第3話 不純たる憎悪
/6月22日/
TVのニュースの内容、携帯電話が表示する日付、冷蔵庫の食材……時間が影響する家の中の物体すべてが過去に。6月28日から6月22日に変わっていることに気が付いた。
「………………」
……整理しよう。確か昨日家に帰ってから……いや戒とのアレがあった時から携帯電話の電源は切っていた。救急車も呼ばず、自力で病院へ送り届けたのだ。
僕が認識する昨日(6月27日)までは何ともなかったはずだ……となると家で布団にくるまってテレビに釘付けになっていた間に時間がもどったのか?
僕はこの異常な状況に対してとても冷静に思考ができた。昨日までの試練に比べればこんなもの些細なものだろう。と僕が思い込もうとしているのか、現実を直視できていないのか、はたまた僕の臓器が勝手に思考しているのか。確率が1/3だから3面体を振ろう。手元にないな。
……待てよ。時間が戻ったってことは藍のケガも元通りになっているんじゃないか?
こんなところで腐ってる場合じゃない、病院に行ってみよう!
すべてが元通りになっているんだ!!
僕は汗でべたついた服と体をそのままに、家を飛び出した。
******
「あら、また来たんだね」
男の革靴の黒い光りが、少女の影をとらえていた。
「天志教が来てるぞ」
「ごめんなさい。あれはまだできていないんだ」
「……」
「あと何日かすれば描き終わると思うんだけど。それまで待てるかい?」
「…………ああ」
******
病院へは家から走って大体20分だけど、今日は10分を切れそうな速度で病院に滑り込む。
消毒薬の静かな匂いと嫌味な白と、こちらを見つめる無音はいつも通りだった。そういえば昨日もこんな感じだったな。もっとも、昨日は漂白のいやらしさを享受する余裕なんてなかったんだけれど。
「すみません。見舞いに来たのですが─────」
受付の女性に話しかけるころには入り口前まで昂っていた精神が落ち着いていた。神取の名前などお見舞いに必要な情報を伝えていく。この世界がループしていて僕だけが取り残されているなら、神取は集中治療室には……いやそもそも病院にはいないはずだ。受付の女性は栗色の髪を揺らしながら、手元のファイルに目を落としてせかせかと紙をめくっている。
「ええとそうですね……神取藍様は502号室にいらっしゃいます」
少し自信なさげな表情でそう言った。
「502!?……号室ですか、わかりました。」
集中治療室でもなく普通の病室なのか、なおさらわからなくなってきたぞ。まあでも病院にはいてもほかの病気やケガの可能性もあるだろう。まだまだ分からないぞ。そうだまだ無傷の可能性だって……
*
受付の時にあった空元気が、病院の廊下を歩くその一歩ごとに削れていくようだった。病室に近づくにつれネガティブになってくる。彼女は無事なのだろうか……
ノックをすると入室を促す声がした。
「けいいちくん、君が助けてくれたんだよね?」
スライド式のドアを開けると、挨拶もなしに彼女の声がした。
「そうだけど……体はそのだ、大丈夫か?」
四肢のうち二つを失っているのに大丈夫もくそもないのだけれど、言葉がそれしか見つからなかった。聞きたいことは山ほどあるけど、事件のことは聞かない方がいいんじゃないか?まだ記憶に新しいはずで、彼女のトラウマになっているんだろうし。
「うん」
彼女の顔はまだ窓へ向いている。会話のキャッチボールは一往復で途切れてしまった。僕がお見舞いに来たのだから僕から会話をするべきなんだけど、昨日は気が動転していてあまり意識していなかった彼女の今、現在の状態を直視してしまい、うまく声が出せない。それからの沈黙は僕の耳を刺すようでとても長く感じた。
………先に口を開いたのは
「聞いておきたいことがあったんだ」
彼女の異常なほどの冷静な声で昨日の
「昨日は28日だよね?」
「!……そうだよ、28日だ」
「でもそこの時計には22日って書いてあるの。これって壊れてるのかな」
ベッド横の台には電波時計と小さいテレビがあった。
「……それがTVや携帯でも22日になっているんだ。信じられないかもしれないけど、この世界全体の時間が戻っているんだと思う」
「時間が……?」
