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「ほかのメンバーは、もう処刑されてしまったんですか?」

「まさか! 俺たちを見くびってもらっちゃ困るぜ。そんな下手を打つかよ。いまごろよろしくやってんじゃねえかな」

 ボスと弟分は顔を見合わせ、豪快に笑い出した。

 その感覚が、僕にはよく理解できなかった。

 いったいどこに笑いのポイントがあるのだろうか。

「あなたは処刑されるのでしょ。なんでそんな……、こんなときに、なんで笑えるんですか?」

「なんで、か。そりゃ、俺は坊主と違うからよ」

「それは答えじゃ——」

「——いいや、答えさ。俺様はな、半端な坊主と違う」

 ボスの視線は一転して厳しくなった。

「俺は自分の望みを叶えるために何十人も殺してきた。だからここにいる。歴史に残る大罪人としてな。だから覚悟はあるぜ。

 坊主のように、『僕のせいじゃない』なんて言葉、俺様は死んでも言わねえぞ。すべてが俺の生き方よ。坊主みたいなのはよ、オモテの世界じゃ、俺たちにむしり取られる立場だな。今日会ったのがお縄になっちまったこんな姿の俺だってことに、よーく感謝した方がいいぜ」

——むしり取られるだと? 僕は本当なら、死刑を与える側だッ——

 機嫌よくしゃべって笑うボスに、ムッとしてしまう。

 だから、余計な一言を僕も……

 わざわざ言ってみたくなってしまったのだ。

「感謝だって?

 よく言えたもんだ。あなたのようなッ、あなたのようなゴミがいるから民が苦しむ」

「おっと! 吹くじゃねえか、ええ?

 じゃあ俺も言わせてもらおうか。俺からすりゃな、坊主のように誰かのせいにして生きる、その生き方がゴミだな」

「ハハッ! そうですか、それはよかったです。

 お互いゴミ同士なら、一緒に処刑場に並んだって、あなたのくだらない名誉がけがれることもないでしょうから。だってそうでしょ。捨てるゴミに高いも安いもないし、価値があるも無いも関係ないですよね。

 ああそうか、死体を埋めて肥料にするなら、でかい分だけあんたらの方が価値があるかもしれない。でも骨が根の邪魔になるから、差し引きで同じ価値かな?」

「てめえッ、いい加減にしろよ! 兄貴に向かって、どういう口の利き方を!」

「いいんだ、よしとけ。おもしれぇじゃねえかよ。こういう跳ねっ返り、俺は嫌いじゃないぜ。

 おまえは案外、馬鹿じゃないようだな。そう、馬鹿ではない。だがな、頭の回転がいいだけじゃ、生きてくのになんの意味もないのさ。いいか、『かしこい』と『ズルい』ってのは、紙一重なんだぜ。

 ……おまえがどっちか、わかるか?」

「そういう聞き方のほうが、ズルいんじゃないですか」

 いちいちカンに触る男だ。

 答えの決まった問いを投げかけてくるボスに、『ズルいのはおまえの方だ』と反論してみせた。

「そうよな。たしかにそうだ」

 ボスは何度もうなずいたあと、ニヤッとして言った。

「答えは決まってら。いうまでもなく、おまえはズルい奴よ。いいか、ズルい奴ってのは、言い訳ばかりだ。理由をつくって、自分で動こうとしねえ。

 少しくらい頭の回転が良くったって、それじゃ何も起こらねえし、どこにも行けやしねえのさ」

「……あなたのような大悪人の道なんて、僕は進む気はありませんから」

「そうかい? 坊主、もうわかってるんじゃねえのか? 誰かのせいにするってのはさ、道を選ぶ以前の問題だってな」

「僕はッ——」


 ドンッ!

 反論しようと思った僕の言葉は、無理矢理に消された。

 突然に馬車が下から激しく突き上げられ、フワッと浮き上がって落ちた。

 硬い木の荷台は衝撃をそのまま身体へと伝えてくる。

 一瞬息が止まった。

「クソッたれが! ていねいに扱えや!」

 弟分が顔をしかめて御者の方へ叫んだ。

 どうやら折れた大きな枝を踏んだらしかった。

 点検が必要らしく、兵が車輪を見て回っている。

『僕は選べなかった』と、そう言おうとした。

 でも、本当はそうじゃない。

 本当ならば、僕は姉さんの前に出て戦うべきだったのだ。

 宰相の非道に屈せず、戦い抗う。

 その結果として死が待っていたとしても、愛する家族を守り、王族の誇りを持って名誉の死を選ぶべきだった。

 だからいまの僕がなにかを言えば、それ自体がすべてボスの言葉の証明になってしまうように思えた。

 自分の道を選べなかった、ズルい奴なんだと……

 そういう意味では、馬車が衝撃で停まり、話が中座して助かったのかもしれない。

 あのままであれば王城でのいざこざ、ダバンの死、牢屋番のこと……

 勢いに任せてすべてブチまけていたかもしれない。

 それはあまりに感情的にすぎる。

 そんなザマをさらしているようでは、冷静に生きる道を探ることなどできやしない。

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