第10話 S級勇者ミランダを殺すぞ

「こんな所にいたのか、ルカ。

 ……探したんだぞ」



 ある日の夕焼け空の下。

 息を切らしながらもすました顔を崩さないミランダが、村の外れの森に隠れた俺の前に現れた。



「なんだ……まだいたのかよミランダ。

 てっきりもう旅に出たもんだと思ったぜ」


「フフフ。そんなはずがないだろう。

 キミの顔を見ずに、旅になど出られるものか」


「……ふん。そりゃどうも。

 勇者様ってのも、意外と暇な商売なんだな」



 ぶっきらぼうな俺の態度に、困ったような表情を浮かべるミランダ。

 たしか、俺が14歳でミランダが13歳だったかな。



「なあ、ルカ。なぜボクと話してくれないんだ。

 ずっと2人で一緒にやってきたじゃないか。山奥の洞窟探検も、ミルザの祠の薬草探しも。

 11歳のあの夏、村を狙うゴブリンの群れを大人に隠れて退治した時も!


 いつか一緒に冒険に出ようと誓ったあの夜もーーーー。

 キミが勇者で、僕がその相棒で。2人で魔王を倒そうって言ってくれたじゃないか!


 ……そんなにボクが勇者に選ばれたことが気に入らないのか。

 キミが望むなら、ボクは勇者の資格を辞退したって構わないんだぞ」


「ーーーーくだらねえこと言うんじゃねえっ!」



 そう。ミランダの奴が先に”勇者の天啓”を受けたんだ。

 俺も、その一年後に”勇者の天啓”を受けるんだが、その時点ではそんなこと知る由もない。


 だから、といっては情けないが。随分とみっともないジェラシーを焼いてしまったのを覚えている。



「ミランダ。お前はこの村の希望の星だろうが。

 村長の娘が、村一番の才女が。誰もが憧れる”勇者”になって、みんなに元気を与えたんだ。

 この寂れる一方の村も、この話題だけでちったあ景気づくだろうよ。


 親父さんも喜んでいただろう。これで、お前の家もまたきらびやかな世界に返り咲けるかもしれないって」


「家のことなど……何代も前に没落した爵位など、もはやどうでもいいんだ!

 誰もかれもどうかしているぞ!こんな、偶然選ばれただけの力の、いったい何が栄誉だというんだ!

