「おや、ギデオン。可愛い子供ができたんだね」


「あ?」


「ママ……」


 森の中から、瞬きのうちに明るい室内にいました。


 そこがどこかわからずに、でも、目の前にいた赤い髪のお兄ちゃんのローブを握りしめて言いました。


 綺麗な炎を操る姿は、お母さまと同じで、懐かしくて、会いたくて、


「ママ……」


 何度も繰り返し、もう二度と会えないお母さまを呼んでいました。


 心が、とっても疲れていたのだと思います。


「お前、どっから来た!?」


「ダメだよ、ギデオン。ちゃんと前後左右を確認しないと」


 赤い髪の人の向こう側には、大きな机を前にして座っている黒髪の男の人がいました。


 私を見る金色の瞳がとても優しげで、どこか子供のような表情にも見える不思議な雰囲気をもっていました。


「ジェレミー、これ、どうすんだ。ミナージュ領からついてきたんだろう?探されていた子供じゃないのか!?」


「捨て猫を拾ってきたのなら、ちゃんと最後まで面倒見ないと」


「べつに、俺が拾ってきたわけじゃ、勝手についてきたんだ!」


「ママ……」


「ママじゃない。いいか?俺のことは、ギデオン様と呼べ」


「ギデオンさま」


 目を吊り上げて、腕を組んで私を見下ろす赤い髪の人は、名前を教えてくれたようでした。


「どこから来たんだ?ミナージュ辺境伯領?ロット男爵領か?ここは保護院じゃないんだ。お前はさっさと家に帰れ」


「いやっ。あそこは、いやっ、怖い、帰りたくない」


 ここがどこかはわからないけど、せっかく遠くに来れたのに、また、あの怖い魔女がいる所に戻りたくはありませんでした。


 ギデオンさまは、私の腕をじっと見ていました。


「お前これ、どうしたんだ。誰にやられた」


 それからガシッと、大きな手で腕を掴んできて、大人の人に腕を掴まれて、あの時の痛みと恐怖を思い出して、


「怖い……怖い……」


 無意識のうちに、自分の身を守るように身構えると、自然と黒い影も足元から湧き上がってきました。


 私自身はそれが何かもわからないくらいでしたが、むしろ焦っていたのはギデオンさまの方でした。


「おい、やめろ!落ち着け!死人がでる!!」


 私から離れたギデオンさまがそれを叫んだ瞬間に、目の前で光が弾け、私の周りに現れていた黒い影は綺麗さっぱり消えていました。


「やぁねぇ。これだから、ガサツなギデオンは。女の子を怯えさせて」


「エレン……」


 ギデオンさまはうめくように名前を呼んでいます。


 女の子……?


 いつの間にかそこにいたのは、声から、さっきお兄ちゃんを治療していた人だと思います。


 ピンクベージュの髪が綺麗なそのお姉さんが、そばに来ました。


 赤い髪の人達よりも年下のように見えるお姉さんは、優しく私に笑いかけてきます。


「いい子には、お姉さんがキラキラな魔法を見せてあげる」


「おい、ガキ。そいつは男だからな。騙されるなよ」


「モルモルぷいぷい。傷よ綺麗さっぱりきれいになぁーれ!」


 お兄さん?とは驚きですが、指先をくるくる回して、私の腕でピタリと止めると、本当にキラキラとした光が降り注ぎました。


 すると、みるみるうちに腕の傷やアザが消えてなくなりました。


 痛みもありません。


「すごいです」


「でしょ、でしょ?痛いのはもう、どこかに行っちゃったから、泣いちゃダメよ?可愛い女の子は笑顔が大事よ」


 服の袖でゴシゴシと涙を拭きます。


「あなた、呪いを受けているわね」


 エレンさんと呼ばれていた目の前の人が、私の目を覗き込みながら言いました。


「は?」


 ギデオン様も私を見ました。


 あの怖い魔女の事を喋ろうとしても、ハクハクと口が動くだけで言葉が出てきません。


 無意識のうちに、言葉にして喋る事を拒否しているようです。


「いいのよ。無理に喋ろうとしなくて。呪いは、あなたこそ解呪できるかもしれないけど、今のままでは無理ね。たくさん修行して、たくさんの魔力を保有できるようにならないと。ね?ジェレミー様」


 ジェレミーさまとは椅子に座っている人の事なのか、最初から最後まで穏やかな表情のままのその人が、私を見て言いました。


「ここでたくさん魔法の練習をするといいよ。大丈夫。君はまだ死なないよ。ギデオンが面倒をみてくれるから、安心してここを家だと思えばいい」


 ここに居ていいと言われれば安心しましたが、呪いが解けてしまったら、あの怖い魔女がまた来るのではと不安にもなりました。


「結局俺なのか。しゃーねーな。もういい、なんか疲れた。メシ行くぞ」


 腕を組んだままだったギデオン様が、今度は私に手を差し出してきました。


「ママ……」


「ママじゃねぇ!」


「ギデオンさま……?」


「そうだ」


「あ、待って待って。もう一つ魔法をかけてあげる。はい!」


 エレンさんが、指先をピンっと弾くと、私を暖かくて優しい風が包みました。


 体がとてもさっぱりして、気持ちがいいです。


 汚れていた服も、綺麗になりました。


「後でちゃんとしたお風呂にいれてあげるけど、今はとりあえず、これだけね。それから、お洋服はどうしようかしらね」


「任せる。とりあえず行くぞ。お前、名前は?あ、確かステラだったな」


 頷いて答えると、改めて差し出されたギデオンさまの手を握って、後ろをついて行きました。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る