恋に額縁を、愛に角砂糖を。
みついけ
第1話 ご自由に
その子の印象は、変、だった。
中学生が終わり、高校生が始まった。
4月の自己紹介期間を経て、5月に差し掛かるとクラスの中で、様々なグループが出来上がる。それは男子も女子も変わらないと思う。男子には男子のグループが、女子には女子のグループが出来上がる。僕はクラス男子の中心的グループに入った。
僕が変、という印象を持ったその女子は、そういうのとは全然違うところに存在していた。
休み時間ともなれば無駄話に花が咲く、それが正しい高校生活だと思うのだけれど、その女子はずーっと何かを書いていたり、本を読んでいたりした。
さらにいつも仏頂面で、笑顔なんてものは欠片も見たことが無かった。
僕が知っている情報は、その女子がいつもそんな感じだということと、そして美術部員、と言うことだけだ。そんな女子が、僕と何かの関わりを持つわけもなかった。興味がわいたときに、遠くから視線を送るくらいだった。
ある日のこと。その日の授業が全部終わった。帰宅部である僕は、特に理由もなく校内をぶらぶらすることにした。
校舎を歩いていると、美術室の前を通りかかった。当然、美術室は美術部の部室であり、あの女子の顔が思い浮かんだ。扉には、「美術部員募集中! 見学自由!」と張り紙がしてあった。僕は興味半分、面白半分で中を覗いてみることにした。
僕の目に飛び込んできたのは、例の女子が机に座り、何かを描いている光景だった。部室の中を眺めてみるが、他には誰もいなかった。二人っきりの部室。僕はその空間と時間に困り、その女子に声をかけることにした。
「こんにちは。話かけるのは始めて、だよね」
しかし僕の発した言葉は空中に消えた。その女子の、紙に何かを書き込む音だけがあった。僕は目の前に広がる光景に、なんとも言えない感じを受けた。人が何かに真剣に打ち込む様と言うのは、独特の雰囲気をかもし出すんだな、とその時知った。
すこしの後、一段落ついたのか、その女子はペンを置き僕を見据えた。僕はその視線に気圧され、再度声をかける。
「部員って、他にいないの?」
「いるけど全員幽霊部員なんだよね。いるのは私一人。部長すら来ないんだよ。ある意味すごいでしょ」
「そうなんだ。ところで何を書いていたの?」
「見せたくない。というか、どうせ興味半分でしょ? 帰ったらいいのに」
「見学自由って書いてあったよ」
「あー、確かに。でもいやだ。絶対にバカにするから」
「そんなことしない。約束する」
「うーん。じゃあ私がこんなものを書いていた、とか言わないなら見せてあげる」
「OK、了解。ん? で、これ誰? なんかのキャラクター?」
「……私の小説のキャラクター」
「え? すげえじゃん!」
「……君はバカにしないの? 根暗っぽいとか、オタクっぽいとか。」
「いや、素直にすげえと思うよ。すげえな、小説も絵も描けるのか」
「……ありがと」
最後の言葉は、軽い笑顔とともに発せられた。この子、こんな笑顔するのか、と胸がチリっとしながら思った。そして、こんなやりとりをした。
「また遊びに来てもいい?」
「見学は自由だよ」
僕が美術部員になるまで、そう時間はかからなかった。
(了)
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