第88話 独立宣言と最後の帰宅




「はいはい。そこまでね。奏空ちゃんも落ち着いて」


「な、凪紗ちゃん……。やだ、みんなに聞かれてたの……?」


 頃合いと見て、凪紗が先に応接間に姿を表した。続いて弥咲と一人の男性が続く。


「安心して、私のお父さん。移民局で住民戸籍担当してるの」


 突然現れた三人。問題はその中身で、移民局の戸籍担当となれば、先程のようなやり取りでの解決法やアドバイスを出したり、調停裁判を提起することも可能だ。


「長谷川みどりさん、長谷川奏空さん。先ほどのお話は全て聞かせていただきました。ご両人の話からは家庭環境が崩壊していたということは明白です。ご自身の子に対して『要らない子』とは最大の侮辱発言だと移民局として判断し、両者は離れたほうが良いのが明白です。そして奏空さんがおっしゃったとおり、既に成人としての年齢になり、ご自身の職を持ち、独立しています。奏空さんが成人として望むのであれば、奏空さんが筆頭の新しい籍を作ることが可能となりますが、いかがでしょうか」


「証人はどうするのよ……」


 奏空の母親はもはやノックアウト寸前だ。


「証人は移民局の職員が一名以上と一般の方でも二人以上いれば成立します。昨日のうちにハウスキーパーの皆さんからも証言を取らせてもらいましたし、先ほどのやり取りも全て収録してあります。何か問題があればこれらを証拠として提出します」


 奏空は即答はせず、少し時間を置いてから、決意を固めたように口を開いた。


「では、私を独立させてください。これで実家に帰ることもありません」


「かしこまりました。いつから効力を発行させますか?」


「今日は木曜日です。来週の月曜日からでお願いできますか? 一度自宅に戻って残りの荷物を整理したいので……」


「かしこまりました。名字は変更されますか?」


「このままで結構です。将来結婚すれば変わってしまいますから」


「分かりました。こちらに申請フォームを用意しましたので、生体認証を頂けますか?」


 その画面を確認し、当初乗り込んできた二人が一番欲しかった、奏空の指紋で申請は完成した。


「それでは、長谷川みどりさん。奏空さんはこれで完全な他人となります。先程のような内容を表に出した場合、今後は親子ではなく他人として焦点を争うことになります。くれぐれも行動には御用心を。また、ご主人とも離縁の希望があれば、お時間を作って手続きを進めることも可能ですが、いかがいたしましょう」


「あの人のことは放っておいていいわ。子供が独立したなら、後で離婚しようが自由でしょうから。奏空、荷物片付けるならさっさと終わらせて頂戴。月曜以降に戻ることにするわ。あの家ももう必要なさそうだし」


 そこで、出版社の船で来た二人、弥咲と父親、奏空の荷物を片付けるために渚珠が同行して、それぞれ船で出発した。


「渚珠ちゃん……。こんな大仕掛けをいつの間にしてたの……」


「うん……、お節介だとは思ったんだけど、火曜日の夜にね……。みんな早かったぁ……。奏空ちゃんを泣かすなんて許さないって」


 弥咲の父がハウスキーパーの証言を取り終わり、準備ができたと連絡してきたのは水曜日の午後。そして、凪紗と弥咲一行は気づかれないように早朝にALICEポートに到着していて、奏空の独立宣言が出るのを待ち構えていたということだった。


「計画を話しちゃうと、効力がなくなっちゃうと言われたから、事前には話すことができなかったの。辛い思いさせてごめんね……」


「ううん。これでサッパリした。渚珠ちゃんのときと同じで、これが私の最後の里帰りだね。誰もいないけど……」


 奏空の部屋も渚珠の時と同じように、ほとんど私物は残されていなかった。


 衣類や小物を詰めた箱をいくつか準備して、それを二人が乗ってきた船に積み込む。


「あの様子だと、この家も手放しちゃうんだろうね……」


 最後の記念だと、表札のところで渚珠に写真を撮ってもらう。


「渚珠ちゃん、いいよ。出発しよう。待たせてごめん」


「わたし、アルテミスを出てくるとき、最後だって近所を散歩したの。奏空ちゃんもどう?」


 そのアイディアに乗り、近所の公園や学校などの思い出を確かめて船に戻った。


「私、これまで何していたんだろうね……。思い出してもよく分からないよ……」


「みんなと出会って、新しい自分になるための準備時間だったんだよ。奏空ちゃんに会って、わたしも変われた。お礼を言うのはわたし」


「そっか。あそこのメンバーの選び方が理解できた気がする」


 200年も昔に、こんな事態を予想はしていなかっただろう。でも、同じ共通点を持ち、個々の生き様を受け入れられるメンバーが再び揃い、助け合いながら生活する場所を残した第1期のメンバーには感謝しかない。


「みんな、待ってるよきっと」


「うん、そうだね」


 いつもの島影が見えてきた頃には、奏空の表情はすっかり落ち着いていた。

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