第28話 話し合い ~ 想いの力 ~ 3/5

「ナズナはさ、すごく一途なんだね」


 暗褐色の髪を撫でながら、テラはナズナの感情が落ち着くのを待った。

 ナズナの中ではふたつの感情が嵐のように吹き荒れていた。

 行き処を失った、マーシュへの想い。

 マーシュの心を奪った、エマへの恨み。

 その想いが、テラには痛い程に分かったから。

 泣きじゃくるナズナをそっと抱きしめて、子供をあやすように、ゆっくりとしたリズムでトントンと優しく背中に触れる。


「人を想う気持ちって、さ。人間も冥界の住人も天国の住人も、みんな同じなんだね。優しくて温かくて。でも、それだけじゃない。甘い時もあれば、切ない時もある。やりきれない時だってあるのに。なんでみんな、自分以外の誰かをこんなにも想ってしまうんだろう?あまりに想いが強すぎて、間違った方向に向かって、人を傷つけて、罪を犯してしまうことだってあるのに」

「ごめん、あたし・・・・さっきあの子を、エマを本気で恨んだ。あんな子、いなかったら良かったのにって、思った。テラの大事な妹なのに」


 ようやく落ち着きを取り戻したナズナが、申し訳無さそうな顔を見られまいと、テラの胸に顔を埋める。


「バカだなぁ、ナズナは。そんなの言わなきゃ分からないのに」

「バカってなによ、バカって」

「あははっ、正直、ってことだよ。バカ正直、って言うでしょ?」

「知らない、そんなの」


 テラから体を離し、そっぽを向いたまま、ナズナは手の甲で涙を拭っている。

 クルリと正面に回り込むと、テラはナズナの頬を濡らす涙を、指でそっと拭う。


「僕もね。叶わない想いを抱えているよ。それはもう、どうしたって、逆立ちしたって、絶対に叶わない想いなんだ。肉体から解放されれば叶うかもしれないなんて、思っていたけど、それでもダメだった。だからね、ナズナの気持ちは、少しは分かるつもりだよ」

「肉体から・・・・?それって、まさか」

「あー、ダメダメ。聞かれても答えないからね?」


 ふふっと笑って、テラはナズナの唇に人差し指で蓋をする。


「でもね。そのお陰で僕、天国に行けたんだと思う。何があっても絶対に、彼女を守ろうって決めてたから。彼女を守るのに相応しい人間でありたいって、そのために、過ちを犯さずにしっかり生きなくちゃって思って生きていたから。彼女への想いの行き場がどこにもなくて、苦しいって思った時もあったけど。でも、悪い事ばかりじゃ、無かった。それにほら、そのお陰で僕は今、ナズナとお話することができているし。ま、マーシュとも、だけどね。ね?ナズナも、そうでしょ?ナズナだって、マーシュのために一生懸命頑張ったお陰で、もの凄く優秀な地獄の監督者になれたじゃない。それに、鈍感マーシュに振られたお陰で、こうして僕とも出会えた訳だし」


 どこまでも前向きなテラの言葉に、ナズナの表情に僅かに明るさが戻る。


「それにね、僕思うんだ。今はまだ考えたくもないかもしれないけど。きっとね、ナズナとエマは、いい友達になると思うんだよ」

「・・・・友達?あたしと、あの子が?」

「うん。なんか、そんな気がするんだ」

「ふ~ん・・・・」

「あれ?信じてないでしょ?酷いな、僕の勘て、結構よく当たるんだよ?」

「知らないし、そんなの」

「それもそっか」


 あはは、と笑い声を上げるテラに、つられるようにしてナズナも小さく笑う。


「やっと、笑った」

「えっ?」

「うん、可愛い。エマの次に、だけど」

「・・・・シスコン」

「ちょっ、ひどっ!ひどくないっ、それっ?!ナズナもマーシュもっ!冥界の住人て、失礼な人ばっかりなのっ?!」

「ふふふっ・・・・そんなこと、ないと思うけど」

「どうだか~」


 ふくれっ面のテラを見て再び笑い声をあげ、ひとしきり笑い終えたナズナがポツリと言った。


「贖罪がね、スムーズだなって思う事が多かったんだ、最近」

「贖罪?」

「うん」


 立ち上がり、マーシュが腰かけていたひじ掛け付きの黒い椅子を撫でながら、ナズナは続ける。


「多分、今思えば、あの子が・・・・エマが来て少ししてから、だと思う。ルームαから地獄に送られて来た魂の贖罪がね、前よりもずっとスムーズになったの。それぞれの魂がちゃんと、犯した罪を認識してくれているというか。罪と向き合ってくれているというか。前はね、罪の意識が乏しすぎて、判定された期間内で贖罪が完了しない事もあったんだけど。今は全然、そんなことが無くてね。だから」


 椅子から視線をテラへと移し、ナズナは微笑んだ。


「すごいんだね、きっと。テラの妹って」

「うん。エマはね、すごいんだよ」

「シスコン」

「あっ、またっ!」

「ふふふっ」


 ムッとするテラに、ナズナは吹き出す。

 そして、笑いながら言った。


「もしかして、エマってマーシュより凄いかも?」

「あー・・・・そうかも?」

「じゃあ、さ。エマとあたしが組んだら、最強かな?」

「かもね?」

「マーシュなんか、要らないくらい?」

「要らない要らない、あんな鈍感!」

「そうねっ!」


 主無き真っ白なカウンセリングルームαに響きわたる、楽し気な笑い声がふたつ。


「そろそろ戻るわ、あたし」

「うん、気を付けて」


 Aの扉に手を掛け、ナズナは振り返る。


「テラ」

「なに?」


 ティーカップを片付けていたテラが顔を上げた先には。


「ありがとう」


 穏やかな笑みを緋色の瞳に湛えたナズナの笑顔があった。



「っっくしゅっ!あ~・・・・なんだこれ?変な菌でも入り込んだか?」


 ナズナがルームαを去って少しすると、マーシュがくしゃみをしながら戻って来た。


「違うと思うよ~?そのくしゃみはね、ナズナと僕が、マーシュの悪口言ってたからだよ、きっと」


 執事服から白いローブに着替えたテラが、ニヤニヤと笑いながらマーシュを出迎える。


「はぁ?なんだそりゃ?つーかなんだよ、悪口って」

「な~いしょ!」

「なら最初から言うな」

「それもそうだね。じゃ、聞かなかったことにして」

「できるか」

「けち~」


 テラをひと睨みしながらも、マーシュは辺りを探るように視線を配る。

 その様子に気付いたテラが、天国への扉に向かいながら言った。


「ナズナなら、さっき元気に帰ったよ」

「・・・・元気、に?」

「うん。元気に」

「そ、そうか」


 テラの言葉に安堵の表情を浮かべ、マーシュは座り馴れたひじ掛け付きの椅子に深く体を預ける。


「じゃ、僕ももう、帰るよ」

「ああ」


 天国側へ足を踏み入れ、扉を閉める直前。


「ありがとな、テラ」


 マーシュの言葉がテラの耳に届いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る