第91話 水臭いじゃない! 遠慮は不要だから
「そう、私を助けてくれたのは美桜ちゃんのお父さんなんだ……」
凪紗の告白に、美桜が何かを思い出したように「あっ……」と小さく声を上げた。
「もしかして、5年くらい前に、お父さんがアクアリアに急いで行ったのって……」
「うん、多分私のことだと思うよ。お手上げと言われて、下手に手術したら出血の危険で危ないし、でも手を出せなくてもあと何日持つかってところまで行ったみたいだから……。私ももうここまでかぁ……って思ってた」
凪紗が遭ったのは乗り合いボート同士の衝突事故だったという。
そこには弥咲も乗っていたのだけれど、たまたまその瞬間にいた場所が二人の運命を分けた。
売店を見に行って立ち上がっていた弥咲は衝撃で転んだりせいぜい打身や打撲をした程度だった。
一方で座席に座っていた凪紗は、船体と潰れた椅子に挟まれた状態で自力で脱出することはもちろんできず、救助隊に助けられたときには、自分で動くこともできなかった。
病院に運ばれた二人は、手当を受けて済んだ弥咲と、すぐに入院と検査に入った凪紗と大きな差があった。
「私ね、腰のあたりをあちこち骨折してたの。背骨とか骨盤の一部とかね……。だから、下半身不随になってもおかしくなかったんだ……」
話を聞いただけで険しくなっていく美桜の表情を見るだけでも、それだけの大事だったのだと分かる。
「覚えてるよ……。『美桜と同い年の女の子を助けに行く』って、お父さんが慌てて飛び出していったの。しばらくリハビリにも付き合うからって帰ってこなかったのも」
「まさか、ここでその時の患者当人に会うとは思ってなかったでしょ?」
それは誰だって同じ感想だろう。でも、それだけ重症を負った凪紗は目の前に立っているし、歩くことも走ることもできる。
「『必ず元のように歩けるようにする』って、小島先生は言ってくれて、長い手術だったと思う」
美桜の補足説明によれば、腰のあたりには太い血管が何本も通っていて、処置を間違えたり傷つけてしまうと大量出血などで命を落とすことも多いから、腰回りの手術は細心の注意が必要なのだと。
それに、術後に元のように歩けるようにすると言い切ったということは、恐らくコロニーから病院の道中で凪紗の患部の状況が伝えられており、治せると確信して言葉をかけたに違いないのだから。
「だから、こうやって歩けているのも奇跡だって言われて退院したんだ……。でも、まだ完全じゃない。お天気とか気温差で痛みが出たりね。お薬だったり、コルセットとかで固定したりもするの……。だからね……」
コルセットやサポーターを付けているなら、もちろん制服のデザインとして、凪紗が安心して着られるものにしたいと思うのは全員の思いだ。
「じゃぁ、凪紗ちゃんがサポーター着けているなんて分からないような可愛いデザインにしなくちゃね」
「私、父に連絡してその時のカルテとか手術記録を取り寄せておきます。今の主治医の先生にも許可を取って定期診察は私が引き継ぎます。少しでも辛かったら教えてくださいね」
今でも月に一度は整形外科に通って経過観察に出かけているという。これをいつも一緒の美桜が引き継ぐのであれば凪紗の負担も減るし、なにより小島美桜という腕の良さで名の知れた医師、しかも執刀医の娘だ。拒否をされることはないだろう。
「そっか、だから座っていても大丈夫な管制官を目指すようになったのね」
仕事としての能力は誰もが認めるところなのだから、体の治療を続けながら学校の勉強以外の資格取得への努力は大変なものだっただろう。
「弥咲にそのことを言ってしまったら、絶対に引け目を感じると思うから、それを言わないようにしなくっちゃって……」
「もう、水臭いなぁ! うちらの仲でしょ? そんな大事なこと何黙ってたの。遠慮なく言えばいいんだって」
隣で申し訳無さそうにうつむく凪紗の背中をドンと叩く弥咲。
「弥咲ちゃんの言うとおりだよ。凪紗ちゃんが不安だったらみんなで安心できるように。いつもわたしがしてもらってるように」
渚珠が肩に手を置いて凪紗が顔を上げると、既に手元の端末で父親や病院に連絡を取っている美桜と、服のデザインを見直す他のメンバーの二手に分かれて、話が進められることになった。
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