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 魔法士団の詰所に戻ると、ジェレミー様にはすぐに報告しました。


 全ての事にかはわかりませんが、少なくとも今回の事は人為的なものが絡んでいる事は明らかです。


 私が提出したその写真を見ても、ジェレミー様の表情は特に変わりませんでした。


 いつもの、穏やかな表情のままです。


「不自然なほどに多くの魔物。そこにいないはずの種族。奇妙な魔法陣……誰が何のために、か……」


「この文字に、ジェレミー様は心当たりがありますか?」


「うーん……これは古代語だね。もう、歴史から消えて随分経つんじゃないかな」


「古代語、ですか」


 誰も知らない言葉を操って、悪い事をしている?


 ますます訳がわかりません。


 まさに、誰が何のために、です。


「この件は私から騎士団長に伝えておくよ。報告ありがとう。ステラはしばらくゆっくり休んでね。ご苦労様」


「はい。失礼します」


 この場で私がわかる事はこれ以上無いようです。


 退室すると、自分の営舎へと向かいかけましたが、そこで気付いた事がありました。


 あの町にロッドを置いてきてしまったと。


 せっかくギデオン様からいただいた物なのにどうしようと半泣きになっていると、少しして帰還してきた第三部隊の副隊長さんがロッドを届けてくれました。


 平謝りする私に、副隊長さんは“役得だから気にしないで”と帰って行かれました。


 そんなちょっとしたトラブルもありましたが、それからしばらくは何もない平穏な時が過ぎました。


 また、ディランさんの姿を見ないまま10日ほどが過ぎました。


 副隊長さんも特に何も言っていなかったので、あれから何もなく帰還されたとは思うのですが……


 なんだか随分と姿を見ていない気がします。


 少し気が抜けたような感覚に陥るのは何なのか。


 それだけ、あの人がいると静かな時間がないからでしょうか?


 だからこの、植物に囲まれた心穏やかな時間を噛み締めていると、また、ジェレミー様の執務室に呼び出されていました。


 今日は、エレンさんもいます。


 会議以外で研究室から出て来られているのも珍しいです。


「ステラには学園に通ってもらうよ」


 違う事を考えながら立っていると、思いがけないことを言われました。


 ジェレミー様はとても簡単に言ったので、聞き流してしまうところでした。


 学園とはつまり、王侯貴族の子女が通う所です。


 そんな所に、何故今さら私がなのか。


 口元を痙攣らせて、何と断ろうか逡巡していると、


「断れないよ。れっきとした魔法士団に依頼された任務だから」


 にっこり笑って、私の逃げ道を塞がれてしまいました。


 無理です、無理。


 貴族の皆様が通われる学園に、私のような者が混ざれるわけがありません。


 よく学園側から許可が下りたなとも思います。


 それに、こんな見た目で……


 無理無理無理と、心で連呼していてもジェレミー様のお話は続きます。


「学園ではね、ステラにお願いしたい事があるんだよ」


「お願いしたい事?」


「例の魔物の件を調査している部隊から報告があったんだ。人為的に魔物が召喚されている事は確定している。そうなると、危険に晒されるのはどこにいても同じだと言う事になるね。王族の護衛は厳重にされているけど、お一人だけ、不安要素が残る方がいるんだ」


「それはどなたでしょうか?」


「学園に通われている、第二王子殿下のダミアン様だよ。物理的な攻撃に対しては、もちろん学園内の護衛が万全な状態で当たるだろうけど、魔法に対しての備えが心許ないんだ。可能性は低いけど、万が一学園内に飛竜が侵入したら……」


 この前のブレス攻撃が頭をよぎりました。


「そこで、ステラの出番だよ。ステラだと、魔法攻撃を完全に防ぐ事ができるよね」


 そうです、最近わかりました。


 ワイバーンのブレスを防いだ一件ですね。


 あの後実験をしまして、ギデオン様やロクサス様の鬼魔法を防ぐことに成功しました。


「常に殿下に張り付いている必要はないよ。同じ学園の敷地内にいれば、ステラならどうにかできるよね。殿下の側近に、ステラの使い魔を持たす許可は貰っているからそこから様子を見るといいよ」


 確かに使い魔を通して、多少の魔法を使う事は可能です。


「殿下には、ステラの事は話してないよ。彼はちょっと隠し事が苦手でね。馬鹿正直なところがあるから、必要以上に接触しなくてもいいよ。魔物が人為的に召喚されているなんて、民の不安を煽るだけだからね。余計な混乱は招く必要はないのだけど、事情を話すと、勝手に騒ぎかねないのが第二王子殿下なんだよ」