 ボクはただ……ただキミと一緒に……」


「ミランダ、それは言うな」



 寒々しい農村。

 誰もが、何かに縋らずにはいられないほどの貧しさ。


 もともと眉目秀麗、才気煥発、文武両道の神童と呼ばれたミランダが。

 迷信深い老人なんかが、なにかと拝み始めるくらいに”特別”だったミランダが、”勇者の天啓”を授かったとあって。


 なにかしら、ありがたい物語を想起し始める村人たちを、一体誰が責められるだろうか。



「やはり、一緒に来てはくれないんだな……」


「……わかっているだろう。おばあちゃんを一人にはできない」



 俺のたった一人の家族。

 俺を産むと同時に亡くなった母さんや。俺が生まれる前に行方不明になった親父に代わり。

 暖かく、厳しく、必死に俺を育ててくれたおばあちゃんを。

 ……1人になんて、させられるわけがなかった。



「おばあさんのことは、ボクの両親が面倒を見てやれる。

 勇者とその相棒として冒険すれば、仕送りだけでもきっと今より楽をさせてやれる。

 それに……おばあさんはもう、永くは……」


ミランダ・・・・



 強引に、言葉を遮る。

 努めて、感情的にならないように気を払いながら。



「わかるだろう。そういう問題じゃないってことは。

 俺は、家族を見捨てない。

 あんな……親父のような。

 ーーーー俺のことも母さんのこともおばあちゃんのことも捨てて逃げ出した、あんな最低のクソ野郎と一緒にするんじゃねえっ!」



 感情を抑えようという試みは、無駄に終わった。

 ミランダは、ただ悲し気に俺を眺めている。



「人にはみな、持って産まれた使命がある。

 ルカ……君はこんな村に留まっている人間ではない」



 それだけ言って、ミランダは踵を返した。



「行くのか、ミランダ」


「ああ。ボクにはボクの使命がある」



 一迅の風が吹き、ミランダの豪奢な金髪がすすきのように揺れるのを眺める。

 きっと今生の別れになる、と感じながらも。

 頑張れよ、の一言さえも言えない自分に嫌気を感じながら。



「しばらくは、ボクも忙しくなるだろう」



 振り返りもせず話始めるミランダに、驚いて顔を上げる。



「王都に向かい、”勇者の儀”を受ける。

 新人と言えど、初めにそれなりの実績を示さねば周囲に信頼を示せまい。

 ……きっと、キミ以外の人ともパーティを組む。

 手紙も、そう頻繁には書けないだろう。


 キミもキミで、いつまでもこの村にいるとは限らない。

 所在が分からず、道を違えて、すれ違う日々もあるかもしれない」



 唐突に。

 こちらを振り向き、その視線で俺の眼を射貫くミランダ。

 その燃えるような瞳に、眼を逸らしそうになるのをぐっとこらえる。



「だがボクは、キミを必ず迎えに行く」



 夕焼け空に照らされるミランダの顔が。

 夕暮れよりもずっと鮮やかに輝いていたこと。

 それだけは、鮮明に覚えている。



 ーーーー



「へえ。それじゃあ、ダンジョンの魔力転送装置を1つ、潰された訳だ」



 魔界の首都。

 当代の大魔王の住まう都市の一等地に建つ、豪奢な屋敷。

 その広い執務室にて、軽薄そうな男が語りかける。



 声を掛けられた女は、いかにも恐縮しているという口調で、それでいて表情一つ変えることなくそれに答えた。



「申し訳ありません、ディアブラス様。

 折角お力をお借りしてまで作った施設でしたが、何者かに侵入され、魔力を奪い取られた模様です」


「あはははっ!気にするなって、ラーミアちゃん!

 作戦なんて、いっぱい用意して、どれかが当たれば儲けものなんだから!

 失敗なんて織り込み済みだよ!よくあることよくあること!


 それに、そんなに畏まらないでくれよ。

 俺達は同じ、魔人じゃあないか!ランクの差なんて気にせずに、ざっくばらんに行こうぜ!?

 ランキングなんて関係ない。俺達はひとりひとりがこの大地よりも重い、家族同然の大切な仲間なんだから!」


「申し訳ありません」



 ラーミアと呼ばれた女性は眼鏡の位置を直しながらも、あくまで慇懃に立ち続け。


 ディアブラスと呼ばれた青年は、玉座のような豪奢な椅子に胡坐をかきながら、満足そうな表情でそれを眺める。

 相手の表情を見ていれば、ラーミアがたいして畏まっていないことなどわかりそうなものだが、ディアブラスは自分の演説に夢中なのか、恍惚とした表情で言葉を紡ぎ続ける。



 外見上は、2人とも見眼麗しい美青年と美女に見える。

 しかし、頭から生える黒くて大きな角が、彼らが人間でないことを一目で表していた。



 魔人ランキング14位、ラーミア。

 そして魔人ランキング9位、ディアブラス。



 広い魔界において、屈指の実力と権力を持った魔人たちだ。




「しかしまあ、少しばかり面倒なことにはなったかな。

 あの設備だけで、あの一帯のダンジョン20個分の魔力を集約して、魔界に転送する中継地点の役割を担っていたんだろう?

 人間界から魔界への魔力供給の、さ。


 それを潰されたんじゃあ、多少、俺達の収入や下々の者たちの生活にも影響が出るかもしれない」


「申し訳ありません」


「ややや!責めてるわけじゃないんだよ!

 だからまあ、下級の魔族どもを送って、設備の修理をさせないとね。


 しかし、誰の仕業なんだろうな?あの地方にはS級勇者はいないと思っていたんだけど。

 そもそもどうやって設備に侵入したんだろうか」


「転送装置に記録が残っています。

 バリデラ市の近くの迷宮ダンジョンから、おそらくは2人連れの人間が転送された模様です。

 ボス部屋に仕込んだ、点検用の転送装置に気付かれたのでしょうか」


「へぇー!よく気づいたねえそいつら。

 目立たないように気を付けて作らせてるってのに!


 ……ん?2人?

 あの設備には、たしか亡霊将軍を警護に付かせていたよね?

 そいつら、たった2人で亡霊将軍を倒したのかい?それも、S級勇者でもない連中が」


「ええ。

 それも、強化改造を施した試作型です。

 覚えておいででしょうか。半年ほど前に、S級勇者のミランダを退けたものと同一個体です。

 ……まあ、その時の損傷が残っていたこともありますが。

 基本的に、あの手の魔物アンデッドは時間をかけてもダメージが回復しないので」


「ふぅーん」



 自分から言い出したわりに、興味なさげに返答したディアブラスだが。



「ハッ!要は出来損ないの不良品だってことだろうがよ!

 使えねえなあ、ラーミアちゃんよお。そんなポンコツをそーんな大事に所に配置するなんてよお。

 人材の配置は経営の基本だぜ?そんなザマで、よくもエリートづらできるもんだぜ」


「なんだと……!?」



 もう1人。

 3人目の人物による大仰な挑発に、ラーミアは怒りを露にする。



「身の程をわきまえろ、下郎!

