【1・光の聖守護獣 編……第一章 開花】

1・ある、のどかで荒々しい昼下がり

「ファイアーボール!」


 一定の距離を開けた後、地面を蹴り上げ、体を捻りながら火球かきゅうを撃ち込む。


 球は徐々に勢いを強めていき、闇に染まった森の中をまっすぐ走り抜けていく。思ったよりもいい感じのものが放てた。これでまた少しは距離が稼げる。……稼げると思っていたのに、奴はトンッと杖を地面に打ち付けると、突如目の前に現れた。瞬間移動ワープしてきたのだと理解する前に、ルッカは杖をこん棒のように振るって俺を吹っ飛ばした。


 あいつ……あいつ……! ひ弱に見せかけて、こんな馬鹿力を隠し持っていたのか! ギーネ洞窟での件は何だったんだ! またか? また俺を騙したってのか!?


「肩すかしだよランドル。火の神とまで評されたの英雄の息子が、馬鹿の一つ覚えに初級魔法ファーストを連射するとは。恥ずかしくはないのかい?」


 キザっぽく髪を掻き上げるルッカ。俺は地面に爪を立てる。


「このっ……! その神を引きずり下ろしちまったのはどこのどいつだよ! 忘れたって言うなら、ぶん殴って思い出させてやる!」


「怖いなぁ。殴られたくないから言っとくけど、あれは僕じゃあない」


「お前じゃない、だと……!?」


「そうさ。君の事だからしてくれるよね?」


 ルッカはにやけた表情のまま近付いて来る。俺は信じそうになったが、口調や態度が嘘っぽくて、もう何が真実なのかが分からなくなっていて、冷静な判断が下せない。頭の中が滅茶苦茶だ!


「そろそろ終わりにしよう。泣き虫ルッカを知る者は、誰もいなくなるのさ」


 杖を突くと、ルッカの前に火の球が出現する。初期段階でももう俺の魔法とは比べ物にならないってのに、魔法のサークルが三つ重なると、火の玉は膨れ上がり、熱風を取り巻き、溶岩のように泡立つ凶悪な見た目の塊が出来上がる。塊の中に落ちた木の葉や、近場の茂みを焦がしていった。ありゃまるで太陽じゃないか。


「どうだい、このデコレーションは! 最後を飾るに相応しい、とびきりの贈り物さ」


「……すげー気持ちがこもってるのが分かるな。チッ、気持ち悪い野郎だぜ」


 こんな状況でも生意気な言葉が出てくるのか、と我ながら呆れる。しかし背中を向けて逃げたところで、あの太陽の餌食になるのは目に見えていた。


 なら、せめて恥さらしの烙印らくいんだけは回避すべきだと思った。怖じ気づいてしまった足にバシッと喝を入れて立ち上がると、大きく手を広げる。俺は今から親父が守ったこの国の盾となる。一人でも多くの国民を逃すため、この身が燃え尽きるその時まで戦おう。


 すうっと息を吸い込み、俺はカラカラに乾いた声を精一杯絞り上げた。


「うん、いいねこれ」


 ゴトッ。


 パン! パン! ペラッ。





 昔々、あるところに娘がおりました。娘は素朴で、どこにでもいるような普通の女の子でしたが、とても仕事熱心で、朝な夕なせっせと働いておりました。


 そんな娘に惹かれたのは、白銀の雪原地帯に住まう白の王子でした。王子は身分など気にもせず、暖かく包み込んでくれます。いつしか娘も惹かれ、幸福を胸いっぱいに噛み締めておりました。


 しかし、突如その平安が乱される時がやってきたのです。


 事の初まりは、市場で見つけた不思議な装飾の宝箱。封印がしているにも関わらず、閉じ込められた悪魔の囁きにそそのかされ、まんまと手を伸ばしてしまうのです。

 封印を解いたが最後、凄まじいエネルギーが溢れ出し、娘は業火ごうかに身を焼かれ、踊り狂うことになってしまいました。


 鏡で自分の変わり果てた姿を見た娘は絶望しました。王子もまた驚愕しました。醜い姿を見せてしまったと、娘は涙を流しました。


 それでも王子は娘の手を取りました。王子の愛は本物だったのです。彼は変わり果ててもなおあいする、共に生きようと励ましました。


 この物語は、哀れな娘の苦悶に溢れる日常と、幸せの果てに紡ぎ出されたものなのです——……



【第零章・闇への入り口】


 材料…ご飯、焼き肉のタレ


 1、ご飯を用意します。

 2、焼き肉のタレをかけます。

 3、完成! うまい!



