冥界カウンセリングルームαへようこそ

平 遊

第1話 人肉喰らい

ここは、冥界カウンセリングルームα。

冥界入り口の行先振り分け担当が、振り分けられない魂が送り込まれる、カウンセリングルームのひとつ。

カウンセラー・兼・行先判定士の座る真っ黒なデスクと椅子、デスクの手前に引かれた真っ赤なライン以外には何もない、真っ白な部屋。

部屋の入り口から赤いラインまではおよそ7メール程。

左右の壁にはそれぞれ5つずつ、扉が並んでいる。


ルームαのカウンセラー・兼・行先判定士は、エマ。元人間。

濃紫のボウタイブラウスに、デスクで隠され見えない足元は、黒のロングスカートを着用している。

烏の濡羽色と表されるストレートの長い髪。

パッツリと切りそろえられた前髪の下には、くっきり二重の大きな吊り目。

瞳の色も、髪色に負けず劣らず、美しい漆黒。


「いらっしゃいました」


エマのすぐ隣に直立不動の姿勢で控えるマーシュは、エマの執事兼教育係兼恋人。

黒のスーツに白のワイシャツ、濃紫のネクタイを着用している。

整えられた短髪黒髪ながら、僅かに零れ落ちている少し長めの前髪がかかる目元は、奥二重の涼し気な切れ長。

こちらも、瞳の色は、闇のような漆黒。


マーシュの言葉に顔を上げると、入り口から堂々とした足取りで1人の女が入って来る姿がエマの視界に入った。


「冥界カウンセリングルームαへようこそ」


いつものごとく、紅をつけずとも血のように赤い唇を開き、ニコリともせずにエマが棒読みで発する言葉に、マーシュは苦笑を浮かべてエマを見る。


「何とかなりませんかねぇ、それ」

「無理だな」


前を向いたままそう言い捨てると、エマはひじ掛けのついた座り心地の良い椅子に腰かけたまま、デスクの向こう、赤いラインの手前で立ち止まった女を見た。

送られて来た情報によると、女は恋人とされる男を殺して、その体の一部を調理し食べたとのこと。

その後自ら死を選んだものの、地獄行きを頑として受け入れず、ここへ送られて来たらしい。


「なるほど」


女が立ち止まった赤いラインは、エマの座る場所からは数段低い場所にある。

少しばかり見下ろすかたちで女の目を真っ直ぐに見たエマが小さく呟く。

確かに、女からは己の行為に対する罪悪の念が一切感じられない。

少しでも罪悪の念が存在すれば、即座に地獄行きとなるだろうが、これほどまでに罪悪の念が無いとなれば、冥界入り口の振り分け担当が手に負えないのも致し方ないだろう。

何しろ、死人の魂は途切れることなく冥界へとやってくるのだ。

迷っている時間、ゴネる魂に対応している時間など、一秒も無い。


「なぜ命を奪った?」


エマは女に問う。


「愛していたからに決まってるじゃない」


当然のように、女は答える。


「なぜ、肉を喰らった?」


再び問うエマに、女はイラついたように答えた。


「だから、愛していたからよ」

「ふむ」


口元に手を当て、エマは視線を落とす。


愛していたから命を奪った。

愛していたからその肉を喰らった。

その裏側に潜む本音は、一体?


