第1話 10の指令と出会い

 揺れる行商人の馬車の中、卸したての白い制服に身を包んだ少年がいた。

 キリっとした表情の猫目の黒髪少年。身長は特に大きいわけでもなく普通。

 ボタンも上まで締めて綺麗に制服を着こなしている少年を見れば、誰もが「新入生」だと分かるもの。

 そんな少年・シィーリアスは、真剣な表情をしながら手紙を読んでいた。

 


~10の指令~


(1)帝国魔法学園に通うこと

(2)勇者のパーティーに居たことや関係を伏せること

(3)毎週手紙を書くこと

(4)友達をたくさん作ること(10人以上)

(5)恋人ができたら紹介すること

(6)学園の行事などには積極的に参加すること

(7)人を殺すことは絶対にダメ

(8)ケンカするなとは言わないが、相手に骨折以上の怪我をさせてはならない。度を越えた正義は暴力になり、弱い者イジメという悪になる。

(9)魔力制御の腕輪を着けたまま生活すること。これにより、お前の魔法は大幅に制限されて、Fランク程度になる。

(10)進級・卒業すること


~以上を守った上で、卒業の時に改めてお前を試し、そのとき問題が無いと判断すればパーティーへの復帰を認める! 青春の中で常識を学べ!



 それは自分の師でもあるフリードからの手紙。

 その手紙を何度も見返した後、改めてシィーリアスは制服の袖を捲って、腕に嵌めてある銀の腕輪を確認。


「魔力制御の腕輪……装備者の魔力を大幅に低下させるマジックアイテム……これで僕はほとんどの魔法が使えなくなる。そういう制限……ハンデ……縛りの中で僕は成果を出すということか……」


 勉強不足と言われてパーティーをクビになった時、シィーリアスは絶望した。

 だが、そんなシィーリアスにフリードは復帰への条件を提示した。


「帝国魔法学園……そこに通って卒業さえすればか……どれほどのレベルか正直よく分からないが、未来の勇者を育成するような学校……甘くはないはず。そんな学校に……魔法のハンデありで……ん? いや、そもそも何で魔法のハンデをつけて魔法の学校に行くなのだろう?」


 シィーリアスは10歳の頃から最近までずっと魔界に居た。

 魔界から帰ってきて少しの間は穏やかな田舎でフリードたちと休養していた。

 その休養中に地方で悪さする盗賊団たちを成敗したりはしたが、シィーリアスはフリードたち以外の人間の強さがよく分かっていなかった。

 そのため、魔法を封じられているというハンデを背負いながら、学校に通うというのは相当ハンデなのかもしれないという不安があった。

 だが、しかしすぐに顔を上げた。


「いや、きっと先生には何かお考えがあるはず! それに、このぐらいの困難が何だというのだ! あのエンダークで絶体絶命な状況下で僕のような足手まといを守りながらも巨悪を討った先生たちに比べれば、児戯にも等しいはず! それに、こういう条件を課すことで先生も僕の成長を望んでいるのかもしれない!」


 これは、自分に与えられた試練なのだとシィーリアスは肝に銘じることにした。

 むしろ、これぐらいの試練を乗り越えないようで、SSSランクの勇者の一員になるのはふさわしくない。

 すぐに不安を拭って、シィーリアスの瞳は燃えた。

 一方で……



「にしてもこの10の指令は……ふむ。内容的には……」


(1)帝国魔法学園に通うこと

   →修行のため

(2)勇者のパーティーに居たことや関係を伏せること

   →クビになったのに昔の威光に縋るな

(3)毎週手紙を書くこと

   →定期報告をしろ

(4)友達をたくさん作ること(10人以上)

   →?

(5)恋人ができたら紹介すること

   →?

(6)学園の行事などには積極的に参加すること

   →?

(7)人を殺すことは絶対にダメ

   →先生や先輩方が地上に帰ってきてから常々仰っているルール

(8)ケンカするなとは言わないが、相手に骨折以上の怪我をさせてはならない。度を越えた正義は暴力になり、弱い者イジメという悪になる。    

   →クビになった一番の原因?

