第29話 話し合い ~ 想いの力 ~ 4/5

(やっぱりちゃんと、二人で話すべきだよな)


 ナズナの衝撃の告白を聞いてからずっと、マーシュはナズナの事が心の片隅に引っかかり続けていた。


 ナズナは元気になった。


 そうテラは言っていた。

 そしてきっと、その言葉は嘘ではないのだろう。

 いつでもズケズケと物を言うテラが、マーシュに嘘をつく理由は見当たらない。

 それに。

 テラは、腐っても天国の住人。

 その本質は、優しくて、温かくて、どこまでも純粋だ。

 テラの本質に触れる事で、ナズナの心の傷は、完全にとはいかないまでも、元気を取り戻すくらいには回復することができたのだろう。

 おそらく、自分ひとりではどうすることもできなかった。

 テラがいてくれたからこそ、あの場を収めることができた。

 ナズナをテラに任せたことが、あの時取り得た最善の選択だった。

 そう分かってはいながらも。

 己の不甲斐なさの尻拭いを全てテラに押し付けてしまったかのような罪悪感が、マーシュの心を苛んでいた。



「ナズナ」


 休日。

 ナズナの居場所を確認したマーシュは、その足でナズナの元へと向かった。

 そこは、地獄のH。

 ナズナは地獄のHの淵に腰を掛け、ぼんやりとした顔で物思いに耽っているようだった。


「休みの日まで地獄職場にいるのか」

「別にいいでしょ、どこにいたって。マーシュこそ何しに来たのよ、こんなとこまで。何か用?」


 そう言って怪訝そうな顔を向けるナズナは、マーシュがよく知るいつものナズナ。

 自分でも気づかない内に緊張していたことに気付いたマーシュは、ホッとしながらも苦笑を浮かべる。


「なに?どうしたの、ほんとに」

「いや」


 怪訝そうな顔に心配の表情が混じるナズナの前で小さく首を振り、マーシュは言った。


「昼飯、まだだろ?カフェでも行かないか?」


 とたん。


「今更デートに誘うわけ?それともなに?あの子が居なくなって寂しくなった?」


 ナズナが緋色の瞳を細め、片眉を吊り上げてジトッとマーシュを睨みつける。


「でっ、デートじゃねぇよっ!ただの飯だっ!それにエマは関係ないっ!」

「そっ。じゃ、マーシュの奢りね」


 暗褐色のロングストレートの髪をフワリとなびかせ、ナズナは勢いよく立ち上がる。

 口元には、満足そうな笑みを浮かべて。


「何食べよっかな~。せっかくだから、一番高いやつ、食べちゃおっかな」

「・・・・なんでも好きなもの食え」

「やだー、どうしたのマーシュ?いきなり優しいじゃない」

「バカ言え。俺はいつでも優しいだろ?」

「相手に勘違いさせるような優しさは、優しさとは言わないんだよ?」

「・・・・はい」

「素直でよろしい」


 弾むようなナズナの足取りに合わせて、軽やかに揺れる暗褐色の髪。

 ショート丈の虎柄のスカートに隠されていない露わになっている脚は、幼い頃から見慣れていたムチムチの可愛らしい脚ではなく、いつの間にか色気を帯びてスラリと伸びた脚へと変わっていた。

 胸元からヘソ上までを覆っているホルターネックのノースリーブは、幼い頃には自分のそれと変わらない位の胸の平坦さが、いつの間にやらはち切れんばかりに大きくなっている。

 後ろ姿だけを見たって、キュッとくびれたウエストにスラリと伸びる腕と脚、サラサラとした長い髪。所謂『イイ女』以外の何ものでもない。


(こいつ、いつの間に・・・・)


 心を動かされた訳ではないものの、ナズナの変化にまるで気づいていなかった自分の鈍さに改めて反省しながら、マーシュはナズナの後を追うようにして冥界カフェへと向かった。



「へ~・・・・現世ではこんな食べ物があるんだ。美味しそうっ!」


 目を輝かせてメニューを眺めるナズナの席の色は、サファイアブルー。

 テーブルを挟んで向かいに座るマーシュの席の色は、白。

 ここ冥界カフェは、カフェの色自体は黒をベースにしているのだが、訪れた客の座る席は、その客の好む色へと変わる。

 エマと訪れた時の事を思い出していたマーシュに、ナズナが声を掛ける。


「エマとも、ここ来たことあるんでしょ?」

「えっ?あ、ああ」

「もしかして今、思い出してた?」

「・・・・まぁ、な」


 ナズナから目を逸らし、薄っすらと顔を赤くしてマーシュはボソボソと呟く。


「エマの席も、白だったんだ。本当は赤が好きなのに、俺が白が好きだからって、あいつ・・・・」

「へぇ。マーシュは自分色に染まる子が好みだったんだ?」

「はっ?別にそんなんじゃ」

「はいはい、ごちそうさま。あっ、すいませーん!これとこれ、ください」


 通りがかった店員に声をかけ、ナズナは手早く注文を済ませた。


「え?俺まだ決めてないんだけど」

「さっき、なんでも好きなもの食べていいって言ったでしょ。あたし、これとこれで迷って決められなかったから、マーシュとシェアして食べようと思って」

「・・・・なるほど。俺の意見は無いって訳ね」

「うん。なにか問題でも?」

「いえ、まったく」

「楽しみだねー、お腹空いちゃった。あー、これも美味しそうだったなぁ、こっちにすればよかったかな」


 ニコニコと、尚もメニューと睨めっこを続けるナズナに、マーシュは思った。

 ナズナは本当に、元気になっている。

 きっともう、俺のことなどすっぱり諦めているだろう。

 テラの奴、天才か?!

 と。



「さっき、何ボーッとしてたんだ?」

「えっ?」

「俺が声掛けた時、だよ」

「・・・・あぁ」


 食後のチャイをおいしそうに味わっているナズナに問うと、キョトンとした顔を浮かべたナズナが、すぐに苦笑を浮かべる。


「考えてたのよ、テラが言ってたこと」

「テラ?・・・・もしかして、俺の悪口か?」

「悪口?あ~・・・・言ってたわね、そう言えば」


 思い出したのか、マーシュをチラリと見やり、ナズナはクスクスと笑いを漏らす。


「なんだよ、なんて言ってたんだよ?」

「知りたい?」

「ああ」

「仕方ないなぁ。あのね」


 チョイチョイと手招きをするナズナに、マーシュは腰を浮かせてテーブル越しにナズナの方へと身を乗り出す。

 だが、耳元でナズナが囁いた言葉は。


「教えなーい」


 一瞬言葉の意味が理解できず、マーシュはそのままの姿勢で固まった。

 だが、再びクスクスと笑いを漏らすナズナに、呆れ顔を浮かべながら浮かせた腰を戻し、マーシュは不満の表情を浮かべる。


「なんだそれ」

「ふふふっ。マーシュが傷付いちゃったら可哀想だから」

「だったら最初から言うな」

「それもそうね。じゃ、聞かなかったことにして」

「できるかっ」

「なによ、けち」


(・・・・ん?このくだり、確か最近も・・・・?)


 記憶を辿りかけたマーシュに、ナズナが笑いを消した真剣な表情で話し始めた。

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