第93話

  「すいません、遅くなってしまって」

「いえいえ、私が勝手に押しかけてしまっただけ

なので、気にしないでください。

チョコさん、ですよね」

「はい、そうです」

驚いたことに、その相手は朽葉ではなかった、

目の前には、小柄で、ふわふわとした雰囲気の見慣れない女の人

が、あたかも知り合いと話すような感じで話しかけている。

 「あっ、直接会うのは初めてですよね。栗です」

「栗さん?!」

 少し前まではピンとこなかったが、

名前を言われると一気に緊張がなくなっていた。

もう少し年配の人を想像していたが、

とても若くて、空気を和ませるような

素朴な顔立ちだ。

 「それと、何かあったのですか?」

「例のビデオテープを見て欲しくて、

持ってきたんです」

「わざわざありがとうございます」

栗は、透明な袋に入ったビデオテープを差し出した。

このタイプの袋で、プレゼントを思わせる

包装の仕方をしていると、

不思議と怪しい品物ではなく

何かの贈り物に見える。

「ビデオテープって初めて生で見ました」

「最近はなかなか売っていないですからね」

初めて自分の目で見たビデオテープが

不可解なものとは、

一生消えないトラウマにならない

ことを祈るしかないが。

 「パッと見は何もおかしくないんですけど」

傷まみれだったり、

ほこりをかぶっている様子もない。

唯一、不安を煽るのは

題名がどこにも書いていないのだ。

「頑張ってみますね」

「お願いします」

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