第42話 友達作りに友達が障害になる

「みんな、おはよう! 今日も一日頑張って勉強をしようではないか!」


 登校早々に元気よく挨拶しながら教室へ入るシィーリアス。

 その瞬間、クラスメートたちはざわめく。


「キタ!」

「なぁ……ど、どうする?」

「お前が話しかけろよ」

「でも……」


 シィーリアスの顔を見た途端にクラスメートたちのこの反応。

 登校初日の頃とはまた違う。

 初日の頃は、Aランクの生徒と喧嘩して勝ったという「噂」の生徒ということだったが、今は違う。


「どうやら昨日のシィーさんの大活躍に、皆さん大変ビビりまくっているようですわね~」

「……まぁ、無理もない」


 フォルトとクルセイナはシィーリアスの傍らで苦笑する。

 そう、副会長が召喚した暴走フェンリルを足だけで制圧して屈服させたという衝撃は、もはや知らないものなど居ないのである。

 ほぼすべての生徒たちが、その光景を目の当たりにしたのだ。

 自分たちとは格の違う実力者という認識もあり、つまりビビっていたのだ。


「む、そんなことを言われても……みんな、どうか普通に接して欲しい! 僕は皆と友達になりたいのだ!」


 そう言われても、皆もまだその声に従って容易に踏み出せない。

 友達になるということはこれからも関わるということになる。

 この数日の間で二度も公衆の面前で力を振るったシィーリアス。

 もし、ちょっとしたことで機嫌を損ねてしまえば、その脅威が自分たちにまで降り注ぐかもしれないからだ。


「むぅ、ぬ……ど、どうしたのだ、みんな……」


 周囲のその一歩引いた視線や空気に戸惑うシィーリアス。

 自分は何かしてしまっただろうか? と、状況を分かっていないのだ。

 そんな中で……


「ご安心を。何が起こっても、ワタクシはシィーさんの親友ですわ~♥」

「わ、私もシィー殿を裏切ることなど絶対にありえない!」


 心に打算はあるものの、身も心もシィーリアスに蕩けているフォルトとクルセイナは両脇でシィーリアスの腕に抱き着いて、恋人のように甘える。

 

「二人とも……ありがとう……二人の友情に僕は猛烈に感謝を」


 感動で目を潤ませるシィーリアス。

 しかし、やはりシィーリアスは分かっていなかった。

 シィーリアスにクラスメートたちが容易に近づけないのは、コレも原因なのである。



(おほほほほ、昨日は想定外でしたが、極力シィーさんに近づく悪い虫は少ない方がいいですものね~)


(シィー殿を利用しようとする者たちとの争奪戦は数が少ない方がいい……シィー殿には申し訳ないが、友という近しい存在は極力少ない方が良い……そもそもシィー殿の、特に異性に対する友のラインは常識からかけ離れている)



 フォルトとクルセイナという、平民や貴族たちの中でも段違いの家柄の二人が両脇を固めているのである。

 正直な所、シィーリアスの強さだけでなく、この輪の中に入るという勇気を誰も持ち合わせていないのだった。

 そして、それこそがフォルトとクルセイナの狙いであり、シィーリアスが「友達をたくさん作りたい」と望んでいても、こうなることを予期してあえて常にベッタリし、「自分たちのラブラブな邪魔をするな」的なオーラを周囲に発しているのである。

 そして本日……



「あら、何かしらこの雰囲気……朝から爽やかではないわね」



 この状況下でこの輪の中に踏み込む一人の女生徒が……


「あ、ジャンヌ! おはよう!」

「あら」


 クラスメートたちを更にシィーリアスから遠ざけることになる。



「おはよ~、ダーリン♥」


「「「「ぶぶうっぼおおお!?」」」」



 これである。



「はい、おはようのハグと、ほっぺにチュウよ、(*´з`)♥」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」



