい。座長! 女の子、目が覚めましたよ!」
もこもこの毛皮に包まれた女性がぱぁっと表情を明るくしてアナベルの顔を覗き込んで、誰かを呼んだ。座長と呼ばれたのは中年くらいの男性で、その人はアナベルが目覚めたことを報告されて、歩くのを中断しアナベルの元へ来た。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 森の中で倒れていたのを拾ったんだが……、もしかして、焼かれていたあの村の生き残り?」
アナベルはそう尋ねられてどう答えれば良いのか迷った。カタカタ震えているのを見た女性が、自分の毛皮のコートを脱いで、アナベル掛けた。アナベルは女性にお礼を言うと、じっと座長と呼ばれた男性を見た。彼もアナベルを見つめている。困り果てたアナベルは、眉を下げた。
「ちょっと座長! こーんなに小さくて可愛い子に圧を掛けないでくださいよ! ごめんねぇ、この人、熊みたいだけど悪い人じゃないのよ。えーっと、とりあえず、お名前を教えてくれないかな? なんて呼べば良い?」
バシンっと勢いよく座長の背中を叩く女性に、「なにすんだよっ」と怒る彼。女性はじろりと彼を睨んでから、フォローを入れるようにアナベルに笑みを浮かべて明るい口調で話し掛けて来た。
「……アナベル、です」
「アナベルちゃんね、あ、ちょっと待って。誰かー、水っ! 常温の!」
「はいはい」
「はい、これどうぞ! 喉、乾いていたでしょ? ゆーっくり飲むのよ。ゆーっくり!」
コップに水を入れて渡されたアナベルは、チラチラと周りを見ながら、全員の視線がこっちに向いていることに気付いて、恐る恐るコップに口をつけた。
こくり、と喉を鳴らして水を飲むと、乾いた喉や身体に染み渡っていくのを感じた。ゆっくり、と言われたことを忘れて、ごくごくと飲み、水が気道に入って咳き込んだ。
「アナベルちゃん、大丈夫?」
慌てたように女性が声を掛ける。そして、背中を擦ってくれた。
「喉カラカラだったんだねぇ。まだまだたくさんあるから、急がないでお飲み。ゆーっくり、ね?」
アナベルの顔を覗き込んで、女性が微笑む。その姿が母親に重なって、アナベルの目から涙が溢れて来た。
「あーあ、ミシェルが可愛い子泣かせた」
「ちょっと! クレマン! 変なこと言わないでよ。もう、ほんっとうにこの人ったら!」
眉を吊り上げて怒る女性に、アナベルはぽかんと口を開けた。この女性の名がミシェルで、座長と呼ばれた男性の名がクレマンだということは理解出来たが、彼らがどうしてこんなにも自分を気に掛けてくれているのかがわからなかった。
「――あの、助けてくれてありがとう、ございます」
「行き倒れになっている小さな女の子を、見捨てるわけにもいかなかったしな」
「うん、びっくりしちゃった。ねぇ、話せる範囲でなにがあったのか、教えてくれない?」
「……」
アナベルは目を伏せて、それからミシェルとクレマンを見る。そして、こう言った。
「……実は、自分の名前以外覚えていないんです。崖から落ちたような気はするんだけど……」
アナベルは嘘を吐いた。この人たちに、本当のことを言うのが怖かったからだ。
「崖から!? だからそんなにボロボロだったのね……。可愛そうに、こんなに小さい子が……」
うるうると瞳を潤ませてミシェルがアナベルを抱きしめた。胸の谷間を押し付けるように抱きしめられて、アナベルは「ひゃぁ」と小さな悲鳴を上げた。母親以外の胸の感触に驚いたのだ。
「あ、ごめーん。苦しかった?」
女性は眉を下げてもう一度「ごめんねぇ」と謝った。アナベルはふるふると首を横に振った。
それが、アナベルと旅芸人たちの出会いだった。
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