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「おまえが、か? ハハッ、無理だムリ。その気もないのに、やめとけ。いくら考えたって本当に動き出す度胸がなきゃ、どこにも行けやしねえよ」

「僕だって! 本気ですよ!」

「……人をバカにするのもたいがいにしろッ。

 いいか、目だ。目を見りゃわかる。

 おまえの俺を見る目は、『やってやる!』ってギラギラした目じゃねぇ。ただの言葉遊びだ」

「……」

「図星で何も言えねえかい、坊主。

 いくら考えたってよ、最後は実行する度胸よ。やるしかねえ。あとは踏み出してから、そっからアドリブで上手くやるのよ。最高の計画ってのはさ、あくまでも空想で妄想よ。誰にだってな、想像だけなら最高のもんが完璧にできんだよ。

 でもな、現実ってのは、空想とは違うもんになる。絶対だ。それが証拠に間違いの無い王はいねぇし、春にタネをまいたって全部が芽を出してたわわに実る、なんてこともあり得ねぇ。完璧な逃走計画を立てたって、そうはならねぇから逃げられずに死ぬ奴も出るんだぜ」

「兄貴ッ」

「ん? ものの例えよ、落ち着けや」

「そこそこに考えて、やってみて、やりながらまた考えて、上手くやる。それしかないのさ。それを坊主に、見せてやりてえもんだぜ」

 ボスはすこし笑った。

 その目はたしかに、やり遂げてきた者の自信というか、強い意志を感じさせるものだった。

 たとえそれが、カネや欲に染まった黒いモノであろうとも……

 僕はといえば、何も答えられない。

 ぜんぜん心の持ち方が違うのだ。

 この男は僕と違う。

 この期に及んでさえ、追い込まれたという悲壮感がない。

 なんの世界でも、突き抜ければボスのように、堂々とした態度になれるものなのだろうか。

 目の前の男は、僕が真似したくない世界とはいえ、みずから語る通りに突き抜けて生きてきた。

 あの狂ったような宰相も、たしかに突き抜けてはいるのだろう。

 不快で認めたくないことではあるが……

——しかし待てよ…… なにかおかしいくないか? 悔しいが、それほどの奴だとすれば……——

 人間として、彼は見下げた悪党だ。

 憎っくきオーギュスト・ド・フェランとおなじ。

 けど、その世界で突き抜けてはいる。

 認めたくはないという、ボスに対しての自分の気持ち。

 それをいったん置いて、この男を傑物だと認めてみたら、どうなる?

 僕の中に浮かんだ疑問……

 それに答えが出ることはなかった。

 なぜなら馬車が停車したから。

 今度はトラブルのためではなく、目的地に着いたのだ。

 だがこの馬車の目的地とは、刑場ではない。

 あくまでも、長官の言う『素晴らしい旅行』のための、スタート地点でしかなかった。


 馬車の後部の幌が引き開けられる。

 ゴォォォと耳に飛び込んでくる轟音。

 外には圧巻の景色があった。

 白く煙る世界。

 飛沫が舞い、あたりはうっすらと霧がかかったよう。

 崖上から水が放物線を描き、長い落下を経て下へと吸い込まれていく。

 水は落ちるに従ってまとまりを失い、風に揺れる白いスカートの裾のように広がる。

 流れ落ちて再び合わさって、そこからまた新たな川が始まっていた。

 初めて見るその景色に、僕は息を飲んだ。

——ここに、落とされるのか……——

「どうだ、素晴らしい景色だろう。これより先は自分の足で歩いてもらう。これから自分が流される激流をながめつつ、裁きの滝を前に己の罪を振り返るのだ。一歩ずつ確実に、処刑台へと登って行く。これが貴様らの人生で、最後かつ、最高の旅となるぞ」

 にやにやと嬉しそうにちょび髭の長官は告げた。

 すべての罪人が馬車から降ろされると、これまでは馬上にいた長官や副官たちも馬を降りた。

 ここから先の道は、徒歩でなければ登れない悪路らしい。

 足元は湿気のせいか、ぬかるんでいた。

 ふたたび僕の腰縄をあの女性兵士、ディアドラが引きにきた。

「神の祝福を」と軽く頭を下げて挨拶する。

 僕は、「チッ!」と思わず小さく舌打ちをし、目をそらした。

——祝福があるなら、こんなところにいるものかよ!——

 さっきのかみ合わないやり取りを思い出したのだ。

——ん、あれは……——

 ディアドラの胸元中央。

 控え目な谷間に、ひとつのメダルがあった。

 そこに刻まれているものはこのグラディール王国の印ではなく、部隊の所属を表すものでもない。

 刻まれた三本の波線が表すものは、長い髪が風になびくさまであるとか、女性の身体のラインを表しているとか、山や平原に川といった大地の起伏を表すとか、諸説あったと記憶している。

 そのメダルは、地母神マーティナを信仰する者であるという証だった。

 ふと気になって周りを見渡してみると、罪人に付く兵たちは腰に剣を帯び、周囲を固めて守る兵たちは槍を地面に突き立てている。

 ではディアドラはどうかと視線を彼女へ戻せば、兵士にもかかわらず剣も槍も持っていない。

 そのかわりにメイスを背にかけていた。

「神官兵……」

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