夢の大樹

森田 実

         『夢の大樹』

 三日月が夜空に浮かぶ。青黒い空には大小様々な無数の星が赤、青、白と煌めいて真っ暗な樹海を照らす。淡い光に包まれた樹海の中に一際大きい大樹が天に向かって広がっている。その大樹は自らの命で葉の一枚一枚を輝かせ、赤々と大輪の花を咲かせていた。

 大樹の周りに光の粒が飛び回る。その飛び回る光の粒は妖精だった。妖精は追いかけっこしたり、悪戯したり楽しく遊んでいる。そんな彼らを優しく微笑んで見ている少女が大樹の枝に座っていた。妖精達は大樹をグルグル回りながら少女の周りに集まってくる。

 少女の背中にはアゲハ蝶の様な七色の羽があり、羽ばたく度に黄金色の金粉が舞い散る。見た目は十六歳の少女の様な可愛らしさと知的で大人びた雰囲気があった。腰までとどく黒い髪は風になびく。少女は髪を押さえて夜空を見上げた。

「ハイネット様!」

 少女の周りをグルグル回って妖精達が報告しに来た。

「お客様が来たよ。お客様が来たよ。ほら、あそこ!」

 いっせいに妖精達が指差す方向は大樹の根本だった。そこには一匹の猫が迷い込んでいた。

「あら、ほんと?可愛いお客様ね!」

 ハイネットは七色の羽を羽ばたかせ月が輝く夜空に金粉を舞い上げる。ゆっくりとハイネットの体は浮き上がり猫の前にフワリと降りる。

「こんばんは♪」

 真っ白なワンピースをふわりとなびく。ハイネットは笑みを浮かべて挨拶をした。

「フー!」

 猫は警戒して飛び上がった。

 猫は辺りを見渡して首を傾げた。さっきまで大好きなご主人様の隣で寝ていたのに、目を開けたら森の中で迷い込んでいたからだ。                           

「ミャ~?」

 猫はその場をグルグル回って帰り道を探した。

「そんなに警戒しないで?大丈夫だから!ね?」

「ミャ~?」

「ここ?ここはね、願いの森。どんな願いも叶える凄~い所よ!」

 ハイネットは両手を大きく広げて猫と目線を合わせる為にしゃがむ。

「ミャ?」

 猫の髭がピクリと動く。

「そう!何でも叶えてあげる!」

 猫は耳と尻尾をピンを立ててハイネットを真っ直ぐに見つめる。

「君には願いがあった。だからこの森に来れたの!」

 ハイネットは猫の鼻にツンと人差し指を当てる。

 猫は鼻先が痒くなってブルブルと顔を振る。

「ミ~」

 猫は煌めく夜空を見上げて大人しくなった。

「さあ、願いを言って!」

 ハイネットは手を差し伸べる。

「望みを言って!願いを声に出して!さあ、言葉に命を宿すの!」

「‥ニャ」

 猫は地面を引っ掻いて考えたが、意を決して口を開いた。

「ニャ!ニャ!ニャーーー!」

 猫は涙を流してハイネットにしがみついた。

「わかったわ!その願い叶えてあげる!」

 ハイネットは夜空に浮かぶ星に手を広げる。

「うん。これがいい!」

 ハイネットは一際強く輝く星をつまむとその星はハイネットの手の平の上でフワフワと浮かんだ。その星を猫に見せる。

「星は願いを叶えるもの。この空に広がる星の数だけ願いは叶うのよ!」

 ハイネットの手の中で浮かぶその赤々と輝く星に猫は目が離せなかった。

「さあ、受け取って!」

 星は猫の周りを回って流れ星の様に猫の体に入った。

「ミャ~?」

「これで大丈夫。もういいわよ。さあ、目を開けて!」

 強烈な睡魔が猫を襲うのだが、同時に目が覚める感覚でもあった。

 猫はパチパチと瞬きをすると元の飼い主の家に戻っていた。猫は飼い主を覗き込む。二十そこそこの病弱な男性がベットで横になっていた。

「ゴホ、ゴホ‥」

 男性は咳をしながら猫を撫でる。

「ミャ~!」

 猫は男性の顔を舐めて体をこすり付ける。

「ミミ、暖かい‥」

 男性は携帯電話を取り出し電話をかけるが繋がらない。虚しくコール音だけが鳴る。

「ミミ、何時も傍にいてくれてありがとう‥ゴホッ、ゴホッ!‥‥ああ」

 男性は血を吐いた。

「ミ~ミ~!」

「もう‥。ごめん。一緒にいられなくて‥」

「ミャー!」

 ミミは男性の顔を一生懸命に舐める。

「せめて、別れた彼女に会いたかった‥」

「ミャ~、ミャ~!」

「ハハッ‥お前が彼女だったら良かったのに‥そしたらどんなに幸せだったことか‥」

 男性はミミの頭を撫でる。

 ミミは目に涙を浮かべて決意した。

「‥どうした、ミミ?」

 ミミは急いで部屋を出て行く。

「ミミ?お前まで‥孤独だよ。両親も死んでお前だけなのに‥うう゛」

 男性の頬を伝って涙が枕を濡らす。

 部屋の外から玄関の開く音がした。

「‥誰?」

 廊下を走る音が響いた。泥棒かと思ったがその足音には覚えがあった。


  ーーあの子の音だ!でも何で?