 貴様ごとき俗物、いつでもその首跳ね飛ばせるのだぞ!?」


「おお、怖い怖い。これだから女は感情的で使えねえ。

 なあ、どうにかしてくれよディアブラス君よ」


「よすんだラーミアちゃん。ちょっとした口喧嘩にムキになることはないさ。

 仲間だろう?俺達は。


 それに、君もやめろ。俺も大切な仲間を侮辱されるのは気分がよくない」


「へいへい。お優しいこって」


「それに、ラーミアちゃんを馬鹿にすると痛い目を見るぞ?

 魔人ランキング14位ってのは伊達じゃない。

 彼女の権能が、俺達の躍進にどれだけ貢献してくれていることか」


「ははっ!ランキングねえ。

 そんなものは関係ないんじゃなかったのかい」



 3人目の男のあまりの態度に、ラーミアがギリギリと歯ぎしりを鳴らす。

 生来プライドが高く好戦的な魔人としては、むしろ彼女はよく耐えているともいえる。



「たしかに、君を見ているとなおさらそう思うね。


 なあ。44


 ……本来、魔人同士が協力するなど基本的にないことだ。

 しかし、俺とラーミアちゃん、そして君の3人がこうして肩を並べて戦えるのは、まぎれもなくマサヒコ君のおかげだよ」


「そりゃあどうも。

 そう思うなら、取り分を考え直してくれてもいいんだぜ?」


「しっかりしてるなあ」



 ディアブラスが大げさに肩をすくめーーーーそして一瞬鋭い目つきになる。



「しかし、いいのかい?

 聞けば、君も昔は人間だったそうじゃないか。

 俺達のやっていることは、人間たちを苦しめて利益を得ることなんだぜ?

 気持ち的に、抵抗なんかはないのかい?」


「いいや?全くだな。

 最近じゃあ、人外転生なんてのもちっとも珍しくねえからなあ。

 いっそ魔王に転生しました、なんてのも普通にポピュラーになってるくらいだ。

 ま。人間だった頃も、他人の生活なんざ気にしたこともなかったがな」


「ははは。相変わらず何を言っているのかわからなくて面白い奴だな、マサヒコ君は。

 人間から魔人になったものの例は歴史上にもいくらかいるが、どいつも揃って変わり者だからね。マサヒコ君もご多分に漏れず、か。


 ーーーーでもね、魔王になる気というなら捨て置けないな。

 魔人ランキング1位になって、魔王様に”入れ替わりの血戦”を挑むのはこの俺だ。

 それだけは、譲るわけにはいかないな」


「構わねえぜ?

 なにも、自分が王様になるこたぁねえ。そんなもの、生前で懲り懲りさ。

 それにほら、『ブラック企業を経営して何人も過労死させてたら従業員に刺殺された僕だけど、魔人に転生したので大魔王の参謀になります ~前世の教訓を活かして陰から世界を支配する~』ってのも、新機軸になると思わねえかい?」


「ははは。なんだかよくわからないが、君がそう言うならそうなんだろうさ」



 ケラケラと、心底楽しそうな笑顔を、きっかり5秒浮かべて。


 スッ。

 前触れなく真剣な表情に戻るディアブラス。



「さてーーーー。

 そのために、S級勇者を狩らなくてはいけないな。

 奴らはどいつも曲者でね。そう簡単に尻尾は掴ませない。


 返す返すも、半年前のミランダちゃんは惜しかった。

 もう少し向こう見ずな性格ならば確実に狩れたというのに、撤退の判断の早い事だよ。


 冷静だよね。

 亡霊将軍を倒すことだけに執着してくれればいいものを、きっと後ろに控えている俺達に気付いてたんだ。あの子は」


「ではどうしますか?標的を変えますか?」


「ん?変えないよ?」



 ラーミアの質問に、ディアブラスはにべもなく返答する。



「所在をつかめているS級勇者がミランダちゃんだけだからね。

 どいつもこいつも神出鬼没で嫌になっちゃうよ。


 今の魔人ランキング1位が、S級勇者を5人も殺しているからね。

 それに追いつくには、最低でも同じ人数は狩らなくちゃ。

 まったく、シングラー・オブ・シングラーが同世代にいるなんて不運だよね。


 なんにせよ、先のことを思うとミランダちゃんは逃がせない。

 折角”魔境”周辺に拠点を構えていて、都度動向を掴めているというアドバンテージもある。

 他の魔人に目を付けられても困るし、このくらいはきっちり狩らないと」



 それまでの軽薄な笑みは消え、魔人本来の酷薄さを顔に浮かべて言った。



「さあ。S級勇者ミランダを殺すぞ」



——

これにて第一章完結です。

「面白い」「続きが気になる」「二章も読みたい」など、是非是非感想を応援コメントやレビューで書き込んでください。

第二章も若干のストックがありますが、しばらくはモブ底辺の更新をしつつ、時折こっちも更新みたいな感じで行きますかね。


少しでもご期待頂けるなら、是非とも広告の下の「☆☆☆」の横の「+」をタップして「★★★」にしてやって下さい!(´;ω;`)


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