【第一章・母の温もり】


 材料…ご飯、焼き肉のタレ、卵


 1、ご飯を用意します。

 2、焼き肉のタレをかけます。

 3、卵をトッピング。

 4、完成! うまいぞ! おかわり!



【第二章・嘘か誠か】


 材料…ご飯、焼き肉のタレ、肉


 1、ご飯を──



「いや何だこれ!?」


 声の主は驚愕しての表面を見た。「光と闇の三千世界」。なんてタイトル詐欺だ! 要するに焼き肉のタレのぶっかけご飯レシピ集という事じゃないか。


 長編並みの厚さからも筆者の熱意(おそらく恰幅かっぷくが良い)は伝わって来るし、興味があるかないかと問われれば気になると答えるが、好みとするものからは外れていた。声の主はやれやれ……と呟いて、を取る。


 ゴトッ。


 パン! パン! ペラッ。



『──の、最後の明かりが消えたころ、離れの納屋から三つの影が現れた。


 月光にあてられて、姿形がはっきりとした影は、こそこそと泥棒のように身を縮めながら歩いていた。耳の形、背の低さ、頭の大きさから、それは人間のものではなかった。


 彼らはゴブリンだ。ここらの地域で、看板の向きを変えて道行く旅人を困らせたり、眠っている赤ん坊を起こしたり、家屋の壁に落書きをしたりする程度の悪さをする、イタズラ好きなゴブリンが三匹。三匹は図体の大きい順に赤色、深緑色、灰色をしていた』



「そうそう。こんな感じのだ。魔法とは無縁そうだけど……まあいいか。面白そうだし」


 声の主である少年は、読んでいたもの――を山に積み、また新たな本を棚から引っぱり出そうとして、腕と背をギリギリまで頑張って伸ばした。


 ……ッハァ、ダメだ。背が届かないや。


 成長途中の体に文句を垂れても仕方ないので、ちょっと怖いが脚立の上に膝をついて、バランスを取りつつ再チャレンジ。ゴトッ、という音と共に取り出されるは、先の三作と同じくハードカバーの本。『あかつきの眠り姫と白騎士』――へえ、なんか厨二心をくすぐられるかっこいいタイトルだな!


 少年はてんと呼ばれる、紙の束が集まった箇所と角にホコリが溜まっているのを見つけると、軽く叩いてはらった。パン! パン!


「なーにやっとるんだあ? 小僧こぞう


 不意に背後からしゃがれた声が聞こえた。ドキン! と心臓が飛び上がり、振り向いた先にいたのは、シワの深く刻まれた厳つい顔。


「うぎゃあああああ! ゴブリンーーーーーッ!!」


 少年は手にしていた本を滑らせて落っことし、慌てふためいた末、脚立ごとひっくり返った。数秒前まで静けさを保っていた店内は、ガラガラガッチャーン! という金属音と積み上げられていた本の崩壊音で一気に騒々しくなった。


 もわもわと、大量のホコリが宙を舞う。


「妙な音がすると思えば……ふん、なるほど。ずいぶんとホコリ臭いな。ばあさんがハタキをどっかへ置き忘れてから、ロクに手入れしとらんかったからなあ」


 ゴブリン──否、ここの店長である老人は少年の心配をせず、事もなげに言った。パタパタと手をうちわのようにしてホコリをはらう。少年は自分にかぶさる本をあらかたどけると、老人の方を見上げた。


「う……いたた。あ、す、すみません! ゴブリンだなんて――うわあああ! 売り物が! お店のものなのに!」


 売り物、とはここでは古本のことである。少年は指先まで入り切らない、ぶかぶかの軍手をはめた手で本をまた積み始めた。


「傷ついてないかな? 端が折れてないといいけど……」


 少年は一冊一冊よく確認してから積んだ。


「ええ、ええ。そんな慎重にならんでも。どうせその辺の崩れたもんは、小僧が全部買っていくつもりなんだろう」


「ええまあ、そうですけども……」


  少年はゴトンと脚立を立て直す。その時、店の入り口の方から「二人共、お茶にしませんかー?」という優しそうな声が聞こえてきた。


 すると老人は返事もなく、どことなく浮ついた様子でダッ! と走っていった。そんなに高さはないとはいえ、本の山を軽々飛び越えていくとは、なんて元気なお爺さんなのだろう。


 少年は本の厳選作業に使用した軍手とマスクをショルダーバッグの中に押し込んでから、ゆっくりと移動した。





 この場所は町内でも一等古い古書店だ。道路沿いに佇んでいる割には、人の入りは多い方ではなかったものの、若人には取っ付きにくい難しい本ばかりでなく、子供向けの絵本や少年の好きな物語の本のスペースも広く取っているので、少年のお気に入りの場所であった。


 しかし、ついに歴史が閉ざされる時がやってきたのだ。流行になりつつある紙媒体かみばいたいの本離れ――ではなく、孫娘に店舗を明け渡し、喫茶店として生まれ変わるのだ。


「ああ、もうこの辺りは綺麗になってるんですね」


 少年は言いながら、店舗の空になったショーウインドウ前に設けられたテーブルにつく。ホコリ臭い場所で淡々と本の厳選を行っていた少年を思っての事だろう。少年はありがたくその厚意に応じる事にした。


「いよいよ閉店しちゃうんだって実感が湧いてきました。何だか寂しい気分です。あんなにたくさん本があったのに……」


「この辺のは全部一人の買い手が一気にな」古書店の店長である老人も着席する。 「セール中とは言え、相当なもんだった。お前さんも余裕があれば大人買い出来たろうにな?」


「うぐっ!」


「お爺ちゃんったら、意地悪言わないの。冗談だから気にしないでね? ええっと、名前は確か……優兎ゆうと君で合ってる?」


 次のこの店のオーナーとなる女性がお盆を持ってやって来る。名前を確認された少年、優兎はコクリとうなずいた。


「あなたみたいな、この古書店を好きでいてくれる常連さんもいるもんだから、いくらか残したら? って提案したんだけどねー。だけど『私のお店になるんだから、そんな気遣いする必要はない』って言うの」


「あ、えっと、僕は反対してるつもりじゃ――」


「分かってます、分かってます」


 女性は運び込んだものをテーブルの上へ置いた。


「はい、お花見シーズンだからみたらし団子をどうぞ。お爺ちゃんは半分ずつに切ったこっちね」


「おいおい、みたらし団子といえばまん丸だろうが」老人はギョッとした顔で皿を持ち上げ、女性を見上げた。「クシにも刺さっとらんし、何だこれは」


「自分の歳を数えてごらんなさい。もう六十になるんじゃなかった?」


「ふん。まだ俺の頭も足腰も衰えとらんわ。それにではなく、と呼べと言っておるに!」


「了解、げんじいさん」


 春の桜舞う季節に茶をすすり、桜もちやみたらし団子だのを食す。この日本の風習は、古きも新しきも変らず、この先も受け継がれていくのだろう。


 しかし、今日はいささかお花見日和としては向かないらしい。室内から桜の花が舞う青空を眺めていると、いきなりエクササイズ教室のチラシ、次いでデリバリーピザの広告が窓に張り付き、優兎はビクッとした。


「そういやあ、今日はもう金曜だったな」


 源次郎は爪楊枝つまようじで細かくなったみたらし団子を突いた。


「ずっと思っていた事なんだが……もぐもぐ。小僧、お前学校はいいのか?」


「え」


「中学生くらいの年端に見えるが、ちょくちょく平日の明るいうちに来ていた事がなかったか?」


「あら、春休みなんじゃないの?」


「もうとっくに始業式は始まってると思いますけど……」


「ならサボりか?」


「あ、いえ!」


 優兎は慌てて否定した。


「僕は元より学校へは通っていないんです」


「ほう、珍しいもんだ」


 源次郎は少し興味を持ったようだ。


「通ってないとすると……あれか? もぐもぐ。退学か? ふん。こんな古びたところに熱心に足を運ぶような子が、不良行為を働くとは思えんがな。どうかしているな」


「お爺ちゃん、この子の事情に他人が首を突っ込むのはどうかと思うけど……」


「あー、えっと、すみません。違うんです」


 退学じゃないんです……と力なく頬を掻いて、コップのジュースから顔を上げると、そこには何やら好奇の色を宿した二つの顔が優兎に向けられていた。事情に首を突っ込むのはよくないと言っていた女性本人も、気になるようだった。


 優兎は微笑し、自分が病──『不知(ふじ)の病(やまい)』を持っていることを明かした。


 外は相変わらず快晴なくせに荒れている。激しめの突風で周囲の窓がガタガタ震え出すと、脱線事故の新聞記事、くしゃくしゃになった薬の袋、千円札などが続々叩き付けられて、風に吹き飛ばされていった。



――1・ある、のどかで荒々しい昼下がり 終――

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