6
オルテガはこれ以降、こちらの事情を詳しく聞こうとはしなかった。
僕の問い掛けが確信をついていたのかどうか、それはわからない。
たんに僕がまだ子供ゆえ、それほどの警戒も必要ないと思われたのかもしれない。
それならそれで結構なことだ。
現実的に僕は今すぐどうこう動ける状態ではない。
身体が癒えるにも多少の時間が必要で、今はそのための時間を稼げるだけ稼ぎたかった。
翌日昼下がり、ようやく僕は起き上がれるようになった。
身体を改めて見たところ、どうやら深刻な怪我はなく、大丈夫らしい。
ところどころにすり傷や打ち身があって痛みがあるものの、歩くに支障はない。
そこで僕は表へと出てみることにした。
オルテガの住む小屋のまわりはひらけていたが、それは本当に小屋のまわりだけ。
グルッと建物の周囲を歩いてみても、小屋と倉庫以外は何もない。
いったいここはどこなのだろうか?
普通に考えれば、滝流しの刑場よりも下流のどこかではあるのだろう。
裁きの滝のある王都の東のガルフ川は、たしか北の国ルミオーロの雪解け水を集めて川となり、合流と分岐を繰り返してグランディールを抜け、南方の海まで流れていたはずだ。
とするとここは王都の南、あるいは南東の方角になるだろうか。
オルテガは『魔獣の森』と呼んでいたが、それは正式な地名ではないだろう。
少なくとも王城での教育では、魔獣の森という地名は出てこなかったから。
その名の通り魔獣がウロウロしているのかどうかは僕にはわからないが、いま現在のところ、建物まわりに気配は感じない。
木立の奥へと目を凝らしてみても、鹿やウサギといった獣の姿も見受けられなかった。
さりとてどこかに隣家が見えそうな様子もなく、パッと見ただけではどこに道があるのかさえも見当がつかない。
住む者がほとんどいないということは、どうやら間違いのないことらしかった。
様子からすると、もし仮にここから逃げ出そうとしても、別の場所へとたどり着けるかどうかは現状では完全に運任せに思えた。
——ツキのある奴ってのは、どうやって殺そうとしても死なんもんだ——
オルテガはそうも言っていた。
だが、自分がツイているだけとは思えなかった。
いや、思いたくない。
百歩譲ってこれまでが運であったとしても、これからは自分で動いて結果を引き寄せなければならない。
復讐を果たすと言う結果を……
そのためにはまず、何をすべきだろうか?
それが僕にはわからなかった。
ティファネという少女は、驚くべきことにオルテガとは親娘ではなかった。
ティファネにはダービッドという父親がおり、二人で暮らしているとのこと。
もともとティファネの父であるダービッドとオルテガは、昔の戦友ということらしかった。
ダービッドの親やそのまた親は、ずっとこの森で猟師をしてきた家系で、一度は森を出たダービッドであったが戻って跡を継いだらしい。
その森を出たときに仲間として戦ったうちのひとり、それがオルテガということだった。
もっともこの話は本人たちから聞いたものではない。すべてティファネによるものだった。
狩りに忙しいダービッドになり代わり、森で引きこもるオルテガのため、彼女はちょくちょく顔を出しては面倒を見ているらしい。
ろくに人の住まぬ森のことゆえ、この森で家族以外の知り合いはオルテガだけ。
だから友達のような気安さで面倒を見ているのだろうか。
「決めたよ。今日からあんたはキランだ!」
ある日、ティファネは唐突に告げた。
急なことでよくわからず、これに反応したのは僕ではなくて、オルテガの方だった。
「おい、なんでそうなる。こんな珍しい金髪頭なのに、キランなのか?」と。
「あたしはね、朝陽が上るのが好きなのさ。真っ暗な空に光が射してきて、『あぁ、綺麗だな』って見てると、いつのまにか世界が眩しい光で満たされて全部変わっちまう。
記憶がないってことは、全部が新しい始まりってことだろ。朝陽が射すその前ってのは、キラン、つまり暗闇なのさ」
「なるほどなぁ、記憶がないってもの、悪いことじゃないと思うわけだな、ティファよ。これから光が刺すと言いたいわけだ。それもありかもしれんな。
どうだ、名無し君よ、異論があるか?」
「いえ、それでいいと思います」
「ということは、ティファネは名付け親になるわけだな」
「親って、おばさんみたいでやだなぁ。どっちかというと、姉貴の方がいいね、あたしは」
「そうか、ティファネに弟ができたか。どうだ、可愛い姉ができた気分は」
「……弟扱いはッ! やめてもらえませんか」
「……どうしたんだよ、そんな大声でマジな顔して。そんなたいしたことか?」
「あ、いや、声を上げてすみません。ただ、なんだか弟には嫌な感じがあって……
名前はありがたいのですが、弟扱いはちょっと」
「フム、失われた記憶につながるトラウマがあるのかもな。いずれにせよ、名前のほうは決まりでいいんだな?」
「それは、はい」
オルテガはティファネの肩に手を置いた。
不意に叫ばれたことでショックを受けたのか、ティファネは固まっていた。
「気にするな、誰でも触れられたくないことのひとつやふたつあるもんだ」
それからオルテガは彼女の耳元に顔を寄せ、「それにこいつは、ティファを気に入ってるらしい」と、こちらに聞こえるように口にした。
「え、いやッ、それは」
「だからな、弟として見られなくないのさ。そういう男心もわかってやれよ」
「……そっか、そういうことね、わかったわ」
オルテガはうまくティファネを丸めこみ、ティファネは笑った。
どうもいけない。
昔を思わせることがあると、つい感情的になってしまう。
変えなければならない、僕の悪いところだった。
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