第2話 権力に媚びない

 侯爵家の娘と他国の姫。

 庶民とは天と地ほどの身分差がある存在に向かって、「友達になってください」と普通に話しかけるシィーリアス。

 一体何事かとその場に居た全員が戸惑った。

 

「その制服……あなたも新入生ですの?」


 思わぬことだったが、軽く咳払いしてフォルトがシィーリアスに尋ねると、シィーリアスは笑顔で応じた。



「いかにも! 僕も今日から君たちと同じ学校に入学するシィーリアス・ソリッドという者だ。友達をたくさん作りたいと思い、声をかけさせてもらった。何卒、僕とお友達になっていただきたい!」


「ほ~ん……ふむふむ……」



 シィーリアスの言葉を聞いて、フォルトは目を細めてシィーリアスの頭のてっぺんからつま先まで一瞥する。

 それは、まさに品定め。


「なかなか凛々しいお顔で、品も良さそうな方ですが……見たことありませんわね。クルセイナさんはご存じです?」

「い、いえ、私も存じ上げませんが……」

「ほ~ん。あなた、どちらの貴族ですの?」


 フォルトのシィーリアスの容姿に対する評価は悪くなかった。

 だが、容姿以前に大前提となる大きな問題があった。

 それが「身分」である。

 当然……


「貴族? 身分についてだろうか? いや、僕はそういった身分はないが……」

「……は? つまりは平民!?」


 そう、シィーリアスに身分はない。さらに、勇者のパーティーでも見習いだったシィーリアスにSSSランクもない。

 ただの「平民」なのである。

 それは、貴族や王族といった者たちからすれば大きな問題である。


「ちょ、おいおい、何考えてんだ、あの兄ちゃん」

「見たことないけど……俺らと同じ平民で、姫様とクルセイナお嬢様に声かけるなんて……」

「大人しそうなツラしてなんて大胆な……」


 そういった常識が分かっていないシィーリアスの行動を、常識ある者たちはハラハラした様子で見ている。

 さらに……


「でしたら、ランクは?」

「え……ランクかい?」

「入学にあたり、新入生も全員ランクが登録されているはずですわ? なら、あなたのランクはいくつでして? 平民でありながらワタクシたちの友になりたいと言うからには、よほど優秀なのでしょう? Dですの? Cですの? まさか、学年主席や教員レベルのBだったりします?」

「僕がもらっている入学前の書類には、Fと書いてあるが……」

「ぱぁ?!」


 それは姫らしからぬ変な声を上げてしまうほどであった。



「「「「「いいいっ!!!???」」」」」


 

 周囲の者たちも思わず声を上げてしまうものであった。

 世界において「ランク」とは身分以外でその人物を表す一つの評価。

 騎士や軍人、冒険者、賞金首、はたまたモンスターなど、力のある者たちの力を「ランク」で現わしている。

 魔力、筋力、スピード、戦闘能力などあらゆる総合力から導き出されるのが「ランク」である。

 人間は15歳以上になればランクを得ることができ、F~Aまであり、Fは最低ランクである。

 ランクを上げる手順や、フリードたちのようにAどころかS以上の評価を得ることも可能であるが、いずれにせよ現時点のシィーリアスの「平民」で「Fランク」というのは、まさに最底辺と言っても過言ではない評価なのである。


「ぷっ、くくく……」


 ゆえに……


「あなたが~? Fランク~? おーっほっほっほ! 冗談はよしてほしいですわ~!」 


 あまりにもバカげていると、フォルトは笑った。

 

「な、……えっと……冗談では……だって、そう書いてあるのだし……」

「ほ~ん」

 

 一方で、普段からSSSランクのフリードたちと家族のように過ごしていたために、自分の何がおかしかったかをシィーリアスは分かっていなかった。


「まったく、とんだパッパラパーさんですわね」

「はい?」

「ワタクシは血統書付きか優秀な子にしか興味ありませんの。そんなワタクシに平民のFランクなどと冗談を口にする人なんて、友どころかペットにする気もありませんわ」

「ッッ!? ペット……? 何を? 僕は君と同じ人間だぞ!」

「は~? 何を言っておりますの? ワタクシをだーれと思っていますの? とんだ頭がパッパラパーですわね!」


 そう、正に身の程を知れというものであり、周囲の者たちもこの状況に呆れたように笑っていた。


「ふう……姫様、そろそろ学園に向かいましょう。入学式は姫様に新入生代表としてご挨拶していただきますので、その段取りの確認もしませんと」

「あら、そうですわね、クルセイナさん」


 クルセイナも呆れながらも、いつまでもここに居るわけにもいかないとフォルトに告げ、二人は周囲の兵たちと一緒に学校へ……



「待ってく……いや、待ちたまえ!」


「「「「「ッッ!!???」」」」」



 シィーリアスはそのままでは済まさなかった。それどころか強い口調で声を上げた。



「人間はペットではない! しかし、僕は……高い身分に居て人間をペットのように扱う者たちを知っている。君も……あいつらと同じ悪だということか!」


「は? 何を――――」


「このたわけもの! 僕が成敗してくれよう! 僕は金や地位に己惚れて、たわけた心の持ち主を心底嫌悪する!」



 かつてエンダークには多くの権力者が欲望を発散していた。

 その中には、地上魔界含めての権力者や貴族や王族関係者たちも多数いて、むしろそう言った者たちが金を落すことでエンダークは潤い続けていた。

 ゆえに、シィーリアスが知る「身分あるもの」というものはそういった者たちというイメージである。

 何よりも、シィーリアスにとって……



――ふははははは、僕は王子だぞ? お前たちのような下等な輩は僕が死刑と言えば黙って死に、楽しませてから死ねと言われたら存分に楽しませる義務がある!



