第53話 一人だけの卒業証書授与と全員の集合写真
「渚珠!! 起きて。行くよ?!」
気が付けば、桃香が起こしに来てくれていた。
「うん、ちょっと待って。すぐ着替えるよ」
出来上がっている制服を取り出して袖を通す。これが本当に最後だ。
仕事の制服も折り畳んで持っていく。見れば桃香も同じように荷物を持っていた。
「桃ちゃん、なにかあるの?」
「まぁ、なんとなく想像は付くでしょ?」
「まぁね……」
自分のために卒業式を行ってくれるのだろう。でも、それなら桃香には荷物は必要ないはずなのに。
久しぶりに戻ってきた学校の教室。
入るときにはやはり緊張した。約9ヶ月の間に変わったのかは知らされていない。
「大丈夫。渚珠の席はあの当時から変わってないよ」
やはり分かってくれる。親友が手を添えてくれた。
「あ、松木だ!」
「来た! すげぇ!」
「大丈夫なの?」
「渚珠ちゃん!」
すぐにクラスメイトに囲まれる。彼らにとっても、アクアリアでの変化を目の当たりにし、今回の事故では奇跡の生還の立役者として報道に写し出された人物が目の前にいる。
9ヶ月前とは手のひらを返したように扱いが全く違う。でもそれを今さら言うつもりはなかった。
「お騒がせしましたぁ……」
どうやら、今回の騒ぎは他のクラスにも漏れているらしい。教室の外にも何人かの顔が見えた。
「おーい。始めるぞ。校長も来てるから静かにしろ」
担任の先生とも久しぶりの再会だ。自分のインターン先を見たときに、間違いじゃないかと言われたのも今では思い出だ。
結局のところ昨日の本番でも、事故の影響で式が簡単になったことで、各自の証書伝達は教室で行われたとのこと。
「松木渚珠」
「はい」
校長先生が渡してくれた。
「よく、頑張りました。本校にもお礼とお褒めがありましたよ」
「あ……あぃ……」
顔を赤くしてうなずくと、暖かい笑いに包まれた。
「よし、全員集まったぞ。これで撮れるな」
クラスの卒業写真はまだ撮影していなかった。全員が今日再び集まることを信じて翌日に延ばしたのだと。
「松木、真ん中に来いよ」
「え? いいよぉ」
「それが残るんだから、行ってきなって」
全員が整列した場面を撮り終わるとあとはオフショットだ。クラスの真ん中に渚珠が据えられた。
「はい、お疲れさまでした」
「渚珠、どうしたの?」
開放されてみると、渚珠の目は赤く染まっていた。
「ううん。嬉しくて……。みんなが迎えてくれたから……」
「バカだなぁ」
「ううん。みんなに迷惑かけてたから……。こんなふうにしてもらえるなんて思ってなかったよ」
半年前、修学旅行で目の前に現れたクラスメイトたちに、彼女は卒業式の時だけでいいから教室に入れてほしいと言っていた。
「今の松木にそんなこと言わせたなんて知られたら……、きっとめちゃ叩かれるぞ。絶対オフレコな?」
あの瞬間から彼女は一中学生という存在ではなくなっていたのだから。
「松木って誰か気になる人がいるんか?」
「えーー? いまそれ聞く?」
女子からブーイングが起きる。
「ううん。わたしは……そんな資格なかったもん。遅いけど、それもこれからだよぉ」
アルテミスではこの卒業を終えてしまえば制度上は大人になる。条件さえ整えば結婚して子供を産むことさえできる年だ。
女子の中ではこの時に相手がいるかいないかで運命が変わるとも言われていたりもする。
「こんなわたしのこと好きになってくれる人なんて、なかなかいないよぉ」
歓声が上がったとき、教頭先生が呼びに来た。
「はい。次に出番がある人は着替えてください。松木さんも」
「はい?」
渚珠には保健の先生がついてくれた。
「松木さんはこっちでどうぞ? お仕事の服に着替えてね」
「は、はぃ」
今回持ってきたのは、膝下までスカートが調整されている正装の方だ。
中学の制服スニーカーから新品のように綺麗にオーバーホールしてもらった、あのストラップの革靴に履き替えた。
「やっぱり、もうこっちの方が落ち着く?」
「うーん。このスカートの時は正装なので、ちょっと緊張しちゃうんですよ。いつもはミニに近いですから」
そう笑って休憩ベッド脇のカーテンを閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます