スデに世界は救われた!! ―とっくの昔にSAVED THE WORLD―

カーチスのやろう

序章 What a Wonder World

第1話 その少女、ショーコ

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「うわあああああ~~~~~!」



 少女は走った。


 脇目も振らず懸命に走った。

 

 見知らぬ森の中を、息を切らして駆け抜ける。


 ただただ必死に、全力で走り続けた。



 ――だが、追跡者は二人。


 一方がぐるりと回り込み、少女の目の前に立ちふさがる。


「お嬢ちゃんどうも」


「!」


 眼前には小太りの男。頭髪は抜け落ち、歯もガタガタ。衣服は所々破れていて貧相だ。しかし、指輪や腕輪等の装飾品が煌めかしい。

 後方には痩せ細った男。背が高くヒョロヒョロしているが、腰には様々な種類の刃物が携えられている。

 絵に描いたような、昔のロールプレイングゲームに登場する盗賊のような外見の二人だ。


「逃がすんじゃねえぞスムージー」


 小太りの男が鉈を取り出す。


「へへへ、わかってるさシリアル」


 痩せた男がナイフを握る。


 前後を囲まれた少女は現実を疑った。こんな幼児向けアニメのようなコテコテな窮地、実際にあるもんかね。


「……お、おじさん達、悪そうなカオしてるけどひょっとしてほんとはお茶目な紳士だったりする?」


「残念ながら違うな」


 小太りの男――シリアルがにやりと笑いながら答えた。


「俺達ゃ見た目通りの悪いオトナさ。心配すんな。傷つけやしねぇ。それに金持ちに買われりゃ豪勢な暮らしができるぜ」


 痩せ細った男――スムージーがケタケタと笑う。性根の悪い笑い方だ。


「か、買われるってまさか……人身売買的な!? や、やめときなよ! 私ってばなんの取り柄もないただの女子高生だよ! 料理も掃除もやんないから絶対売れないよ! 返品されるよ! クレーム入るよ!」