「マーシュ」

「なんでしょう?」


視線を落としたままのエマに呼びかけられ、マーシュが答える。


「わたしを愛していると言ったな」

「はい」

「ならば、わたしを殺せるか?」

「いいえ」

「わたしを喰らえるか?」

「いいえ」

「ふむ」


口元から手を離すと、エマは再び女を見て、言った。


「お前の言う【愛】とは一体なんだ?」

「・・・・え?」


虚を突かれたように、女が口ごもった。

心の揺らぎが、表情を歪ませる。


「お前は言った。『愛していたから』と。過去形だな。もはや【愛】など無かったのではないのか?」


畳みかけるようなエマの言葉に抗うかのごとく、女は声を張り上げた。


「そんな訳ないっ!私は彼を愛していた、彼だって・・・・あっ、彼だって私をあぃっ・・・・あれっ?なんでっ?!」


喉元を押さえ、苦し気な表情を浮かべる女を冷めた目で見ながら、エマは冷淡な口調で告げる。


「ここでは嘘はつけぬ」

「ちがっ・・・・嘘じゃっ」

「言えぬのが何よりの証拠だ」


苦しみながらも、未だ罪悪の念が感じられない女に、エマは再び問う。


「お前は男を愛していたと言った。今でも変わらず愛していると言えるか?」

「今でも・・・・」

「お前の言う【愛】とやらは、既に独占欲に変わってしまっているのではないか?」


エマの言葉に、女はただ首を横に振るばかり。

だが、僅かながら心境に変化が見られる。


「男が他の女のものになることを怖れるあまりに、お前は男の命を奪い、その肉を己の血肉とすべく喰らったのではないのか?」

「ちっ・・・・」

「違うというのならば、わたしが納得できる説明をしてみよ」

「私・・・・私はただ・・・・」


力なくその場に膝を付き、女は小さく呟いた。


「私はただ、彼とずっと一緒にいたかった・・・・ひとつのままでいたかった、それだけ・・・・」

「ふむ」


じっと女を見つめるエマに、マーシュがそっと声を掛ける。


「エマ、そろそろ判定を」

「急かすな、マーシュ」

「ですが、時間が」

「急かすなと言っている」


口元に手を当て、エマは目を閉じる。

判定の時が迫っている。


女が命を奪った男は、既に地獄のE-5へと送られていた。

地獄行きの最大の理由は、女に人殺しをさせてしまった罪。

耳障りのいい言葉を吐き続けて、男は女を騙し続けていたのだ。

金づるとして。

己の性欲のはけ口として。

そして、より良い条件の他の女を見つけた男は、あっさりと女を切り捨てようとした。

結果、男は女に殺され、その肉を喰われることとなったのだ。


さて。

女の行先は、地獄か、あるいは-。


口元から手を離し、目を開けてまっすぐに女を見ると、エマは静かに判定を告げた。


「リハビリだ」


その言葉に、マーシュが形の良い眉を顰める。


「またですか?」

「わたしの判定が不服だと言うのか?」

「いえ、そのようなことは」


顔全体で【不服】だと表現しながらも、マーシュはエマの言葉に従い、エマの右手側、女から見ると左手側にあるリハビリテーションルームへの扉を開く。


「えっ・・・・?リハビリ、って?」


戸惑う女に、エマは小さく笑って言った。


「リハビリという言葉くらいは知っているだろう?回復を目指した治療だ。今のお前に必要なのは罰ではなく治療。治療の結果次第では、地獄へ行かずとも現世への生まれ変わりが可能だ。さすがに天国行きは無理だろうが」

「治療・・・・」

「さぁ、行け。そして二度とここへは来るな」

「・・・・はい」

「では、こちらへ」


マーシュに支えられて立ち上がると、女はエマに向かって深々と頭を下げた。

そして、そのまま振り返ることなく、リハビリテーションルームへと消えて行った。



「エマ」

「なんだ?」


束の間の休息にと紅茶を注ぎながら、マーシュはエマに渋い顔を見せる。


「リハビリ行きが多いような気がするんだが」

「わたしの判定が気に入らぬなら、わたしをこの役目から下ろせばいいだけのことだ」


紅茶の香りを十分に楽しんだ後、口に含んで満足そうな顔を浮かべたエマが、目に笑いを浮かべながらマーシュを見る。


「俺がそんなことできないの、分かって言ってるだろ?」

「ああ、そうだ」

「まったく・・・・」


やれやれ、と溜め息を吐くマーシュに、エマはふと浮かんだ疑問を口にした。


「マーシュ、わたしを殺せるか?」

「は?」

「わたしを喰らえるか?」


それは、先ほどもマーシュに問うた疑問。


「さっき答えただろ?できないって」

「お前は嘘が吐けるからな。確認したくなっただけだ」


このカウンセリングルームでは、一切の嘘が吐けない。

ただ1人、マーシュを除いては。

だからエマは思ったのだ。

もしかして、先ほどのマーシュの答えは、女から本音を引き出すための嘘だったのではないかと。


愛していたから、命を奪った。

愛していたから、その肉を喰らった。


女の言葉は嘘ではなかった。

ならば、【愛】とは一体・・・・?


「エマ」


口元に手を当てて考え込むエマを、マーシュがフワリと抱きしめる。


「俺の【愛】は、エマの側でずっとエマを見守る事だよ」

「それだけでいいのか?」

「それ以上を望んでも?」

「・・・・」

「あれ?黙る、ってことは?」

「・・・・そろそろ仕事に戻るぞ」


マーシュの腕をうるさそうに払いのけ、エマは次にやって来る魂の情報を頭にインプットし始める。


「ほんと、素直じゃないなぁ・・・・そこがまた可愛いんだけどね」


苦笑を浮かべながら、マーシュはいつの間にか飲み干されてカラになっていたティーカップを片付けた。


「そろそろいらっしゃいますよ」

「分かってる」


目を閉じ、エマは情報の整理を行っているようだ。

マーシュも緩んだ頬を引き締め、次の魂の到着を迎える準備を始めた。

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