 過去の怒りとトラウマをよみがえらせるものであった。

 そしてそういう者たちに対し……フリードたちは……


「僕も先生たちを見習い、決して屈することはしない! 先生はあのクズな王子を容赦なく殴っていらっしゃった……王族であろうと僕たちが媚びることはない!」


 それが、エンダークという特殊な環境下でシィーリアスが学んでしまったことだった。


「先ほどからキャンキャンと訳の分らぬことを吼えておりますが……あなた、このワタクシに吠えているのですわね? でも……なるほど。あなた、そういうタイプですのね」


 無論、そんなシィーリアスの事情や想いなどをフォルトが分かるはずもないのだが、フォルトはそんなシィーリアスの言葉に余計に笑みを浮かべた。


「人に対する侮辱を訂正したまえ! さもなくば―――」

「それまでにせよ」

「……むっ」


 そのとき、シィーリアスの腰元に、剣の柄が当てられた。


「……なんのつもりだ?」

「それはこちらのセリフだ。フォルト姫に対して無礼だぞ」


 これ以上騒ぐようであれば、剣を抜く。それは警告である。

 シィーリアスの脇に立ったクルセイナの射貫くような瞳。

 民たちもハラハラした様子で、そして兵たちもフォルトを守るようにシィーリアスの周囲を囲む。


「悪党を庇うと? ならば、君も悪か?」


 もしこのまま剣を抜かれるなら、自分も黙ってはいないとシィーリアスは僅かに膝の力を抜いてクルセイナに向ける。

 すると、クルセイナは……


「初対面でいきなり随分と極端な男だな。自分が不快に思った相手はすべからく悪と? 傲慢な男め」

「ッ!?」


 一触即発の空気が二人の間に流れ、空気がピリピリする。

 その異様な空気に周囲の者たちも息を呑む。


「傲慢? 僕……が……」


 一方で、シィーリアスはクルセイナに言われた言葉、それはクビになる直前にフリードに言われた言葉と同じだった。



――自分が何もかも正しい正義なんてねえよ! そんなもんただの傲慢だ! 



 それを思い出し、一瞬呆然としてしまったシィーリアス。

 そんなシィーリアスに剣を身構えながら、クルセイナは一歩踏み込もうとした……が……


「……むっ……」


 クルセイナは踏み込む直前で足を止めてしまった。


(なんだ……? この私が……これ以上踏み込めない? これ以上踏み込もうとしたら、何かが飛んできそうな……なんだ?)


 それは、クルセイナが呆然としているだけのシィーリアスから言いようのない気配を察したからだ。


(Fランク……と言っていたが……なんだ? この雰囲気……芯の通った立ち姿は……! 待て、なんだ? 見れば見るほど……美しさすら感じる……バカな! ありえん! そして……あの脚……あの膝! 言いようのない何かを感じる……まるで剣先を……いや、大砲の目の前に立たされているかのように……恐ろしい何かを感じる! Cランクの私が……こんな男に……? 嘘だ!)


 シィーリアスはクルセイナの言葉に。

 クルセイナはシィーリアスの肉体に。

 互いに意識を取られて、場に重苦しい緊迫した空気が流れた。


「ふふふふ……ほ~ん」


 ただ、そのときだった。



「ええ、彼の言う通りですわ~。完全に今のはワタクシが失礼をしたというものですわ。クルセイナさんもワタクシの友になると言うのなら、あなたもダメなものにはダメと言えるようにならないとダメダメですわ~♪」


「ッ!? え……」


「……え?」



 なんと、フォルトがここにきてシィーリアスの発言を間違いでないと認めた。

 そのうえで、公衆の面前で皆が見ている前で……


「言いすぎましたわ。申し訳ありませんでしたわね」

「あ、えっ、あ……その……」


 一国の姫がFランクの底辺の平民に頭を下げたのだ。

 その状況にその場にいたすべての人間が驚愕に固まった。



「そして、是非ともワタクシと友達になっていただけます? そして謝罪の証として……そうですわね。卒業後にワタクシの国に来てくださったら、爵位と我が国のエリート中のエリートのみが配属できる……特級騎士団の入団を確約してあげましてよ?」


「え?」


「ッ!?」



 その突然の流れに、周囲の者たちはもはや何が起こっているのか分からなかった。

 たとえ他国のこととはいえ、「姫が謝罪する」、「友になることを了承する」、「特級騎士団入団の確約」という流れは急展開過ぎて、何よりも姫の表情が「姫の冗談」と一笑することができない雰囲気を醸し出していたからだ。


――一体、何を考えているのか?


 誰もがそう思う中で、シィーリアスは……



(何を! ごめんで済めば勇者はいらな……いや……しかし、素直に謝罪をされた……この場合……)


――時と場合に応じて、人の醜く汚い面も許せる広い心を持て


(うん! 先生も言っていた! 素直に謝罪した悪にも広い心を持てと!)



 深く考えずにポジティブに捉え……



「うん! 謝っていただけたら僕も構わない! 謝罪の証までは不要だ! それに、友達になっていただけるというのであれば、是非もない! 君は王族だが己の過ちを認める広い心を持っていることに感銘した! 是非とも!」


「ふふふ、嬉しいですわ♪」


  

 こうして、互いに笑顔で握手をする二人に、兵や民たちと一緒にクルセイナは呆然としていた。

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