匿名キャラお見合い企画

【No.016】ドーナツと共にゼロから始まる(1. 市村 洸太*12. 鳥井 深月)


長編映画のような夢を見た。

目が覚めたら人がいっぱいいて、大画面が現れたと思ったら、『殺し合うかカップルを作れ』と、ゲームマスター的存在の何かが宣言した。


昔、こんな番組やってたよなあと思いながら、俺は周囲の人をざっと見る。

ここに召集されたのは、小学生くらいの子どもから俺より年上と思われる大人が約二十人くらいだ。知り合いは一人もいなかった。


そうだ、あの子。トリイさんだっけ?

『カップルになればいいんでしょ⁉︎ だったら私と一緒に脱出しませんか!』っていきなり声をかけてきて、流れるままに二人組になっちゃったんだっけ?


その後、羽の生えた二足歩行のデカいエビが出てきて、追いかけられたんだ。


どうにか逃げ切った後、お互いに軽く自己紹介した。

トリイさんは無理やり誘ってしまったお詫びにドーナツをくれた。

箱に並べられた10個のドーナツが宝石みたいだった。


会社に入ってからずっと忙しかったから、甘いものなんか目に入らなかった。

オールドファッションのサクサクした生地、噛むほど広がる優しい甘さ、心の底から感動してしまった。涙がポロリとこぼれた。


「うっそ! 無理やり誘って本っ当にごめんなさい! イヤだったら他の人のところ行ってください! どうか私のことなんて忘れてください!」


急に涙を流した俺を見て、トリイさんは必死に声をかけてくれた。

そりゃそうだ、大の男がドーナツを食べただけで泣くとは思わないもんな。


「違う……こんな美味しいものを食べたのは、ひさしぶりだから。

今度、絶対に買いに行く。約束する」


今思えば、あの空間にいた誰もが狂っていた。

誰もが飢えていた。誰もが乾いていた。

誰もが愛という何かに狂わされていたのだ。


いずれにせよ、ゲームマスターはそんな俺たちの姿をラーメンでも食べながら、観戦していたに違いない。


黒幕の正体も分からないままだ。結局、アレはなんだったのだろうか。

もやもやしながら俺は起床し、何事もなかったかのように1日が始まる。


夢から目覚めた途端、自己嫌悪に襲われた。

高校生に気を使わせてしまった。

本当なら、大人である自分から声をかけにいくべきなのに。

そもそも、未成年と組むなよ、俺。


「あ、やべ。ドーナツのお礼、言い忘れた……」


違う、そうじゃないだろう。俺は本当にダメな奴だ。

夢なんだからお礼なんか言わなくていいのに。


そうだよ、夢なんだからトリイさんなんて最初からいないんだよ。

Vtuberなんてやってるから、女子高生が夢に出てくるんだ。


鈴鳴すずなりクロエという美少女の皮をかぶっているから、あんな夢を見たんだ。

カップルを作れという命令は、俺の承認欲求の表れなんだ。

トリイさんは女子高生の格好をした俺なんだよ。そうに決まっている。


「もうダメかも分からんね、俺」


そう呟いたが、精神科の予約はいっぱいだった。




ミセスナイアルは、日本全国にチェーン展開しているドーナツ屋だ。

あちらこちらに店があるから、看板が嫌でも目に入る。


トリイさんはミセスナイアルでバイトをしていると言っていた。


本当にいるかも分からない、たった一人の女子高生に会うために、俺はドーナツ屋に来たのか? 違うよな、それだとただのストーカーじゃないか。


あんなひどい夢を見たのに、ドーナツが頭からずっと離れなかったんだ。

あのオールドファッションは本当においしかった。心の底から感動した。


夢と現実の区別をつけるためにも、俺はドーナツを食べることにしたんだ。

そうと決まれば、話は簡単だ。

仕事が終わった後、駅前のミセスナイアルへ向かった。


自動ドアが開くと、ドーナツの甘い匂いと共に、見覚えのある顔が目に飛び込んだ。

あのはつらつとした笑顔はまちがいない。

ドーナツをくれた、あの女子高生だ。


「いらっしゃいませぇ! 店内をご利用でしょうか?」


一瞬、俺の時間が止まった。

なんでトリイさんがここにいるんだ?

こんな偶然、あっていいものなのか?


「あの、お客様? ご注文はお決まりでしょうか?」


逡巡していると、トリイさんの声で現実に戻された。


「あ、すみません……。

オールドファッションと……あそこの看板にあるヤツを一つずつお願いします」


「はい! グレード・オールドファッションと、ミスカトニック風レアドーナツですね! かしこまりました!」


店内の隅まで響くような声だ。夢でもこんなふうにずっと励ましてくれていたな。

トリイさんは慣れた手つきでドーナツを二つ、袋に包んでいる。

ついでにコーヒーを注文し、会計を済ませた。


声でもかけられるかと思ったが、何も起きなかった。

そうだよな、何も起きるわけがない。


とどのつまり、ただの夢なんだ。

ドーナツ食って、明日もがんばろう。


「市村さん。約束、守ってくれたんですね。

もう絶対に会えないと思っていたんです」


「はい?」


初対面のはずなのに、俺の名前をなぜ知っているのだろう。

トリイさんは頬を赤らめて、俺をまじまじと見る。

無言が続くと、その表情は変わっていく。


「もしかして、覚えてないんですか⁉

一昨日の夜、変なゲームに参加させられたじゃないですか!」


「なぜ、君がそれを……」


「だから! 市村洸太さん、私はずっとあなたに会いたかったんです!」


しっかりフルネームで覚えていた。

背筋が凍り、胃がきゅっと縮まるのを感じる。


彼女は俺とまったく同じ夢を見ていたとでも言いたいのか。

一体全体、何が起きているのだろうか。


「私、もう二度と会えないと思ってたんです!

だけど、こうやってお店で会えたし、ドーナツ買ってくれたし! 

めっちゃ嬉しいです! 付き合ってください!」


生まれて初めて感謝と同時に愛の告白をされた。

ていうか、あの夢は現実だったのか?

そうなると、話が大分変ってくるんだけど。


「大丈夫です! 年齢なんて関係ないですよ!

多様性の時代ですから、どうとでもなりますって!

そうだ! 私、もうちょっとで終わるので、そこで待っててもらえませんか!」


奥の席に案内され、数分待つことになった。

もし仮に、昨日の夢が現実だったとしよう。


「ということは、あれはゲームを脱出するための口実ではなかったと……?」


狂気の世界で求めていた愛は幻だと思っていた。

しかし、トリイさんは俺を信じて待ってくれていた。

彼女が嘘をついているようには見えない。俺も信じていいのだろうか。

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