第10話 お買い物
帝都の少し外れに位置する借家。
生活するうえで最低限のものと広さと家具しかない簡素な部屋。
事前にフリードが用意したその部屋が、これからのシィーリアスの拠点となる……のだが……帰宅して一休みし、フリードたちへ本日の報告の手紙を書いていたところで、シィーリアスは連れ出された。
入学前に喧嘩で説教をされて式に出ることはできなかったことや、制服や靴を損傷したことの謝罪。だが特別に停学や退学の処分もなかったことを記し、その上でもっとも大事なこと……
「サイズもピッタリ。キレイに元通り。ええ、改めてお似合いですわよ、シィーリアスさん♪」
「これでよろしいでしょうね。靴と靴下は隣の店にありますので、そちらを見ましょう」
友達ができたこと。
その全てを記載するのに時間もかかっていたところ、シィーリアスは突然馬車で迎えに来たフォルトに連れ出された。
帝都の商業区域。
多くの商店が立ち並ぶその通りにある服屋にフォルトとクルセイナとシィーリアスは居た。
「まさか衣服の修繕をこちらの店でしてもらえるとは……本当に感謝する、フォルト! クルセイナ! 君たちに教えてもらわなければ、僕は明日からは損傷した状態で通うところだったぞ!」
それは、損傷したシィーリアスの制服の修繕や靴の買い出しであった。
「おほほほ、気になって尋ねてよかったですわ~。シィーリアスさんもワタクシ同様に本日この帝都に来たようでしたし、お困りかと思いましてねぇ~」
「フォルト姫に感謝されるのだな。城で皇帝陛下たちとの簡単な懇親会であったが、それが終えられてすぐにあなた会いに行こうと提案されたのだ」
そう、それは全てフォルトが言い出したことであった。
入学式が終わったフォルトは、そのまま宮殿にて懇親会に出席していた。もっとも、明日から授業がスタートし、更に引っ越してきたばかりで疲れるだろうからと、皇帝たちが気を利かせて会は遅くならないように切り上げられた。
そこで、フォルトはまだ店も開いている時間だろうということと、シィーリアスのことが気になって、案内役にクルセイナを連れ添ったのだ。
「フォルト……それにクルセイナも……そんな忙しい中で僕のために……」
「おほほほほ、水臭いですわ~、シィーリアスさん。ワタクシたちはオ・ト・モ・ダ・チ、ではありませんの~♪」
「ありがとう! 僕は今、猛烈に感動しているぞ!」
そんなフォルトは善意からこんなに親切にしてくれるのだろうと、感激して打ち震えているシィーリアス。
だが、もちろんそれは別にフォルトの優しさではなく、クルセイナもそのことを察していた。
(懇親会でカイについては皇帝陛下や、先輩で生徒会長でもある『シャンディア姫』も噂レベルでは知っていたようですが、シィーリアスさんについてはまったく知らなかったとのこと。つまり、この国にとってシィーリアスさんは本当に未知な存在。規格外のAランクの怪物であるカイ……それを魔法も使わずに圧倒したシィーリアスさんはまさに未知。近いうちにその名は全土に轟くでしょうけど、その前にワタクシの手で懐柔しませんとね♪)
(今日の今日。懇親会で陛下やシャンディア姫にまでシィーリアスの詳細な報告は入っていなかった故、それほど大きな話題にならなかったが、明日にでも詳細な報告が入るだろう。そうなれば、流石に宮殿側もシィーリアスを注視するし、場合によっては引き入れようとする……その前になるべく親密に……ということなのだろう……。だが、いきなり初日に男と二人きりになるわけにもいかず、私も同席させた……か。いずれにせよ、この機会に私もこの男について可能な限り情報収集しておかねばな)
シィーリアスは二人の優しさと友情だと思っているが、二人の内心にはそれぞれの思惑があったのだった。
「それにしても、シィーリアスさんの制服のズボンもかなり損傷していましたし、いっそのこと新しいのにしても良かったのではありませんの?」
カイとの戦闘によりズボンの裾はかなり酷いことになっていた。
それを修繕するのは手間もかかるし、生地を継ぎ足しにするために、どれだけ綺麗に仕立てても痕は残ってしまうし、無駄に金もかかる。
それならば、新しいので良いのではないか?
