第51話 何者でもない者

 ブリスが動きを制されると同時に、他の十一人の魔法使いがハイゼルン派閥の党員達に取り押さえられた。

 彼らが気付かぬうちにハイゼルンとその部下達が背後に忍び寄っていたのだ。


「オラッ! 大人しくオナワにつけ! 暴れんじゃねぇ!」

「現行犯だコラ! シンミョーにしろっテメッ!」


「ぐあっ! 痛ぇ……!」

「や、やめろ! 暴力反対!」

 

 党員達は各々剣やナイフを手に、魔法使いをその場に組み伏せる。

 魔法に長けていても腕力では彼らに敵わない。強盗が警察に現行犯で取り押さえられるかのような場面だ。


「ぁっ!」


「手荒なマネさせんなよ。女と子供と老人には手をあげないのが俺のポリシーだからな」


 アンナが後ろ手で締め上げれる。彼女の動きを制したのはグスタフだ。


「アン! よせ……妹に触れるな!」


 血相を変えて声を荒げるブリス。

 それに呼応してハイゼルンの持つナイフが彼の喉元に触れた。警告だ。


「バカな真似はすんなよ。抵抗すればお前らをボコる免罪符が発効されるだけだぞ」



「どうやら形勢逆転、事件解決のようですね」


「なーんだよ。こっから怒濤の反撃タイムだと思ったのによ」


 大捕り物を地上から見上げていたフェイが安堵の息をつく。クリスも構えを解いて拳を下げる。

 両腕を覆っていた黄金の装甲が可変し、展開させた時の逆再生のように収納され、腕輪形態へと戻った。


「物理法則もあったもんじゃねえな……」


 質量保存の法則をガン無視するギルタブ特製の籠手ガントレットに戦慄するショーコであった。



「っ……ハイゼルン、政敵のルガーシュタインを排除できて満足か」


 刃を突き付けられながらブリスが言う。

 ハイゼルンは目を細めた。


「あん?」


「己の行いがどんな影響を及ぼすか考えない愚か者が……貴様が自己満足の正義感でルガーシュタインを潰したおかげで、我々のように苦しむ者が出てくるとは想像できなかったようだな」


 わざとなのだろうか、ブリスは地上のショーコ達にも聞こえるような声量で喋っている。

 言葉の意図が読めないハイゼルンは首を傾げた。


「なんの話だ。お前ら何モンだ……?」


「私達は……ルガーシュタインに雇われて“シャブラグ”を精製していた魔法使いだ」


「……!」


 ブリス達十二人の魔法使いは、違法魔術の精製業者だった。

 ルガーシュタインの事務所内に居た者は全員フェイ達にボコられ連行されたが、ブリス達は事務所ではなく別の場所で精製作業をしていたため難を逃れたらしい。


「こいつはおったまビックリだ。てめぇら“シャブ”の作り手か。なんだってそんなマネをしやがった」


「我々は……仕事が無く貧困に喘ぐ者。貴様等に上から見下ろされていた者だ。国も企業も人件費を抑えるために雇用を増やさず、雇ったとしても非正規の条件付き。そんな現状を政治家が見て見ぬフリをするせいで貧困から抜け出せない者が大勢いる」


 地上から話を聞いていたショーコは、グスタフから聞いた“魔法使いの就職氷河期”の話を思い出した。


「我々はずっと世の中から無視されてきた。声を上げても『我慢しろ』だの『自分でなんとかしろ』と返されるだけ……貴様らなどどうでもいいと言わんばかりにな。だからキチンと報酬を払うルガーシュタインと組んだ」


 ルガーシュタインが払う報酬は決して高くはなかったが、それでも彼らが生活するには十分な額だった。

 何より、誰かに必要とされていることが彼らにとって重要な点なのだ。


「ようやく食べれるようになった……ようやくマトモに稼げるようになった。それを貴様等が台無しにした。正論という名の棍棒で叩き壊したのだ」


「当たり前だろ! てめぇらのやってたことは違法行為だ。摘発アゲられて当然だろうが!」


 勝手な言い分に反論するグスタフ。

 妹を拘束しているグスタフを睨み、ブリスがさらに続ける。


「だが需要はあった。シャブを欲しがる客はこの国に大勢いる。だから我々が作ってルガーシュタインが売った。それだけだ。市民に無理矢理違法魔術を使って苦しめたわけじゃない」


「なっ……」


「売り手も買い手もお互い納得した上で成り立っていたビジネスだ。それを貴様等の偽善が、正義感が潰した。我らの生きる手段をな……だから報復に出たのだ」


 あまりの言いようにグスタフは閉口した。違法魔術精製という罪を犯しておきながら、まるでそれが悪いことではないとでも言いたげな態度。


「なに自分を正当化しようとしてんだテメー! 開き直りにもほどがあんぞ!」


「そ、そーだそーだ! お金が必要なのはわかるけど犯罪なんかに手を出したらダメに決まってんじゃん!」


「あなた達の違法魔術で苦しむ人が大勢います。そんなことはあってはならないことです」


 ブリスの身勝手な言い分に階下のショーコ達も声を張る。

 少し酔いが覚めてきたのか、マイもふらふらしながらもなんとか立ち上がった。


「お前達も……ぅ……辛く苦しかったのだろうが……罪を犯していい理由にはならない。ヒック……誰か水をくれ」


 依然、刃を突き付けられたままのブリスが地上を見降ろす。


「では問うが、貴様等は一度としてどんな罪も犯したことはないのか? 今までの人生、完全完璧に清廉潔白だと胸を張って言えるのか?」


「うっ……」


 ショーコは口を真一文字に結んだ。

 い、言われてみれば自信はなかった。信号無視をしたことがあるし、自販機の返却口に残っていた小銭を懐に入れたこともある。車に乗せてもらった時もシートベルトなんか全然締めていなかった。