「隆文!大丈夫?」

 女性が汗を流して部屋に入ってくる。

「加奈?どうして?」

「‥着信があったから心配になって!」

「嬉しい。ありがとう来てくれて!」

 男性は起き上がろうとする。

「駄目‼そのままで!無理しないで!お願い‥」

「ゴメン‥」

「何か食べたい物ある?」

「んん。大丈夫。ああ‥もう、思い残す事は無い」

「駄目よ‼まだ生きるの!隆文!」

「そうだね‥せっかく来てくれたんだから‥」

「そうよ、隆文。‥待たせてゴメンね!」

「全然‥」

 隆文は首を振る元気も無く、只、微笑むしかなかった。

 加奈は隆文の手を取る。その手はあまりに細くなっていて驚いた。加奈の手が震える。何故なら隆文の手から伝わってきた。命の灯が消えようとしているのが‥。

「頑張って。お願い!また、いろいろ遊ぼ!ねっ?だから!」

 加奈は涙を流して隆文に抱き着く。

「加‥奈‥」

 隆文の呼吸が次第に浅くなっていく。

「隆文!好き!大好きよ!愛してるの!お願い!生きて!」

 加奈は涙で濡れた唇でそっと隆文にキスをする。

「僕も‥」

 隆文は悔いのない笑みを加奈に向けて瞼をゆっくり閉じる。

「隆文‥?」

 加奈は隆文を揺すったが、もう二度と目は開かなかった。

 隆文は安らかな死顔だった。

 それでも加奈は絶叫した。いくら涙を流してもその涙は枯れる事は無かった。

「ミャ~~~~、隆文!起きて!起きてよ!また一緒に遊んでよ!好きなの!愛してるの!隆文ー---!」

 次第に加奈の体は縮んでミミに戻った。

 ミミは隆文の頬を舐めた。

 手を舐めた。

 口を舐めた。

 目を舐めた。

 でも起きなかった。歯を立てて手を噛んでみた。それでも起きなかった。

 ミミは隆文の横でずっと泣いた。


 隆文は目を開けると輝く大樹の前にいた。

「ここは‥?」

 妖精達が隆文の周りを飛び回る。

「こんばんは。願い叶った?」

 何時の間に目の前にいる女性が問いかけてきた。

「貴方は誰?‥ここは?」

「私はハイネット。貴方は一度ここに来てるのよ?思い出して!」

 ハイネットは隆文の額に人差し指を当てる。

「ここに?」

 隆文は走馬灯の様に思い出が溢れる。

「‥ああ、思い出した!確かにここに来たことがある。そう、そうだ!そして僕は願った!」

「どうだった?」

「うん、叶った!確かに叶った!彼女と会えた!凄い!凄い!」

「そう、良かったわね!」

「ありがとうございました!」

「いいのよ。でも、病気だって治せたのに‥?復縁だって‥」

「いいんです。ただ、もう一度だけ彼女と会いたかった。それだけで十分です」

「そう」

 ハイネットは困った顔で微笑する。

 隆文は深々と頭を下げた。

「それじゃ、死者は月に帰りましょう!」

「月に?」

 ハイネットは頭上の月に指を指す。

「そうよ、月には死者の国があるのよ。そこで暫く暮らすのよ」

「そうですか‥」

 隆文の顔が曇って俯いた。

「最後に心残りは‥ある?」

「はあ‥一つだけあります」

「猫の事?」

「え?あ、はい、そうです!アイツが独りぼっちで可哀そうで‥」

「大丈夫よ!」

「本当ですか?ミミは僕にとって心の支えだったんです!だから‥」

「その気持ち、ちゃんと伝わってるわ!」

「そうですか‥だと良いのだけど?」

 隆文の体が光出す。

「これは?」

 隆文の体が上へと浮き上がって行く。

「時間になっちゃったわ。それじゃあ‥じゃあね!」

「はい、ありがとうございました!」

 隆文の魂は光の玉になって月へと帰って行った。

「この世界で願った事は必ず叶うのよ。フフッ‥」

 ハイネットは夜空に飛び立つ。金粉は舞い上がり金の天の川が出来る。ハイネットは星々と踊る。一つ流れ星が落ちる。また一つ。さらに二つ、三つと流れてしし座流星群が現れた。

「さあ、星々よ。踊りましょう!」

 流星群がハイネットの周りをクルクル回る。

「さあ、もう一仕事」

 天の川を挟んだ二つの星が赤い星と白い星となってハイネットの両手に落ちる。二つの星に軽く息を吹きかける。

「さあ、お行きなさい!」

 二つの星は強く輝き未来に落ちた。

 一つはとある女性のお腹に落ちた。

 その後、女性は元気な女の子を産んだ。

 名前をミミと名付けた。

 もう一つも別のとある女性のお腹に落ちた。

 その男の子は隆文と名付けられた。

 赤子のミミと隆文は同じ病院のベットで産声を上げた。

 そして、二人は大人になって結婚した。

 その親子は毎晩星に祈りを捧げたと言う。

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夢の大樹 森田 実 @moritaminoru

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