(9)魔力制御の腕輪を着けたまま生活すること。これにより、お前の魔法は大幅に制限されて、Fランク程度になる。

   →修行のため

(10)上記を守ったうえで進級・卒業すること

   →再テストのための最低条件



「……という解釈でいいのかもしれないが、(4)と(5)はどういうことなのだろうか……友達……恋人……これは勇者たるもの人を惹きつける力も必要だということだろうか……確かに先生や先輩たちは素晴らしい方々だし、こんな僕をここまで守り育ててくださり、他にも休養地で出会った人たちも皆がすぐに心を開かれてる……それに(8)も難しいな……骨折させることを許されないとなると……ローキックが主となるのか……いや、それでも相手が脆ければ折れる……う~む……相手の強さを見極めたうえで加減しろと……難しいことを……」



 自分が再び仲間として認めてもらうための条件の中で、その意図を読み取れない課題に少し頭を悩ませたシィーリアス。

 だが、すぐにそれどころではなくなる。


「おい、兄さんよ。帝都に着いたぜ!」


 その言葉を聞いて、シィーリアスはハッとして顔を上げた。


「あ、はい! ありがとうございます、おじさん! ここまで送っていただき、大変助かりました! このご恩は決して忘れません!」

「だはは、いいってことよ。兄さんには盗賊討伐の礼もあるしな。頑張って勉強して、改めてフリード様たちと一緒にまた遊びに来てくれよな!」


 目的地に着き、フリードからクビを告げられた村から送り届けてきた商人に頭を下げ、馬車から降り立つシィーリアス。

 生まれて初めて目にする地上の巨大都市。

 それを目の当たりにし……


「お、おお……ここが、大陸最大……『ディヴァース帝国』……」

 

 シィーリアスは呆然と、その雄大さ、そして視界いっぱいに広がる街並みや行き交う人の波に立ち尽くしてしまった。


「すごい……エンダークも巨大だったが……あそこは魔界ゆえに常に空も暗黒に満ち、いつも血と腐敗した肉と悲鳴が聞こえ……地獄しかなかった。だけどここは……」


 巨大な街。

 果てに見える巨大な王宮まで続く街の中央通りは石造りで隙間なく舗装され、左右にはいくつもの商店が立ち並び、多くの民が行き交うほど賑わっている。

 街自体はそれほど煌びやかなものではない。

 それは悪い意味ではなく、誰もが住みやすい環境とも言えた。

 白い石造りで作られた街は、大勢の人々が住んでいた。

 道端に溢れる露店、果物や肉を籠に入れて売る商人、朝早くからこれから仕事へ向かおうとしていると思われる中年の男たちや、それを見送る家族と抱き合って「いってらっしゃい」をしている光景も見える。

 小さな鞄を背負って学校へ向かっていると思われる子供たちもいる。


「美しく明るく……そしてなんと平和な光景か……なるほど。これが地上の大都会……すごい……なんという発達。生活水準も高いのだろう。何よりも人々が安心して商いをしたり、笑顔に溢れている」


 シィーリアスは天下の往来だというのに感動に震えが止まらなかった。

 そこにあるのは紛れもなく「平和」であったからだ。

 エンダークという地獄で育ったシィーリアスには夢のような、それでいて涙が出そうになる光景。

 そして、改めて思う。


「……この平和を悪から守る……それが勇者……ッ、先生! 先輩方! 待っていてください! 僕はやってみせます!」


 己が何になりたいかを改めて胸に刻み、シィーリアスは平和の空気を浴びながら帝都へ足を踏み入れた。

 

「ほら、君。道を開けて」

「さぁ、下がって下がって」

「この大通りは今から使うから、ほら」


 と、その時だった。

 大通りで空を見上げながら物思いにふけっていたシィーリアスに、突然声がかけられた。

 振り返ると、そこには甲冑を纏った帝国の兵士たちが集まって、民たちを大通りの左右へと分けていた。

 