その問いかけにシィーリアスは……
「うむ。だから、完全に消滅してしまった片方の靴と靴下は仕方ないが……それでも、このズボンはまだ着れるし……それに、僕の先生や先輩たちが買ってくださったもの……だから、僕はなるべくこれを着て学園に通いたいのだ」
照れくさそうに微笑みながらズボンを擦るシィーリアス。その微笑に、一瞬だがフォルトとクルセイナは思わず微笑ましく感じた。
「……よほど大切なのだな……あなたにとって、その先生という方や、先輩という方は」
「ええ。そういう顔をしてますわ」
「ああ! 勿論だとも! 小さい頃からいつも僕の傍に居て下さり、僕を引き取って育て、守り、色々なことを教えて下さった……僕がこの世で最も尊敬し、そして大好きな方たちだ!」
シィーリアスもそのことに間違いはないと頷いた。
(あらあら、かわいらしく笑いますわね。それにしても……あれほどお強いシィーリアスさんを育てた? それは師匠的な意味で? 一体何者……?)
(この男がこれほど言うのだからよほどの人物なのだろうな……小さい頃から……)
そんなシィーリアスが何者なのかを知ろうとしていたこともあり、そこでシィーリアスの過去に関わる話の流れになったことは、フォルトにとってもクルセイナにとっても願ったりなことであった。
そこで……
「小さい頃から? 家庭教師や地元の先生か何かですの?」
「え……あぁ~、うむ、まあそういうものだ。僕を引き取ってくださって……」
「ほ~ん。……ん? 引き取る?」
「あ……うむ。ずっと小さい頃、僕の父さんと母さんは悪人に殺されて、そのとき僕を助けてくれた方たちなんだ」
「……え?」
ただ会話の流れの中で自然と気になったことを聞いただけだが、まったく予想外の重たい話がシィーリアスの口から出てきて、フォルトもクルセイナも驚いた顔をした。
それは世の中的に決して珍しくはない不幸な話かもしれないが、それでもその話を聞いて何も感じないものは居ない。
「ご、ごめんなさい、まさかそのようなことがあったとは知りもせず……」
「え、あ、いや、待ちたまえ! 別に僕はそんなつもりで話したのではなく、ようするにその方たちは僕にとっては先生であり、先輩であると同時に、家族であり、親のような存在でもある大切な人たちということなのだ。そしてこうして僕を育ててくれたのだ。今更そのことで暗くなる僕ではないので気にしないでもらいたい」
「シィーリアスさん……」
慌てて謝罪するフォルトに「気にする必要はない」と窘めるシィーリアス。
とはいえ、それでも「じゃあ気にしない」となるほど、フォルトも薄情ではない。
なので、流石にこれ以上の事情聴取のような聞き取りは難しいだろうと判断。
とはいえ……
(……なるほど……まだまだ知らなくてはいけないことは多そうですが……それでも、少しシィーリアスさんが正義を口にする理由の根幹は分かった気はしましたわ)
(そうか……悪い者たちに御両親を……なかなか重い人生を彼も歩んできたようだな……そして、それが今のこの男の強さの原点かもしれないな……)
詳しくはそれ以上は追及できないが、それでもシィーリアスが今の強さを持っているのは、そういう過去があったからかもしれないと、どこか納得できたような気がしたのだった。
「お客様。履き心地はいかがでしょうか?」
そんな中、服屋の店主がシィーリアスに尋ねてきた。その問いにシィーリアスは一切の不満なく力強く頷いた。
「ええ、もはや新品同様で素晴らしい技術に僕は感激しています! 猛烈にあなたに 感謝を!」
「は、はは……そうですか。そこまで褒められたら悪い気はしませんね。では、お会計の方よろしいでしょうか?」
「うむ、いくらになるでしょうか!」
「布や修繕費等で合計、6,000サークルになります」
「うむ……うん……うん?」
「……?」
そのとき、シィーリアスは固まった。金額を聞いて。
その様子を見てフォルトたちはハッとして……
「シィーリアスさん。つ、つかぬことをお聞きしますが、あなた……お金はお持ちですの?」
「な、失礼な! ちゃんとお金は持っている! ただ……なにぶんこちらの貨幣に慣れていないのでピンと来なかったのだ」
「はい?」
シィーリアスは幼少期から魔界のエンダークに住んでいた。魔界と地上では貨幣や物価も大きく違う。
そして、シィーリアスは地上に来て間もないので実はお金を使ったことが無かった。
とりあえず……
「一応先生からお小遣いは貰っていたが……6,000サークルとはこの中でどれほどになるだろうか?」
そう言って、シィーリアスはポケットから取り出した布袋から中身を取り出した。
そこには……
「「「…………ぶっぼぉおおおお!!??」」」
店主も、そしてフォルトもクルセイナも噴き出した。
そこには、色鮮やかな大小無数の沢山の宝石があったのだった。
――あとがき――
お世話になっております。徐々に読んでくださる方が増えて嬉しいです。
頑張って書いていきますので、引き続きよろしくお願い致します。
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また、大変図々しいお願いで申し訳ありませんが、「+フォロー」で作品にもフォローしていただけましたら嬉しいです。
今後更新していくにあたっての強いモチベーションになりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
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