第38話 牙をたてる
吾作は暗闇の中にいた。足先まで見えないほどの暗闇。
しかし吾作は恐くはなかった。
するとその暗闇の先が、キラッと光りだし、強烈なお経のような声が無数に聞こえ出した。
まずい!
吾作は、慌てて光とは反対の方向へ逃げ出した。すると、
「吾作! 吾作! 待ちなさい! もうおまえは、退治されんといかん、化け物なんじゃ~!」
と、和尚さんの声が暗闇中にこだました。
吾作は走りながらも、その光の方向を振り返って見てみると、そこには光に包まれた和尚さんがお経を唱えながらこちらへ歩いてくる。
「和尚さん! こっちに来んな! わしに何の恨みがあるん?」
逃げながら吾作は言った。
「恨みなんかあーへん。これがおまえの道なんだわ!」
お経とともに和尚さんは歩いてくる。
「ほ、ほんな訳の分からん事言うな~!」
吾作は更に必死になって逃げた。
すると、走っている暗闇の方向がだんだんと赤くなり、自分の視界すべてが真っ赤に染まった。
そして真っ赤な血の豪雨が降りはじめた。
「あ、あ、助かる!」
吾作は口をあんぐりと開けて血を飲みながら走った。すると、
「やはりおまえは化け物だわ! 今すぐに退治せんといかん!」
更に和尚さんの大声とお経のこだまが響き渡った。
「くっそ~! あのクソ坊主~!」
吾作が和尚さんの方を見ると、
「私の血を飲みん!」
いきなり目の前に真っ白な服を着たおサエが現れた。
「お、おサエちゃん? いかんよ! 何言っとるだん!」
吾作は動揺しておサエに言った。しかしおサエは、
「いいだよ。 夫婦じゃんか。 私の血を飲みん」
と、首筋を出してきた。
「ほら吾作。おまえはおサエの血が飲みたいんだろ! 飲めばええ。おまえはまあ化け物なんだもんで!」
和尚さんの声なのか誰の声なのか、分からない声が耳元で囁いてきた。
吾作は困惑したが、目の前のおサエは少しづつ歩いて近づいて来る。
吾作はもう何がなんだか分からなくなり、おサエを抱きしめて首筋に牙を立てた。
「そうだ~! それが正しい私達の姿なのだ~!歓迎するぞ~! 吾作~! さあ血を飲め~!……」
吾作は目が覚めた。
顔には布が被さっていて、自分の通夜が行われている最中のはずである。
しかしそんな事より、吾作は今見た夢を、珍しく鮮明に覚えていた。
今までもこんな夢を見ていたのかは分からないが、死ぬほど恐い夢だった。
自分が化け物になる夢なんて真っ平ごめんだ。おサエちゃんに牙を立てるなんて、なんて最低な……まあ和尚さんはどえらいムカついたけど、まあいいか……
そんな事を思って動かないようにしていると、誰の声も聞こえない事に気がついた。
(あれ~? 今、通夜だよなあ? 和尚さんのお経も聞こえへんし、誰かが歩いている音も聞こえんぞ? つーか誰かの寝息っぽいのは聞こえるけど……あれ~? どういう事だ?)
と、確信を持った吾作は、思いきって顔の布を取った。
すると部屋の入口の壁におサエが座ったまま眠りこけているのが目に入った。
(おサエちゃんは、一睡も出来んかっただなっっ)
吾作はしばらくおサエを見ていたが、自然と首筋に目がいったので、慌てて横になっておサエを見ないようにした。
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