 クリスも目を逸らしてスッとぼけた。気にくわねーヤツを問答無用で殴るのは法的にアウトだろう。料金以下のマズイめしを食わせる食堂には代金を払わねーなんてのはしょっちゅうだ。

 マイも同様に目を伏せる。孤児だった頃の路地裏生活は法など気にする余地もなかった。


「はい、言えます」


 フェイは胸を張って堂々と答えた。

 ショーコにはフェイが光り輝いて見えた。


「随分恵まれた人生らしいな。我々の苦しみなど理解できないだろう。それに……その少女は“転移者”だと言ったな。貴様と同じ余所の世界の人間がこの国の基盤を作ったせいで不平等な世の中になった。貴様も同じように……我々底辺の者を上から見下ろすのだろう」


 あざけるように鼻を鳴らすブリス。

 “転移者”だとチヤホヤされることはあったが同じ理由で憎まれることになろうとは、ショーコには思いも寄らないことだった。


「だ、だったらさ、魔法使いの職にこだわらなきゃいいんじゃない? こんな大きい国なら仕事なんかいくらでもあるでしょ? 私はやったことないけど、クラスの友達はコンビニとか居酒屋でバイトしてるよ」


「体力仕事は獣人が優先され、工業はドワーフ、事務仕事は睡眠時間が少なくて済むエルフが優先される。余っているのは非正規な上に拘束時間は長く、賃金も休日も少ない過酷な仕事ばかり。それで我慢しろと……貴様はそう言うのだな? “転移者”よ」


「うっ……」


 言葉に詰まるショーコ。

 他の魔法使い達も――組み伏せられた状態のまま――ブリスに続く。


「俺達のような優れたものがない人間・・・・・・・・・・は狭苦しい思いをしながら生きろってか!」


「魔法使いの資格を取るために……夢に向かって懸命に努力した。なのにマトモに生きていけないのがこの国の現状よ。頑張って頑張ってやっと魔法使いになれたのに、世の中から冷たくされて苦しめられて、嫌なら別の事をやれなんて……そんなのあんまりじゃない!」


「……それは…………」


 ショーコは勉強も運動も得意ではない。人より秀でた“なにか”を持っているわけでもない。得意なことも、自慢できることも何もない。

 自分も彼らと同じく、名も無い“その他大勢”の一人なのかもしれない。


 だからといって罪を犯していいわけはないが、もしかしたらいつか自分も何者でもない者・・・・・・・として悩み、苦しむ時が来るのかもしれないと思うと、共感する気持ちすら湧いてきた。



「……お前らの言い分はわかった」


 黙って耳を傾けていたハイゼルンが驚きの行動に出た。


 ――ブリスに突きつけていた短刀をゆっくりと放したのだ。


「!」


「ニック!?」


 上司の予想外の行動に目を疑うグスタフ。

 ブリスはゆっくり振り返り、ハイゼルンの目を見る。

 ハイゼルンの表情は神妙だった。決して冗談や酔狂でブリスを解放したわけではない。


「違法魔術精製は犯罪だ。だがお前らがそれに手を出さずにいられない状況に追い込んだ社会にも原因がある。俺達政治家にも責任が無いとは言い切れねぇ。お前らを無視してたわけじゃない。優先順位が低かったのは否めんが、今後は社会制度全体を議論し、改善していこうと思う」


 ハイゼルンは争う意志が無いことを示すため、短刀を投げ捨てた。

 共和国評議員である彼が丸腰で、危険な犯罪者とすぐ手が届く距離で相対する状況に、部下の党員達に緊張が走る。

 なにせ相手は奇襲で事務所に火を放つような連中だ。話し合いが成立するかどうかは賭けだった。


「仕事が無いなら俺の所で働かないか? 俺ぁルガーシュタインみてぇなドサンピンと違って正当な給料を払うし、年二回ボーナスも出す。週休完全二日制で福利厚生も充実してる。ビシっとしたスーツで働くってのも悪くねぇだろう」


「……」


「心配すんな。お前達十二人全員雇う。うちのモンははみだしモンばっかだからウマが合うと思うぜ。まあ、こんなことがあった後じゃ打ち解けるにも時間がかかるだろうがな。ははは」


「……」


「どうだ? 俺と一緒に働いてみねぇか? 悪いことするより良いことした方が気分がいい。世の中のためになる、人のためになる仕事をしようぜ」


「…………ハイゼルン評議員」



 ――ブリスの手に炎が宿る。



「私はそういう“その場凌ぎ”が大嫌いだ」



 炎が剣を形取り、燃える刃となってハイゼルンの胸に突き立てられた。

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