 しかも、両脇を王国の姫と帝国の公爵家の令嬢に挟まれているシィーリアスに、正面から堂々と抱き着き、背伸びして頬にキスまでしたのである。

 さらに、まさかのジャンヌの「ダーリン」呼びに、クラスメートが一斉に噴き出した。


「ちょっと、ジャンヌさん。朝からどういう怪盗猫っぷりを見せていますの! ワタクシのシィーさんに失礼ですわ!」

「そうだ、ジャンヌ! シィー殿に対する不純な異性交遊は、教室の外でなければダメであろう!」

「あら、居たの? でも、盗まれる方が体たらくなわけだし、そもそも私とダーリンは不純ではないのだから、構わないのではないかしら?」


 シィーリアスを囲んで火花を散らす、フォルト、クルセイナ、ジャンヌ。

 この状況にクラスメートたちが冷静でいられるはずがない。


「ジャ、ジャンヌちゃん……どど、どういうこと?」


 ついに、クラスの女子の一人が耐え切れずに聞いてしまった。


「どうって?」

「だ、だって、昨日は、その、シィーリアスくんと友達になるのは……その……」

「ふふふ、だから、こういうことよ♥」


 そう、昨日の小テストの際に、ジャンヌはシィーリアスに友達になろうと言われて、それを断ったのである。

 なのに、今は正面から抱き着いて、しかもその表情は明らかに蕩けた雌顔であった。


「あれほど素敵な姿を見せてくれた男の子の傍に居れるなら、掌返しなんていくらでもするわ♪」


 それは、完全なる開き直り。


「ダーリンも、私が傍に居てもいいわよね?」

「うむ! 仲良くできる友が増えて僕は嬉しいぞ!」

「うふふ、だそうよ?」


 クラスメートに、そしてある意味で昨日「姉妹」になったフォルトとクルセイナに対する挑発的な発言でもあった。


「ぇ……何この状況? 僕が昨日放課後別れた後に何があったの?」

「ん? おお、セブンではないか、おはよう! 昨日はちゃんとあの子を送り届けただろうか?」

「あ……ああ……送り届けたというか……その……」


 登校してきたセブン。挨拶と同時に昨日のことを聞くと、セブンは気恥ずかしそうにしながら……



「そのまま……彼女の御両親と遭遇してしまい……な、流れで夕食に招かれて……」


「「「「え!?」」」」


「その、僕は今まで……ああいう顔も距離も近い小さなテーブルで人の家で食事をしたことなくて……なんだろう……温かい家庭だったよ……だから、あんな素敵な家庭をただ平民というだけで侮辱してしまった自分が恥ずかしくて……彼女の御両親の手作りの温かいパンを食べながら、何だか涙が出たよ」


 

 それは、まさにフォルトたちとは違った路線で予想外に段階を飛び越えてしまったセブンであった。


「ほぉ、何だか良いではないか! うん、僕もそういうの何だか分かるぞ、セブン!」


 セブンの感想に微笑みながら頷くシィーリアス。

 一方で……


(わ、ワタクシたちがパンティーチェックとかキッスとかしている間に……)

(私がシィー殿の脚の指を舐めてる間に……)

(ピュアナったら、何という甘酸っぱく初々しいことをしていたの!?)


 フォルトたちは自分たちとはまるで違うセブンたちの状況を知って、少し恥ずかしくなって顔を赤らめた。


「そうだ、セブン! 明日は休みだろう? ならば、キック練習を予定通りにやろうではないか!」

「ああ、よろしく頼むよ」

「あら、休みの日に会えないのは寂しいから、ねえ、ダーリン。私にもそのキック練習に参加させてもらえないかしら?」

「ちょ、抜け駆けはずるいですわ! シィーさん、ワタクシも参加しますわ! ヲナホーにお弁当を作らせますので~」

「むむ、そんなの……私も参加するに決まっている!」

「あ、いたいた~、セブンくん、おはよう! 昨日は……って、何この状況?! あっ、これお父さんがセブンくんにって、またパンを焼いて……えへへ♪」


 いずれにせよ、もはや一つのグループがシィーリアスを中心に出来上がっていた。


「やぁ、君! セブンと仲良くなれたようで良かった」

「あ、シィーリアスくん……」

「昨日はセブンと食事までされたようだが、もうハグとキスは済ませているのだろうか?」

「……ふぇ!? ふぇえええええ!?」

「「「「ぶっぼっ!?」」」」


 フリードからの指令では友達10人が条件であり、ペースとしては悪く無い方である。


 しかし、ここから先は、簡単に増えない。


 シィーリアスの学園生活に課せられた指令の壁は、ここからドンドン高く増えていくことになるのだった。



――あとがき――

お世話になっております。

次回で本作一度区切ります。

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