 何だか散々な評価ですね、ダミアン様。


「でも私、こんな見た目で学園に通うわけには……」


 最大の不安を口にしました。


 それに、もしお姉様がいたら………


 いえ、確実にいます。


 合わせる顔がありません。


「そこはわたしの出番よー、ステラちゃん」


 エレンさんがウィンク付きで答えてくれます。


「変装なら任せて。水魔法と光魔法の合わせ技で、いい方法があるのよ。今のままで十分可愛いステラちゃんだからぁ、隠すのはもったいないのだけど、髪と目と肌の色を変えるくらいで印象って随分変わるから安心して」


 光属性と水属性をお持ちのエレンさんだからこその魔法ですね。


 それで学園生活を上手く送れるかは、私次第ですが。


「学園では、ステラをサポートしてくれる御令嬢がいるから、心配しないで。王太子殿下の婚約者、アリソン・クレスウェル公爵令嬢には事情を知らされている。彼女が、学園生活が困らないように配慮してくださるよ」


「それなら、安心……なのでしょうか」


 それでも不安で、自然と俯いて床を見つめてしまいます。


「あと、君のお姉さんのことなのだけど」


 えっと、顔を上げました。


 ジェレミー様は、子供を見るような視線を私に向けています。


「君のお姉さん。もしかしたら、この件に巻き込まれるかもしれないんだ。ちょうど同じ学年だから、様子を見るといいよ」


 私は、実年齢よりも一つ上の学年に在籍することになるのですね。


 お姉様が巻き込まれるとは、どんな意味でしょうか。


 とても心配です。


 あれ?


 私はいつ、エステルお姉様の話をジェレミー様にしたでしょうか。


「話は以上だから、戻っていいよ」


「後で制服を届けてあげるね」


 一抹どころか多大なる不安を抱えて、こうして私の学園行きが決まりました。


 肩を落として執務室を出ると、扉の正面に、壁に寄りかかって待つギデオン様がいました。


「学校に行くそうだな」


「はい……不安しかないです」


「まぁ、せっかくだから楽しめ」


 ありがたい事に、気にかけてくださっているようです。


「ディランの奴は学園の卒業生だろ。何か話を聞いてみたらどうだ?」


 そうだ!


 貴族……あの人も一応貴族!


「そうですね、話を聞いてみます!私、行ってきます」


「今の時間なら、何も無ければ演習場にいるはずだ」


「ありがとうございます!」


 ギデオン様に挨拶をすると、すぐに駆け出していました。


 門を出て、グルリと城壁に沿って走って、騎士団の演習場に向かいました。


「ディランさん!どうしたらいいですか!」 


 その人の姿はすぐに見つける事ができました。


 私がこんな場所を訪れるとは思わなかったのか、驚いた様子で、何がだと、剣を振る手を止めていました。


「私、王子殿下の護衛強化のために、学園に通う事になりました。学校なんか初めてで、どうしたらいいでしょうか。お姉様もいますし、お姉様と同じ学年に在籍することにもなりました。もちろん勉強なんかわかりませんし、学園生活なんか想像もできません。一応変装は魔法で行うのですが、こんな私が貴族の方々の中に混ざることができるのかも……」


「落ち着け。お前は、所作は悪くない。基本的な事はできている。その辺の令嬢と比べても見劣りしないくらいには」


 私のお手本はシリルにぃ様だったので、身に付いている事も覚えてる事もありますが……


「学園生活なんか、適当に行って、机に座って授業を受けて、適当にその辺の奴と喋っていれば一日が終わる」


「私、人と話すことがまず無理です」


「今、俺と喋っているだろうが」


「ディランさんは横暴だから、ちょっとくらい私が失礼な事をしても、お互い様と言うのか、気にしなくて済むので」


「言っている事がすでに失礼だ。まぁ、大丈夫だろ。学園生活の事は心配しなくても。それよりも、気をつけなければならないのは王子殿下の方だ」


「はい。それはもちろん、ちゃんと御守りしたいと思います」


「いや、そうじゃなくて。あまり近付かずに遠くから見守った方がいいって話だ」


「殿下は隠し事が苦手だと聞きました。だからでしょうか?」


「ああ。まぁ、それでいい。とりあえず、学園に通ってみて、困ったことがあればまた俺に言え」


「はい」


「せっかくだから、エステルと仲良くなってこい」


「でも、偽物の姿と身分で行くので」


「構わないだろ。バレたところで、細かい事は気にしない。あいつは」


「バレたら元も子もないのですが……」


「大丈夫だろ。気楽に行ってこい」


 最後にディランさんにも簡単に言われてしまい、でも、少しだけ気が楽になったのは確かでした。


「はい。では、頑張ってみようと思います」


「ああ」


「訓練の邪魔をしてごめんなさい。お話、聞いてくださって、ありがとうございました」


 ペコリとディランさんに頭を下げると、来た道を少しだけ軽い足取りで帰りました。





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