「満月の夜に景色は滲む」

終わりのような始まり

「ねぇー、これから家来れる?」

私は胸がざわめいた。

メッセージを知らせる通知のバイブ音よりも、そのメッセージに。

スマホの液晶画面は午後8時23分を示している。夏のじめじめとした夜。こんな夜なのにエアコンが効かない。掃除をしていないせいか、換気が悪くなって少しカビ臭い。


「かいと」からメッセージが来た。

これで3回目だ。「そういう誘い」は。

私たちは恋人ではない。元恋人だけど、今は性行為だけをする「そういう関係」だ。


私は「あかり」。東京の私立大学に通う大学2年生だ。

メッセージ(インスタのDM)の相手は高校の時に彼氏だった同い年の海斗からだ。

海斗とは高2の時、同じクラスだった。

サッカー部に所属していて、イケメンでいかにも「陽キャ」という感じの人だった。

今振り返ると、私も、バスケ部に所属していたし、高校のクラスの中ではスクールカーストの上位にいた気もする。

高2の夏休みに告白されて付き合い始めた。私の「初めて」は海斗に捧げた。

「痛くない?」とか「力抜いて」とか比較的、紳士的に「シて」くれたと思う。ただ、高3はクラスが別々になってすれ違いが多くなってしまった。

勉強をしていると、スマホから通知が来た。

「大学受験に集中したいから、別れよう。ごめん。」

こんなことを、二人で会った時じゃなくラインで言われた。

「そっか...。分かった..。大学受験頑張って。」

こう返信をしてブロックをした。

ただ、付き合う前、クラスメート(それよりも「友達」と言ったほうが正しいかもしれない)として接していた時にインスタを相互フォローしていた。


結局、別れてから一度も話すことはないまま高校を卒業した。

海斗は「私学の雄」と呼ばれている某K大学に進学したらしい。インスタのストーリーで見ただけだから多分だけど。

それから2年くらい経った後、急にインスタのDMに海斗からメッセージが来た。

「久しぶり。元気にしてる?よかったら家来ない?」

結果的には、海斗と高校以来2回目を「した」。


今日は多分3回目を「する」だろう。

そう思いながら、できる限り最大限のおしゃれをした。

「今日はバイト無いし、支度して行くね。」

こう返信をして、サラリーマンの帰宅ラッシュに巻き込まれながら彼が住むアパートへ向かった。


最寄り駅からは15分くらい。インターホンを押すとTシャツ短パン姿で出てきた。

「おっ!久しぶり。さあさあ入って。」

やっぱり部屋は綺麗。エアコンは付いていて涼しく、私の家とは違って掃除が行き届いていてホコリ一つなさそうだった。


最初は少しくらい話す時間くらいあると思ったら、「彼」はすぐに近づいてきた。

すぐにキスをされた。でも、海斗の顔は彫刻のように綺麗だった。

「ちょっと...!シャワーだけ浴びたいな...」

「大丈夫だよ。このままでも可愛いよ。」

嘘でも「可愛い」なんて言わないでよ。私はそんなに可愛くないし。

部屋の電気が消され、カーテンから漏れてくる光だけが頼りだった。

ダブルサイズのベッドに押し倒され、いつの間にか激しく舌を重ねていた。肩に手を回し全てを委ねた。

服を脱がせ合い、二人とも下着姿になった。彼の短パンを脱がせた時に、トランクス越しに彼の「もの」が既に膨らんでいたのが分かった。

私は大きくなった彼の「もの」を咥えた。彼は興奮と快感に浸っているようだった。

彼はホックを外し、胸を愛撫してくれた。

そして、太ももから「私の中」にかけても愛撫してくれた。

彼は「ゴム」を着けて彼の「もの」が「私」に入ってくる。

最初はゆっくりだったのが、だんだんと速くなっていった。ベッドが揺れている。部屋には「音」が響いた。

そして海斗は果てた。ほんの0.0数mmで区切られているが、ドロっとした「何か」の温かさを感じた。どこかファンタジーのようだった。


ティッシュで拭き、下着を着けた。

「水取ってくるね。」

そう言って彼はキッチンに向かった。

「彼」のスマホにメッセージが来たことを知らせる通知が来たらしい。

「バイト疲れたよ〜!癒やして〜!笑

ってか、これから海斗の家行ってもいい?笑」

そんなメッセージが、海斗と「彼女」が仲むずましくイルミネーションで顔を寄せ合っている待ち受け写真に表示された。


どうしてこんな奴が。どうして私がこの人の彼女になれないんだろう。

そう思うと怒りと涙がコップから水が溢れるようにこみ上げてきた。


「ちょっと、洗面所借りるね」

そう言って足早に向かった。流石に泣き腫らした顔なんて見せられなかった。

洗面所の鏡を見ようとすると、洗濯カゴの上に女物の下着がこれみよがしに置いてあった。

「あぁ...「あいつ」の下着か...」

その瞬間、気づいた。

「そっか、私は浮気相手だったんだ...」

私は服を着て、足早に玄関へ向かった。

「じゃあね。どうかお幸せに。さようなら。」

私は声にもならない声でそう言った。

「んっ...?何か言った?おやすみなさい。」

海斗は戸惑いながら言った。

私は玄関のドアを開け、駅へ向かった。


どんなにしても、「あなた」としたって満たされない。

もしかしたら「体」(欲と言った方が正確かもしれない)は満たされているのかもしれない。でも、「こころ」は満たされない。

「じゃあね」って、「さようなら」って本当は言いたくない。

だって、もう二度と、会えなくなる気がするから。つながりが切れてしまう気がするから。

今夜は、なんだか不自然なくらいに満月だった。

スマホを見ると、今は午前12時13分。いつの間にか日を越していた。この時間なら終電はまだある。

どうしてだろう。景色が滲んでよく見えない。どこかの家の黄色い水仙も滲んで見える。

そう言えば、黄色い水仙の花言葉って「私のもとへ帰って」とか「もう一度愛してほしい」だったよな。

そう思いながら私は駅へ駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「満月の夜に景色は滲む」 @yuu040905

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