episode3 同級生の横顔
第23話 しばらく顔を見せられなくなるけど…
「渚珠!」
「あ、桃ちゃん……」
松木渚珠は隣の家の古くからの友人である
「聞いたわよ。アクアリアに行くんだって? なんでもっと早く言ってくれなかったのよ!?」
「うん……ごめんね」
そんな渚珠はアルテミスでも居住区域の中心街とは反対側に位置する、倉庫や資材設備のある方へ進んでいるところだった。
「勝手について来ちゃったけど、こっちでいいの?」
桃香が渚珠の転居を聞いたのは昨日の夜だという。そして、渚珠がアルテミスを発つのは来週という急な話だという理由も手伝って、彼女は一刻も早く渚珠を捕まえて真相を確かめたかったらしい。
「うん。忙しくなる前に、お父さんとお母さんに報告しなくちゃと思って……」
「そっか……」
二人は居住区の一番端にたどり着いた。
この壁の先は普通に生活できるための1気圧に与圧がされていない区域になる。どちらかと言えば人気もまばらな、倉庫や裏方の施設が立ち並ぶ無機質な場所。特殊な業務に就いている者以外、一般人は好き好んで立ち入らないエリアだ。
渚珠はそんな一画に並んでいる小さな施設に入っていった。
「こんにちは。お願いします」
渚珠が持ってきていた自分のIDカードを受付で渡す。
「かしこまりました。お二人でよろしいですか?」
「桃ちゃんも来る?」
「うん。いい?」
渚珠は二人分の申請を電子ボードに書き込んだ。
「ご案内は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です。いつもの場所なので……」
係員も渚珠のことは顔見知りだから、必要以上のことは言わない。二人を奥の部屋に促す。
ロッカールームに並んでいるのは、屋外活動用の宇宙服だ。
このアルテミスで、一般人がコロニーの外に出て作業をするといったことは基本的に無い。
また、空気が漏れるといった非常時に備えて、与圧服というものがあるが、それは一時的に真空の環境から避難場所へ移動する程度のもので、長時間の屋外活動には使用できない。
真空だけではなく、人体に有害な放射線などから身を守るためにも、やはり基地の外に出るときは、この白くて重い宇宙服を着用する必要がある。
「相変わらず重いよね」
「仕方ないよぉ。それでもこの先に行けば1G加重区域に比べれば軽いはずだよ」
本来このアルテミスの重力は、普段二人が生活している居住区の6分の1でしかない。
これは人類がアクアリア、つまり当時の地球で生活していた頃からの名残であり、各地の移住なども考慮された結果、1Gの重力を共通環境として人工的に制御されている。これは宇宙空間を旅する連絡船や、各コロニーの居住区も全て同じだ。
しかし、居住に必要がない部分はそのままなため、二人が今足を踏み出した場所はもう重力が変わっている。
『エアロックにお進みください』
二人のヘルメットの中の無線機から音声が流れた。
小ぶりな部屋に入り、扉を閉める。しばらくそのまま待つと、壁にあるランプが赤に変わった。
『減圧が終わりました。どうぞお気をつけて』
反対側の扉を開けると、そこは『外』だった。真っ黒な空には一面の星が瞬くことなく見える。
窓に調節されていない太陽の光が照り付けて、中間色のない白と黒のコントラストだけの世界が広がっている。
「相変わらず殺風景ねぇ」
二人はしばらく歩いていく。区画が整理され標識が地面に並んで置かれている場所に着いた。
その中でも比較的手前の区域に渚珠は進んでいく。
一つの区画の前で彼女は立ち止まった。その墓標には二人の名前が刻まれていた。
そこに何度も通っていることは風に吹かれて消えることもない足跡が地面に残っていることから分かる。
「お父さん、お母さん……。ただいま」
渚珠の実の両親は、彼女が幼い頃に宇宙船の事故で亡くなっていた。
今でもそれは語り継がれている大きな事故。しかし、二人の尊い犠牲のお陰で、それ以上の被害がなかったという。
「今度ね、アクアリアに行けることになったんだよ。そこで
「渚珠……」
渚珠にとっては、両親を亡くした仕事でもある。本当にその仕事を目指すべきか悩んだこともあった。
「おじさんたちに、いつまでも迷惑かけるわけにいかないもん。だから頑張ってくる」
二人は頭上に浮かぶ青い星を見上げた。来週、渚珠は故郷のこの地を離れ、あの星へ渡る。
そこを飛び出してきた人類の一人としては里帰りになるのかもしれないが、松木渚珠という一人の少女にとっては初めての世界だ。
「なかなか来られなくなっちゃうけど、見守っていてね」
名残惜しそうにしていたけれど、それ以上留まってもあまり意味がない。立ち上がって歩いて来た道を戻り始めた。
「渚珠、本当だったのね」
「うん。でもね、アルテミスの生活じゃ、わたしはみんなの足手まといだよ。就職もうまくいかない。いい機会があるならその方がいいと思うんだ……」
「渚珠……」
アクアリアで
またその赴任先のインパクトがどれほどのものか、まだ桃香は知る由もなかった。
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