彼女の怪訝な声が聞こえるけど、身じろぎひとつしない。まだ信じられないんだろう。本気にはしていなさそうだ。
「戒が何かしたんだと思う」
自分でも予想外の言葉が出た。そう、そうだよ、あいつがしたんじゃないか?僕たちを陥れるためにやったことなんだ。きっとそうだ。
「そう。戒くんが……」
そうして、また静寂が訪れる。病院の空調の音が自己主張を始めて、ベッド横の機械の電子音が負けじと対抗し始めた。何拍かおいて先に口を開いたのはまた藍だった。
「
彼女の声が少し揺らいでいるように感じる。梅雨は一週間前に明けたけど、この部屋の湿度が一瞬であがったような。そんな気がした。
「何が目的だったのかな。私の意識を保つようにしながら私の、私の腕を足を切って、眼をくりぬいて」
「
「私は!」
彼女の大声で、窓が震えて反射する蛍光灯が揺れた。
「あの人を絶対に許さない」
そう言いながらこちらへ振り向いた彼女は目が血走り、顔は怒りに染まっていて……先ほど冷静に思えた声がその実、感情を押し殺した声だったのだと気づいた。
「彼に復讐したいの。協力してくれる?」
「……」
昨日から僕は僕自身の感情を量りかねていた。戒に対して僕はどう思っているのか、今もわからない。でも、藍の気持ちは痛いほどよくわかる。
「するよ。あいつに、戒に痛い目見させよう」
僕に身体の喪失はないけど、心では彼女とつながれたように思った。僕の言葉を受けて藍からとても感謝された。別にこれは二人の問題なのに。
「あの人は必ず私と同じ目に合わせてやる」
そう言った彼女の右目は憎しみで彩られていたが、少しだけ違う色が混ざっている気がした。
*
部活棟のシャワー室で体を熱しながら考える。今日は学校を休んでいるとはいえ、家にいるよりはましだと思い病院からそのまま学校へ馳せ参じた次第であります。まだ校内にいた知り合い数人に遠回しに聞いてみたが、みんな今日の日付に疑問を持っていないらしい。
藍と僕だけが時間が記憶を引き継いでいるのなら、おそらくは戒が関わっているんだろう。頭だけになっても生きていたあいつがどういう能力を持っているのかわからないけれど、時間に関するものなのか……現時点では正直手がかりがなさ過ぎて手詰まりだ。
誰かに相談でもしたいけど僕友達いねえからなあ。クラスメイトでいうと野球部の禿眼鏡は誰にでも優しいし、剣道部の黒野は雑談程度は話すけど……相談できるほどではないな。清水はどうでもいいけどいつも得意げだからむかつく。
……………そうだ先輩なら、前に似たような問題を解決してもらったあの人なら、こんな状況もなんとかしてくれるんじゃないだろうか。三人寄らなくてもソロで文殊菩薩に匹敵すると噂(僕だけ)される美術部部長
*
窓から部活動の喧騒が聞こえる。
「よく来たね、未界。あと数日は来ないと思っていたよ」
「久しぶりです
美術準備室自体が発する埃のにおいと、陸枝先輩の服と絵から発生する油のにおいがせめぎあう独特な香り。2月頃とあまり変わらないな。今日は油の方が優勢らしい。
「描き始めてから2週間ってところですか?これ」
僕と、未完成の(おそらくは)人物画を交互に見てからゆっくりと口を開く。
「そうだね、今月の10日くらいからだからそのくらいになる。今回の絵はなかなか良い出来になると思うんだ。出来たら真っ先に見せてあげるよ」
先輩は制服を着ていなかったら小学生と見間違えてしまうような、周りの目を引く体形をしている。ふんわりした金色の髪の毛がへそあたりにあったものだから、この前そんなふうに言ったら半殺しにされた。
「それで、何の用で訪ねてきたんだ?挨拶だけのために顔を出したわけじゃあないだろう」
「ああ、そうですね。実は相談があって来たんです」
先輩へ昨日のことを細かく説明していく。
「ふむふむ。朝になったら1週間前に戻っていたと」
「そうです。信じられないかもしれませんが、
「彼が原因である可能性もあるけど、すべての元凶を
「?どういうことですか」
「私と凛、あと君のクラスの清水。この3人は確実に、君らと同じように記憶を保ったままループしてるってことさ」
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