「え、あ、あの……」


 何事かと戸惑っているシィーリアスを兵士の男は腕を掴んで引っ張る。


「ほら下がって。今から『ヴェルティア王国』の姫殿下が来られる。さぁ、下がって」

「ヴェルティア……ええっと、それってたしか……」


 突然のことで少し戸惑うも、兵士の言葉にシィーリアスはハッとする。

 ヴェルティア王国。

 それは大陸の西方に位置する、帝国と双璧を成す巨大国家である。

 そして……


「たしか、『先輩の故郷』だったな……その国のお姫様が……」


 気づけば帝都の大通りは多くの兵士たちが警護のために配備され、民たちも素直に従いながらも通りを見物するように並ぶ。

 そして、少しの間を置いてその通りに……


「おーっほっほっほ、これが帝都。まあまあですわね。このワタクシがこれから3年も住む場所としては、まあ、及第点ですわね。王国のような優雅さはなく、底辺の庶民たちが目に映るのがいただけませんけども」


 眩いくらいに神々しい装飾品や宝石を身に着けて輝く女。

 整った容姿と、自信に満ちた表情と、威風堂々としたたたずまい。

 シィーリアスと同じ白を基調とした制服は肩章を着け、豊満なバストと引き締まったウェストが目に入る。

 膝上の長さの白いスカートに覆われた、むっちりしたヒップと、膝上まで覆う装飾の施された黒ブーツ。

 そして何より特徴的なのは……


「誰かは分からないが……すごいクルクルだ……どういう髪質なのだろう……」


 思わずシィーリアスもツッコミを入れてしまう、腰どころか尻まで伸びている金色の縦巻きロールが現れた。


「遠路はるばるようこそおいで下さいました……フォルト姫。お迎えに上がりました」


 街の民たちが左右に分かれて大通りの道を開ける中、その中央を一人の女が通った。

 銀色の鮮やかな髪を後ろにまとめ、フォルトと同じ制服に身を包んだ女。

 大人びた雰囲気と、成熟した容姿。スラリとした高身長に、白い素肌、そして何よりも、制服に包まれても分かるふくらみを帯びて盛り上がった胸部。発育して肉付きの良い腿と尻。

 一方で普段から鍛え上げられて無駄なぜい肉をそぎ落とされた引き締まった体が、余計に女の胸、腿、尻の色香を際立たせた。


「あらあら、お久しぶりですわね……帝国が誇るクロノス公爵家の御令嬢……クルセイナさん♪ 今日からよろしくお願いしますわね」

「はい。今後は私が姫様の留学生活をサポートさせて頂きます。姫様とご学友になることができることを、心より嬉しく思います」


 他国の姫と帝国の公爵令嬢。まだ10代の二人。

 しかし、その美しさと共に醸し出される存在感は、場の空気を埋め尽くし、そのオーラは周囲の民たちにまで引き込まれるほどのものが醸し出されていた。

 

「見て、クルセイナお嬢様よ……なんて凛々しく美しいのかしら」

「そしてフォルト姫もなんと神々しい……」

「お二人とも、今日から帝国魔法学園に入学されるのか~」

「同級生となる新入生たちは自慢できるだろうな~」


 見惚れた民たちから感嘆の声が漏れる。

 一方で……


「ふむ……身分の高い二人なのだろう……だが、あの制服を見る限りは僕と同じ学校……そして、会話からして二人とも僕と同じ新入生!」


 シィーリアスはエンダークに居たころから身分の高い者たちは腐るほど見てきたことと、二人よりも遥かにオーラのある者たちとばかり接していたので飲まれることもなく普通。

 それどころか、二人が「自分と同じ新入生」と分かった瞬間、自分へ課せられた指令を思い出した。


(4)友達をたくさん作ること

「そうだ!」


 指令には「10人以上」と書かれていたので、これで早速二人作れる。

 同じ新入生で同級生ならば何も問題ないだろう……と、シィーリアスは解釈してしまい……



「失礼、そこのお二人!」


「「?」」


「「「「「ッッ!!??」」」」」



 手を上げて、人込みから飛び出すシィーリアス。

 その様子に周囲の民たちはギョッとし、予想外のことにフォルトとクルセイナはキョトンとしている。

 慌てて兵たちも二人の前に立って道を塞ごうとするが、シィーリアスは……



「僕の名はシィーリアス。君たちと同じ新入生だ! どうか、僕と友達になっていただきたい!」


「「……は?」」



 その瞬間、シィーリアスの言葉に誰もが呆気に取られ、しばらく沈黙が流れた。

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