「観念しなお嬢ちゃん。俺達だって心が痛いんだぜ。だが食ってく為にゃ仕方ねぇってことよ」


「へへへ、そうさ。黙って捕ま――」



 ――突然だった。


 スムージーのニタニタ笑いが“なにか”によって遮られた。

 彼の横っ面が、大きな影によって殴りつけられ、ものすごい勢いで森の茂みの奥へとぶっ飛ばされたのだ。


「!」


『GRRRRRRrrrrrrr……』


 スムージーをぶっ飛ばしたのは、彼の十倍はあろう程の巨大な狼だった。だが、普通の狼とは明らかに違う。

 青と白の鮮やかな毛に覆われた身体。大人の男性でも容易に丸呑みにできるほど大きな口。瞳は左右に四つずつ、計八つもあった。尻尾は三又に分かれている。


 まさに“魔物モンスター”だ。


「ンギャーーー! カイジュウだァーーー!」


 小学生が自由帳に殴り描きしたかのようなデザインの生物を前にし、少女は大口を開けて驚愕した。


「な、なんだこいつぁ! なんだって【魔族】がこんなとこにいやがんだ! こいつらは絶滅したって聞いたぞ!」


 狼藉するシリアルを魔物の八つの眼が睨みつける。

 冷や汗をかきながらもシリアルは鉈を構えた。


「くそっ……! この犬野郎、てめえらの時代はとっくに終わってんだよ! 人間サマの恐ろしさをとくと見せてや――」


 そこでシリアルの言葉は途切れた。

 犬野郎の大顎にガブリと丸呑みにされたからだ。


「!」


 少女は思わず口元に手を当てた。

 人間一人が巨大生物に頭から食べられ、モヌモヌと租借される様はあまりにも恐ろしい光景だった。


『GGGNNN……NNNMM……? ……――ッ!』


 魔物の顔色が急に変わり、茂みの奥へプッと吐き出した。どうやら相当不味かったらしい。

 唾液まみれでズタボロ状態のシリアルだったが、茂みの陰からわずかに見える足がピクピクしているのでどうやら息はあるようだ。


『GGRRrrr……』


 八つの目玉がギョロリと動き、一人残った少女を捉えた。

 ものすごく不機嫌そうな様子。理由は察するに余りある。


 少女は腰が引け、逃げることすらかなわない。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだった。


「アワワ……こ、こういう時は死んだフリすればいいんだっけ? いやそれってホントはダメだった気が……うう……きび団子かドッグフードがあれば……」


 命の危機を感じながら、少女はアホなことを口走ることしかできない。

 八つの眼が獲物を見つめる。怯える少女を喰らおうと大顎を開き、大剣のような牙が姿を見せた。


『GGWWRRRAAAAAAAAAAA!』


「うわあああああぁぁぁ!」



 その時――


「ちえぇーーーい!」


 突如、何者かによる斬撃が魔物の顔面を切り裂いた。

 四つある右眼の一つから鮮血が飛ぶ。


『GGRRGGHHHH!』


 狼の魔物が苦悶の声を上げる。

 一体何が起こったのか理解できずにいる少女の眼前に、甲冑を着こんだ騎士が立ちふさがった。


「ご無事ですか御淑女ごしゅくじょの方!」


 少女に背を見せる形で騎士が言う。


「ふぇっ!? ……は、はい……」


 彼女の無事を確認した騎士は兜の中で小さく口角を上げると、正面の敵へと向き直る。


「ええい、下郎な狼――略して下狼げろうめ! いたいけな御淑女を襲うとは不届き千万! 貴様のような不埒な輩はルカリウス公国騎士団団長であるこのデイジーが成敗してくれる!」


