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私が生まれた国は、海に多く面したタリスライト王国。褐色の肌の人が住む土地で、私ももれなくその肌色でした。
髪の色は黒く、瞳はお父様とお母様の特徴を程よく合わせた、シーブルー。
タリスライト王国は、お父様の故郷のグリース王国とは船での交易が盛んです。
何日もの航海を必要としますが、遠い異国の地から商談に訪れたお父様が、お母様と出会い恋に落ちたのは運命だったと、すべてを知った後では思う事はできませんでした。
お父様とお母様と、その真ん中にいる私がどれ程幸せな日々を送っていたことか。
その裏側で帰りを待ち続けている人達がいることを、幼い私はまだ知る由もありませんでした。
お母様とお父様、二人が犯した罪をこの時はまだ、知らなかったのです。
お母さまは誰よりも美人で、優しくて強くて、自慢のお母さまでした。
「ステラ。遅くなってごめんね」
見上げると、ニコニコしながら幼い私を青い瞳が見つめていました。
つい今しがた家に帰ってきたお母さまは、タリスライト王国の魔法兵団に所属しています。
私のお母さまは、魔法兵団に所属する魔法使いでした。
炎を操って人々を守る姿は、子供ながらに尊敬できるものでした。
お母様に抱きついて、その温もりを確かめます。
「シリル様、ステラと一緒に過ごしてくださって、ありがとうございました」
お母様に声をかけられたシリルにぃ様は、
「大好きなステラと一緒にいられて、俺も嬉しいよ」
私にニッコリと笑いかけてくれながら、頭を撫でてくれました。
お母様が任務に就いている間は人に預けられることが多かったけど、遠い親戚であるシリルにぃ様がよく遊びに来てくれたから寂しくはありませんでした。
シリルにぃ様はいつも優しくて、本当の兄のようで、読み書きも教えてくれたのもシリルにぃ様でした。
毎日家族と過ごせるわけではなかったけど、だからこそ、家でお母さまとお父さまと三人で過ごせる日が楽しみでした。
それは、とても幸せな時間でした。
まもなく6歳の誕生日を迎えようとしたある日、お父さまから長い航海に出るのでしばらく会えないと告げられました。
とても緊急の用事ができたので、すぐにお父さまの故郷に帰る必要があったそうです。
思えば、この時にお姉様のお母様に何かがあって、急遽帰国したのだと思います。
ただ、そんな事情など知る由もない私は泣いて寂しがり、お父さまを引き留めて困らせていました。
でも結局、母を頼むと言ってお父さまは出航していきました。
お母さまは、お父さまが戻らなくても恨んではダメだと私に言いました。
悪いのはお母さまなのだと、自分を責める意味がわからず、お父さまはもう帰ってこないのかと不安がる私に、お母さまは曖昧な笑みを浮かべていました。
父の帰りを待つ日が続く中、仕事中の母が病に倒れたと連絡を受けたのは、私がちょうどお昼寝から目覚めた時でした。
父が戻るまであと半年。
母の余命もあと半年だと、白い立派な髭をもつお医者様に告げられた時は、幼いながらに父は間に合わないと思っていました。
知らせを受けて、すぐに駆け付けてくれたシリルにぃ様がいなかったら、不安に押し潰されていたと思います。
「大丈夫。あなたのお父様は、必ずあなたの助けになってくれるから。愛してるわ、ステラ。どうか、人を愛して幸せになって」
そう微笑んだお母さまは、父の帰りを待たずに儚い人となりました。
母の埋葬が終わってしばらく経った頃に、お父様は私の所へ帰ってきました。
母の墓碑の前で泣き崩れるお父様に、シリルにぃ様が怖い顔を向けていたのをよく覚えています。
優しいシリルにぃ様が見せる初めての顔でしたが、この理由も、私は理解していませんでした。
お父さまが私を連れてグリース王国へ帰国する事を決めた時、シリルにぃ様には船に乗る直前まで反対されましたが、結局お父さまと離れる事が嫌で、お父さまに言われるまま一緒に行く事にしました。
お母さまの死が悲しくて、お父さまとまでお別れるするのが寂しかったのです。
港で見送ってくれたシリルにぃ様は、とても哀しげな顔をされていました。
「エステルという、歳の近い姉がいるよ」
それを教えてもらったのは、長い船旅をしている最中でした。
私には異母姉がいるということを教えてもらいました。
幼い私はその意味もまた、よく理解できず、単純に姉という
それがどれだけ残酷な意味を持つのかも知らずに。
私がワクワクしながら新たに訪れた国を楽しんでいたのは、港町から馬車に乗って、ロット男爵家のお屋敷に着くまででした。
男爵家の屋敷は、とても立派な装いで、お父さまの商いがどれだけ成功しているのかを物語っていました。
お父さまに手を引かれて広い玄関ホールへ入ると、多くの人の出迎えを受ける中、真っ先に一人の女の子に目がいきました。
私の異母姉である、エステルお姉さま。
私と同じくらいの歳なのに、凛とした空気を纏っている方だなぁと幼心に思っていました。
私とは違い、透き通るような白い肌、少しだけクルンとなったキラキラした綺麗な金髪。
大きく見開かれたエメラルドの宝石のような瞳は、私を映していました。
「仲良くするように」と、お父さまが話す言葉は何とか耳に入っていましたが、お姉さまの姿に見惚れていた私は、何か言葉を返すことも挨拶をすることもできませんでした。
ただ、こんな綺麗な人が私のお姉さまとなってくださるなら、仲良しになりたいと思っていました。
でも、お姉さまは違ったのか、同じく無言であっても、ショックを受けているかのように呆然と私を見つめていました。
翡翠色の瞳を目一杯見開いて私を見ていたお姉さまは、次に苦しげに顔を歪めて、そして、何かを呟いていました。
唇を震わせて、何かの感情を押し殺すように。
そして、突然意識を失い、倒れてしまったのです。
慌ててお父さまが抱き起こしていましたが、すぐに医者を呼ぶように指示を出すと、そのまま抱えて奥に行ってしまいました。
お姉さまが倒れた姿が母の病床に重なり、どうかお姉さまが何ともありませんようにと震える手を握りしめていたら、その場にいた大人達の空気が冷たいものに変わっていたことに残された私は気付かなかったのです。
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