脱走
如月 巧
第一章 ソウゲン
第1話 ソウゲン①
この世界には「ソウゲン」と言う場所がある。ソウゲンにはたくさんの植物が生えていて、たくさんの虫が遊びに来る。大きく広がる空は青く、雲は綺麗な白色をしている。太陽の日差しは、ポカポカと気持ちよく、フワフワと暖かい匂いがする。吹き抜ける風は涼しく、植物たちは風とともに音楽を奏でる。
「もうできたよ。早くこないとヨウの分も食べるぞ。」
「ああ、まって!今行くから!」
ヨウの呼ぶ声が邪魔をした。きっともうご飯の時間だ。
読んでいた本を閉じ、その本を持ちながらヨウの元に向かった。ヨウもきっとこの「ソウゲン」のことを知ったらびっくりするだろう。
「ねぇ!ヨウ。ソウゲンって知ってる?」
さっきまで読んでいた本に書いてあった「ソウゲン」のことをヨウに言った。しかし、ヨウは類の話に興味を持った様子はなく、目の前のカレーに夢中だった。
「ふーん、それカレーよりおいしいのか?」
ヨウはカレーを頬張りながら聞いた。そのカレーが口元についている。
この街で育ったルイは、本で読むまで「ソウゲン」なんて場所があることを知らなかった。この街の外にもこの街と同じ光景がずっと広がっていると思っていた。同じ境遇のヨウもきっとそうだろう。
「食べ物じゃないよ。ソウゲンっていう場所。ほら見て!草が一面に広がっていて、ポカポカしているんだって!そこの吹く風はとっても気持ち良くて青空がずーっと広がっているんだって!」
ルイとヨウが生まれ育った街は、機械の街だった。煙突からは毎日黒い煙が出ていて、空は暗い色をしていた。この街にはソウゲンも青い空もない。吹く風は生温く、鉄臭い。
「そんな場所あるわけないだろ。食べないんだったらルイの分も食べるぞ?」
ソウゲンがどんな場所か伝えるためにヨウに他言語で書かれた本を見せた。だけどヨウにはルイの気持ちが伝わらなかったのかヨウは、ルイが見せている本には目もくれず、ルイの目の前にあるカレーを見ていた。
「食べるよ!!」
急いで目の前のカレーを頬張る。ヨウの作るカレーは野菜の甘味が出ていてとてもおいしい。どうすればこんなに甘くておいしいカレーができるのか、ヨウが教えてくれた通りに作ってもここまでおいしくならない。
「ねぇ!今度一緒にソウゲンを見に行こうよ!」
ルイは目を輝かせながらヨウに言った。
「そんな場所、この街にあるわけないだろ。」
席を立ち、カレーのおかわりを皿に盛りながらヨウは言った。ヨウの言うとおり、この街には、ソウゲンどころか草の一本も生えていない。もし草を植え、ソウゲンを作ろうとしても「そんなもん、金にならねーよ」と街の人に言われ、植えた草は踏まれてしまうだろう。
「街の外に行けばいいんだよ!」
この街にないのなら、きっとこの街の外に行けばきっとソウゲンを見ることができるはずだ。本に書いてあったんだ。きっとこの街の外には、ソウゲン以外にもこの街と違う光景が待っている。少なからず、この本に書いてある場所はあるはずだ。
「何言ってるんだよルイ、街の外には出られないんだぞ。」
「どうして?街の外れにある門から外に出られるじゃん!」
この街には、一つだけ門がある。その門がこの街から出られる唯一の手段だ。その門以外は壁になっていたり、崖があったり、大きな川が流れていたりで外に行くことができない。
「お前知らないのか?あの門には警官がいて、俺たちが外に出れないように見張っているんだぞ?」
想像が膨らみ、ワクワクしているルイにヨウは現実を突きつけた。
当然、門から外に出ることはできない。警官に見つかってしまえば大人子供構わずボコボコに殴られてしまう。それどころか殺されてしまった人もいると街の人たちの噂話から聞いたことがある。
「夜にそーっとバレないように行けば出れるよ!」
「そんなのすぐ見つかっちゃうよ」
とっさに思いついたことを言うが、ヨウはそれに聞く耳を持たず、おかわりのカレーを食べ終えた。その皿はとてもきれいだった。
「ルイも早く食べろよ。洗い物しなきゃなんだから。」
ヨウはそう言いながらお風呂に向かった。
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