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本当にひどいです。
あの後、魔法士団の営舎がある門の前で、ディランさんとは一言も喋らずに別れました。
もちろん、フードはぎゅっと深く被って。
お礼なんか言いたくもありません。
私は怒っていたのに、ディランさんはずっと笑っていました。
次に会う時はどんな顔をすればいいのか、フードは絶対に外しません!
そう決めていたのに、それから数日はディランさんの姿を見なかったので、安心したような拍子抜けしたような……
だから、エステルお姉様の事を考えて過ごしていました。
植物園で手を動かしながらも、ディランさんの話を思い出していました。
ディランさんの思い出の中のお姉様は、クルクルと表情を変えて、笑顔の素敵な女の子でした。
ディランさんにはそんな風に映っていたのだと知る事もできます。
それから、とても優しい女の子で、ディランさんの家族にも慕われていたそうです。
“しっかり者”に成長されたお姉様は、昨年は社交界にデビューもして、その時のドレス姿は是非見てみたかったです。
きっと、とても綺麗な姿だったのだろうなぁと、想像が膨らんでしまいます。
またうっかりと緩んでしまった表情を引き締めた、ちょうどその時。
ジェレミー様からの呼び出しがありました。
ブーツに付着した土を落として、手を拭くと、執務室へと急ぎました。
ささやかな生活を営んでいる人達が悪意に晒されるのは、いつも突然の事です。
その報は、町を守る警備隊からもたらされていました。
魔物がまた、人々を襲っている。
すでに騎士団は派遣されたそうで、私も赴くようにと、ジェレミー様より指示を受けました。
この前と同じようにゲートを抜けると、第三部隊と聞いて予想はしていましたが、剣を抜いて待つディランさんがいました。
不機嫌そうに私を見ています。
「こっちだ。今日は飛竜が何体か確認されている。全員、上からの攻撃を警戒しながら、地上の魔物の対処にあたっている」
だから、抜剣してピリピリとした空気を纏っていたのですね。
この前と違い、状況を簡単に説明してくれました。
私を戦力と数えてくれているようです。
指揮所のテントを通り抜けて町の中へと向かうと、いつかの光景が繰り返されていました。
住人の逃げ惑う声。騎士団の怒声。
その中に混じる、獣の咆哮。
一層気を引き締めます。
先行する広い背中を見ました。
危険が伴う国境を守る一族。
10才から魔物の討伐部隊にいたディランさんは、初めて魔物と対峙した時、怖くはなかったのでしょうか。
子供の頃から剣を握るのが当たり前で。
初めて会った私を、自分も子供だったのに、当たり前のように守ろうとして。
これが大切な任務である事には変わりありませんが、そこに、知っている人がいるのといないのとでは、また、少しだけ気持ちの持ちようが変わってきます。
「また屋根に登るのか?」
「いえ。私は飛ぶタイプの魔物と相性が悪いので、地上でサポートします。ただ、この前のように、全体を一度にと言うのは難しくて、取りこぼしが出るかもしれません」
「わかった。それでいい。上は俺が警戒するから、魔物の動きを止めてくれ。怪我人が減るから助かる」
「はい」
救護所でもあるテントから離れると、野鳥を飛ばし、場所の把握をします。
飛竜が空を飛ぶ使い魔を狙ってくるので、この前よりも集中力が必要でした。
地を駆ける魔物はこの間と同じ対処法でいけるはず。
すぐさま魔法を発動させると、上空からは多くの場所で動きを止められた魔物の姿を確認できました。
思ったよりも、取りこぼしは少なそうです。
問題は、空を支配している飛竜。
町中に点在している獣型の魔物により今は騎士団も分断されていますが、次々に上からも襲い掛かられて苦戦しているようでした。
これなら、いっその事一箇所にワイバーンを集めた方が被害が少なくなるのでは?
すぐ近くで魔物を薙ぎ払うディランさんを見ました。
空を飛ぶ魔物……
「ディランさん。飛竜が降りてくる事がわかれば討伐する事は可能ですか?」
「ああ。できる」
返事を聞かなくても、何となくディランさんならばとは思っていました。
力強い返事を聞いて、それならばと、ここに飛竜を呼び寄せます。
影を操る闇魔法は魔物の動きを止めますが、呪いの類は魔物の餌になることがエレンさんの研究で分かっています。
魔物が人を襲うのは血肉を喰べる事が目的ではないのです。
人が放つ恐怖や憎悪などの負の感情から生命力を吸い取る為に、嬲って痛めつけて食い散らし、苦痛を与えようとする。
ほんの少しだけ目立つように、近くの民家の屋根に登ると、ディランさんが、何をするのかと私を見上げてきます。
そこで立ち上がると、ロッドを置いて頭上に手をかざして、負の塊の呪いを具現化します。
球状に集まった黒いモヤが、まさにそれです。
さぁ、おいで。ここに私を含めたおいしい餌があるよ!!
フードの隙間から、すぐに上空に黒い影がよぎったのが見えた。
ワイバーンだ。
小さな黒い点が徐々に大きくなったかと思うと、その爪先が私目掛けて降ってきて、予想以上の大きさに、恐怖で身が竦んでいました。
避けなければと思うのに、避けるつもりだったのに、どうしよう……足が動かない。
目をいっぱいに見開いて、迫り来る脅威を見上げていると、不意に暖かい物に背中から包まれて、次には浮遊感と、地面への着地の衝撃を腰に回された腕越しに感じました。
「何をするかと思えば、何やってんだ!!」
その腕の持ち主、ディランさんの怒鳴り声がすぐ近くで聞こえ、助けてくれたのだと理解しました。
獲物を掻っ攫われたワイバーンは、今度は大きく口を開けて迫ってきて、喉の奥に熱源の気配が……
ブレス!!!!
周囲からは息を呑む音と、悲鳴が同時に聞こえました。
ディランさんの腕にも、私を庇うように力が入ります。
咄嗟に手をかざす。
ワイバーンの口から放たれた赤い火球は大きく膨れ上がりましたが、私の腕の先に現れた暗い空間に飲み込まれていきました。
熱も、空気の動きも感じられずに、ブレスの痕跡は綺麗さっぱり無くなっていました。
私は無我夢中で、周囲にいた騎士達も何が起きたのかと呆然とする中、一連の流れの中で、誰よりも先に動いたのはディランさん。
私から離れ、器用にその辺の物を踏み台にして屋根に駆け上がると、再度私目掛けてブレスを吐こうと高度を下げてきたワイバーンの首を、一閃のもとに両断していました。
続けて、最初のワイバーンの影に隠れて襲って来たもう一体も。
いとも簡単に首を切り落とすディランさんには驚きます。
「くそっ。火を吐くやつなんか、この辺にはいないだろ」
倒した当人から発せられた、忌々しげな声。
飛竜の脅威はこれで去ったのか、ビチャビチャと紫色の液体が降り注ぐ中、力を失った飛竜の巨体も落ちて来て、安心したかったのに、すぐそこで魔物よりも怖い顔をしたディランさんが私を睨みつけていました。
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