沈黙の世界と未来の彼

柚木 潤

第1話 時間

「起立、礼、着席。」


 また1日が始まる。

 私にとっては1日、1日が大事なのだ。

 でも、今日の時間割は最悪だ。

 古典、体育、英語、英語、数学、現代文。

 まずは朝から眠くなる古典の授業。

 体育もマラソン大会に向けての練習って事で、ただ走るだけ。

 まあ、私は見学するけどね。

 その後に苦手な英語・・・。

 下を向きながらあくびをして、外を眺めた。

 今の席は窓際の後ろから2番目。

 それだけは救いだ。

 先週席替えをしてこの場所になったが、なかなか快適なのだ。

 高台にあるこの学校の4階からは遠くに海が見える。

 天気の良い日には水平線がキラキラと輝いているのが見えて、まだ少し肌寒い春ではあるが夏の海を思うとワクワクするのだ。


「じゃあ次は・・・栗原さん、栗原桃香さん。

 次の文を読んで下さい。」


 よそ見をしていたのが分かったのか、先生は私の名前を呼んだのだ。

 私はそっと隣の席の子にどの部分を言っているかを聞いて立ち上がると、問題なくその部分を音読して席に座ったのだ。

 これでもう指されない。

 私はホッとして、外をまたのんびりと眺める事にしたのだ。


 しかし、その時である。

 下からがやがやと声が聞こえてきた。

 隣りの3年A組は今の時間が体育のようで、校庭にでてきたのだ。

 どうも校庭を何周も走らされるようで、生徒からの不満の声があがっていたようだ。


 そんな中、他の生徒とは距離をとって一人で佇んでいる男子がいるのだ。

 確か・・・先月転校してきた吉川拓実。

 隣のクラスの友人が騒いでいたので覚えていた。

 イケメンが入ってきたと、転校当初は大騒ぎをしていた。

 しかし、どうも思っていたキャラクターではなかったようで、全く最近は話を聞かない。

 少し性格に、難ありと言っていたが、それ以上は詳しくはわからなかった。


 そんな彼が一人でいるのも、他の生徒とはうまくいっていないからなのか。

 何となく私は気になって、彼の行動を目で追ったのだ。


 すると彼は意外な行動をとったのだ。

 校庭の周りにある草木に近づき、まるで植物採集をするかのように、色々な草木の葉や茎を集め出したのだ。

 授業中にそんな事はしてるなんて、なるほど変人と納得できたのだ。

 あからさまだったので、体育の先生に絶対怒られると思ったが、彼がやっている事を先生を含め、誰も咎めるような事が無かったのだ。


 ふと気づくと私の辺りは静まり返っていて、古典の先生も黙ったまま動かなかった。

 それは校庭でも同じであったのだ。

 さっきまで聞こえていた鳥の囀りや、風になびく木々の音すら無いのだ。

 周りをよく見ると、先生の声だけでなく、誰からも物音ひとつないのだ。

 私が動く事で起きる制服の擦れる音しか無かったのだ。

 外を見ると、やはりあの吉川拓実以外は固まって動かないようだった。

 ただ彼はその事に驚きすら感じる事なく、黙々と植物を採取していたのだ。

 

 私は驚いて周りの友達に話しかけたり肩に触れるが、みんなはその場所から動いたり声を発する事は無かった。

 この自分以外が動かない世界に恐怖を感じ、私は何らかの事情を知る彼のところまで駆け出したのだ。

 教室を出て他のクラスを見ながら走ったが、やはり動いている人は誰もいなかった。

 私は階段を駆け下り、校庭に出たのだ。


 走ってきた私を見て吉川拓実は驚き、手に持っていた草木を落としたまま立ちすくんでいた。


「ねえ、いったいどういう事?

 みんな動かないのよ。

 まるで時間が止まったみたいに。

 君は何か知ってるんでしょう。」


 私は息を切らせながら、彼に駆け寄って言ったのだ。


「え?何で君は動けるの?」

 

そんな言葉が帰ってきたのだ。

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