第77話 今夜中には全部揃うよ




「上着は1種類だけど、下は普段着用を自由に選んでいいよ。一応正規のがあるからそれだけはスカート丈測らせてね」


 メジャーを持って、丈の長さを測ってパッドに打ち込んでいく。


「これ……、本当に私が着ていいんですか?」


 美桜がサンプルを見ながら恐る恐る聞く。


「わたしも最初そうだったなぁ。でも、正式メンバー登録がされたから、ちゃんと体型合わせと名前の刺繍が入って出来上がってくるよ」


 美桜も知っていた。土産店や通販でレプリカを見たことはある。でも、今度自分が手にするのは、わずか五人しか着ることを許されない『本物』なのだから。


「こんなことしてるけどねぇ、本当はね、この制服も新しいものに変えようって話も進んでるんだよ。美桜ちゃんだって、診察室のときは白衣になるでしょ? そういうのも考えて今度は白系にしようかなってわたしのなかでは勝手に思っていたり」


 移民局の一室で、美桜の体型を測ったときのデータの入力をしながら、渚珠は苦笑して説明する。


 今回のポート全体の変更やその他いくつかの要因で制服にも見直しが入ることになりそうだった。


「えー、もったいないですよ」


 渚珠や美桜も最初一目ぼれしていたスタンドカラーとパフスリーブのブラウス、セーラー襟と前開きのベストにフレアスカートの組み合わせは、もともと凪紗たちが第2期のALICEポートを立ち上げたときに、移民局の制服倉庫で誰も使わなくなって眠っていたデザインの中から急いで選んだものだったから。


「凪紗ちゃんも、ようやく五人揃ったんだから変えるかって美桜ちゃんが答えを出す前から言ってたんだから」


「もう……、皆さん気が早いんですから」


「それだけ嬉しかったんだよ。まさか最後の一人がL1コロニーにいるなんてわたしも想像していなかったし。名前はわたしも聞いてた。凄い同い年がいるんだなって。でもまさかこんな展開になるなんて思ってもいなかったし?」


「それ言ったら、私だってあの事故がなかったらこのメンバーの一員になるなんて想像も付きませんでした。今でも反響がすごいんですよ? 制服で帰ってきてくれって。さすがに間に合わないと思いますし……」


「昨日、奏空ちゃんのを着たときにほとんどぴったりだったから、上はネームを入れて終わりでいけると思うし、スカートの丈詰め一着くらいなら間に合うと思う。ご両親にも見せてくればいいよ。凪紗ちゃんも、IDカードのデザインを写真入れるだけにしてあったから、多分最初の一着なら先行して今夜中には全部揃うと思う」


「そんなに早く? あれだけ答えを引き伸ばしちゃって、なんだか申し訳なかったです……」


 この制服の採寸だってこんなに早く出来るということは、事前準備が周到に行われていたということなのだろう。


「正直ね、規定だけを作ってどれを着てもいいようにしちゃおうと思ってるんだけどね。制服だからそれも無理かなぁ」


 接客がメインの奏空と機器整備の弥咲では最適な服が違うのも致し方ない。渚珠はその辺も意見を取り上げて考えていた。


「それって制服じゃないですよねぇ?」


 その状況を想像したのか、美桜もクスクス笑い出す。


「一応ねぇ、複数デザインでもいいことにはなってるから、いくつかパターンかなぁ」


「意見がまとまらなさそうですよぉ」


「ふぁーん。そうなんだよぉねぇ。でもアルテミスの制服は可愛くなかったしなぁ。みんなにはそれぞれ気に入って使って欲しいし」


 二人が想像するまでもなく、各自の趣味で選ばせたら5種類になってしまいそうな話題でもある。


「そんな変更も、美桜ちゃんが戻ってきてくれてから少しずつやろうと思うよ」


「大変ですねぇ」


 話しを進めていた医療棟の計画も、美桜が正式メンバー入りしたことで本格的に動き出すことになる。


「いっぺんに全部は出来ないから、少しずつやっていこうよ。美桜ちゃんの診療所はかなりの部分お任せすることになると思うし」


 美桜の一時帰宅を翌日に控え、全員が忙しくなると分かっていてもお祝いムードなのと……。そう、彼女たちは何度も無謀なことを実現させてきたのだから、このくらいはなんてこともないのだと美桜は島に帰る途中で気がついていた。


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