【短編846文字】さよなら婚約者『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』

ツネワタ

第1話

 未来局からのメールによってただ一人、地球が明日の朝に消滅する事を男は知った。


 携帯の画面に書かれているメール文に固まった後、傍らの婚約者に目を向ける。


 病院のベッドの上にいる彼女は二年間の昏睡状態から二時間前に起きたばかりだった。


 このまま植物状態が続くと思っていた。それでも帰ってきてくれた彼女の手を握る。

 しかし、奇跡に感謝する暇もなく男は絶望に打ちひしがれた。

 二年で瘦せ細った彼女は数週間後に退院する予定だった。


 退院して最初に食べたいものは? と聞かれて「あなたの作ったハンバーグ」と答えた。



 挙式で着るウェディングドレスについて楽しそうに語っていた。

 式に招く友人たちに送る招待状はもう必要なくなってしまった。

 子供は何人欲しい? と言われたので「気が早いな、まったく」と笑いながら答えた。



 それでも尋ねてくる彼女に「二人くらいかな」と頬を赤らめながら男は言った。

 明日で全て無駄になるなんて誰が予想出来ただろう……。


 いや、ちょっと待て。明日地球が滅ぶなら何故未来局からメールが届く?


 全てが無に還るなら明日を迎えれば未来も何も無くなるはずだろう。


『何か回避する方法はありませんか?』と男が未来局に返信する。

《時空連続体に孔が空くほどの出来事があなたの世界で起きました》


《それはあなたの婚約者の覚醒です。彼女は本来こちらの未来では昏睡状態のままでした》

《メールに事実改竄のためのデータを添付します》



《それで彼女を再び昏睡状態に――》



 彼はそこで画面を閉じた。すると――。


「ねえ、本当に奇跡よね。私が今こうやってあなたと話せている事……」


 彼女は泣きながら笑い、笑いながら泣いていた。

 男は知っている。



 未来局が今なお存続しているのなら、自分は彼女を再び眠らせるという事だ。



 でなければメールが男の元に届くはずがない。

 彼は世界のために婚約者を裏切るのだ。


「あッ…… うん……」


 男に何も言う資格はない。

 彼女に笑いかける資格も。

 彼女に涙を見せる資格も。


 お前はクズだ…… 心の中で自分にそう呟きながら……



 男は人知れず世界を救った。

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【短編846文字】さよなら婚約者『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』 ツネワタ @tsunewata0816

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