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「だけどオルテガ、僕は剣を持ってない」

「そんなのはわかってる」

 そう言うとオルテガは背負った二本のうち、ひとつを抜いてよこした。

「これを使え。俺の予備だから短いが、かえってガキのおまえには丁度いいくらいだろう」

 受け取ったそれは華美な装飾こそないものの、雑兵が持つような『なまくら』とは明らかに違うのが見てとれた。

 刀身を抜かずとも、鞘や柄の持つ質感が全然違う。

 ゆっくりと引き抜いてみれば、やはりよく手入れがされており、刀身は一般的な剣とは地金の質が違うのか、やけに白っぽく輝いて見えた。

 いずれにしても、それなりの金を払わねば手に入れられないはずだ。

——これが予備…… ならば彼が持つのはどんな業物だろうか——

 やはり腕に覚えがあるのだ、この男は。

 そう考えるのが自然だろう。

 ならば今日の狩りは、オルテガ自身を見極める絶好の機会ということだ。

 ティファネに見守られてオルテガの家のベッドで目を覚まして以降、復讐について考えぬ日は無い。

 ド・フェランに死んだと思わせ王都を離れているあいだに、僕は力を蓄え、策を練っておかねばならない。

 今日という日は、いつか復讐を果たす、その日のためにある。

 人のことをとやかく言えぬ僕ではあるが、オルテガもまた、僕と同様に自身のことを語ろうとしない男だった。

 この狩りでオルテガの力を確かめ、十分ならそれに頼りたいし、ダメならば次を考えねばならない。


 すでに早朝に小屋を出てから随分と時間が経っている。

 おそらくケルベロスの縄張りはもうすぐそこなのだろう。

 先ほど休憩を兼ねて早い昼飯を軽くつまんで備えた。

 疲れが取れて腹も重くならないからと、乾リンゴと固めの甘い焼き菓子を口にした。

 焼き菓子のほうは昨日ティファネが作ったものだ。

——それにしても、大きな森だな——

 この辺りの木々はオルテガの小屋のまわりとは異なり、はるかに見上げるような高木が生えており、その枝葉もかなり上の方だけに繁っていた。

 そのせいで頭上に高い屋根がかかったようになり、どことなく薄暗い。

 光が遮られるせいだろうか、高木の幹がまっすぐに立ち並ぶだけで、低木や雑草の類はほとんどなく歩き易い。

 これならサイズの大きな魔獣であっても、木々の間を縫って自由に駆け抜けられそうに思われた。

 それはつまり、ダービッドとティファネ親娘が手にする弓矢の射線も、十分に確保できる場所であるともいえるだろう。

 さらにしばらく進むうち、先頭のダービッドがしゃがみ込んで何かを調べるような光景が繰り返し見られるようになってきた。

 そんなダービッドの様子をオルテガが肩越しにのぞき込み、ふたりでなにやら話してたりしている。

 食い荒らした跡や、糞を調べているのだと、ティファネが得意げに教えてくれた。

 何回目かの同じ光景のとき、ふたりはティファネだけを手招きして話の輪に入れた。

 もともと狩りの戦力外である僕は、それには呼ばれない。

 待っている間にすることもなく、懐にしまった焼き菓子の残りを食べてしまおうかと少し迷ったが、やめた。

 口の中が甘ったるく、いまはむしろ塩気のあるものが欲しかったが、手持ちにはない。

 革の水袋を取り出して口をすすいだ。

 そうこうしているうちに三人が解散すると、背負わされていた荷物をその場に置いてついてくるよう、オルテガに指示される。

 肩に食い込む重荷から解放されて軽くなった身体で、跳ねるようにオルテガの元へと駆けていく。

「僕はみそっかすのようですが、どうすれば?」

「仲間に入れてもらえなくて悔しいか?」

「べつにそんなことはありませんよ。最初から荷物持ちで来てますから。

 ただ邪魔になることはしたくないですね。あとで僕のせいで上手くいかなかったとか文句を言われても、面白くありませんから」

「そう拗ねるなよ」

「ムッ、拗ねてませんて」

「ならいいさ。ま、見ておけ。話の種にはなる」

「誰に話すんですか、こんな森の奥で。話し相手もいないのに」

「……なあ、これだけ歩いてこれたんだ。おまえ、もう十分だろう。適当なところで森を出ろ。そのうちダービッドが牙を売りに街へ行く。それについて行けば迷うこともない」

「……」

「こんなところにこもってれば世間からは取り残される。外に出て行きづらくなるぞ。おまえはそれでいいのか」

「……それは——」

「——すまん、続きはあとだ」とオルテガは前方を指し示す。

「はじまるぞ。万一はねぇはずだが剣は抜いておけ。もしもの時は正面で構えろ。向こうに警戒させとけばいくらか時間稼ぎにはなるからな。じゃ、行くぜ」

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