 甲冑の騎士――デイジーは剣を構えた。

 魔物の狼が唸りながら牙を剥き出しにする。


「ちょぉっと待ったあぁ~!」


 ――どこからか聞こえた、物言いの一言。


 森の奥からデイジーと同じように甲冑を着込んだ騎士が二人、ガッシャガッシャと金属音を伴って駆けつけた。


「団長! 一人で戦うなど水臭い! 微力なれど我々も助太刀いたします!」


「我ら三人、生まれた地も時代も違えど、散る時は一緒ですぞ!」


 どうやらこの二人がデイジーの仲間であろうことは初見の少女にも見て取れた。


「お前達……フッ……あいわかった! 今こそ、我らルカリウス公国騎士団の意地を見せる時!」


 三人の騎士が横並びに陣形を組み、剣を構える。


「ゆくぞジョン! アイザック! 帰ったら経費で祝勝会だ!」


 デイジーが先陣を切る。

 狼の魔物が大木のようは前足を振るう。

 スライディングで地を這い、凶悪な爪を回避したデイジーは、勢いそのままに敵の腹部を斬りつけた。


 わずかに怯んだ隙を逃さず、騎士の一人――ジョンがジャンプ一番。魔物の頭部に取りつき、深々と刃を突き立てる。

 二つ目の眼を潰した。


『GGAAAAAAHHHHHH!』


 三又の尾がジョンを振り払おうと迫る。剣を引き抜き、寸でのところで回避に成功した。


 ジョンへと注意が向いている隙に、もう一人の騎士――アイザックが魔物の脚に横一閃。ガクンッと身体が落ちたところへもう一撃。

 三つ目の眼を穿つ。


「ちぇすとぉー!」


 そして最後に、デイジーの素早く力強い斬撃が魔物の四つの右眼の最後の一つを奪った。


『GGEEEEEッ……!』


「今だ二人とも! 三位一体ゴーゴーナイツフォーメーションだ!」

「御意!」

「魔物め覚悟せよ!」


 トドメとばかりに、三人の抜群のチームワークによる連携技が炸裂する。


 アイザックが先陣を切って攻撃し、そのアイザックの背中を馬跳びで飛び越えたジョンが攻撃。

 さらにジョンの股下をデイジーがスライディングでくぐり抜けてトドメの斬撃を与える連続技だ。


 それなにか意味あるの? と言いたくなるが、一生懸命練習したのがうかがえるのでヤボなことは言わないのが気遣いというものだ。


『GGRRRAAAHHHHH……~~~ッ……』


 魔物の呻き声がみるみる弱々しくなる。

 地面には巨体から滴り落ちた血だまりが出来ていた。


『……GGHHRRRrrr……』


 三騎士による連続攻撃により戦意を失った狼の魔物は、小さく呻き声を上げながら、文字通り尻尾を巻いてその場から逃げ出した。



 握りしめた剣を大きく掲げ、デイジーが声を上げる。


「勝利! 正義の勝利っ! 我ら栄光のルカリウス公国騎士団の勝利なのだー!」


「今夜は約束通り酒場で祝宴ですな団長!」

「また酒蔵を空にするんじゃないぞジョン」

「それは約束できんなアイザック」

「はーーーっはっはっはっは!」


 高らかに大笑いする三人。


 少女はその様子をただただ呆然と眺めていた。


 ひとしきり笑い通した三人は満足げに剣を鞘に収め、兜を脱ぐ。


 声色から察することはできたが、デイジーの正体は黒く長い髪をなびかせる女性だった。

 残る二人――ジョンはスキンヘッドの男性、アイザックは青い髪に片目を眼帯で隠した男性である。


 デイジーは大きく息をついてから、へたりこんでいた少女に手を差し伸べる。


「ご無事ですか? 御淑女殿」


「ふぁ、ふぁい!」


 少女はデイジーの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


「あの、助けてくれてありがとうございます。えっと……」


 少女が口ごもる様子を察し、三人は背筋を伸ばして胸に手を当てて答えた。


「我ら栄光のルカリウス公国騎士団! 私が団長のデイジーです!」

「その右腕のジョン!」

「同じくアイザック!」


 どこまでも通りそうな、腹から出た声。合唱団が何度も繰り返してきた発声練習のようだった。


「して、御淑女の方は何故お一人でかような森に? よもや妖精を探して迷い込んだなどとは言いますまい」


 団長のデイジーが少女に問う。


「……えーっと……それなんスけどね…………なんか……もしかしたら……もしかするとなんだけど……たぶん私……」


 少女はどこか気恥ずかしそうに答えた。




「…………異世界転移……しちゃったっぽい……かも……」




 ――その言葉に、三人の騎士は目を丸くした。


「…………異世界転移……!? も、もしや……あなたは“転移者”なのですか!?」


「……え?」


 少女が異世界からの来訪者だと知るやいなや、三人は興奮しだした。


「す、すごい! まさか本物の“転移者”様にお会いできるなんて! ああ……!夢のようです!」


「何もかもあなた様のおかがです! さ、さ、サインください! 甲冑のココんとこに書いて!」


「『ジョンくんお誕生日おめでとう』って言ってください! 一生の思い出になるんで! 『ジョンくん三十九歳のお誕生日おめでとう』って!」


 まるでスーパーヒーローを前にした子供のようにハシャぐ三人。鎧のガシャガシャと擦れ合う音が騒がしい。


「なっ……!? えっ!? いや……あの……」


 ものすごい勢いでグイグイこられて少女は戸惑う。

 そんな彼女をよそに、三人の騎士は興奮覚めやらない様子。


「ようし! ジョン、アイザック! “転移者”様への感謝を込めて、みんなで胴上げだ!」

「了解であります!」

「せ~のっ……!」


「ワーッショイ! ワーッショイ! ワーッショイ!」


「転移者様バンザーイ! 転移者様サイコー! 転移者様サイキョ~!」


「転移者様てんさーい! 転移者様ヨイショー! 転移者様おめでと~!」



「っ!? っ……!? ~っ!?」



 少女は宙を舞いながら困惑する。


 自分はなぜワッショイワッショイ胴上げされているのか?


 いや、そもそもここは一体どこなのか?


 自分は本当に異世界に転移してしまったのか?


 ていうかまだな~んにもしてないのになぜこの人たちは感謝感激しているのだろうか?


 その答えは、すぐに彼女の知ることとなるのであった……



 ……これは始まりである。


 特別な力など何もない普通の少女が……いや、ちょっとアホな少女が異世界で繰り広げる、ちょっとオカシな物語の……



 その少女の名は――

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