#新匿名短編コンテスト・四季の宴

【秋008】裸エプロン野郎と歴史的汚点 


「いいかね、君。赤、赤、黄色とバランスが悪いのだよ。

どれも秋に色づく花々だが、いかんせん似たような色彩になっている」


「はあ……」


紅葉が浮いている小川の周辺には金木犀や彼岸花が咲いている。

最初は川の中で一組の男女が身を沈め、泳いでいるように見えた。


「せめて、どれかを削るかあるいはもっと鮮やかにして引き立たせないと。

まったく、これだから若者はダメなんだ」


ぶつぶつと絵に文句を言っているのは、小川で泳いでいた男だ。

まあ、当然ながら素っ裸なわけで、隠さなければならないものを隠すどころか見せびらかすように仁王立ちしている。


これ、どう説明したらいいんだろう。


屋根裏部屋の掃除をしていたところ、絵にかかっていた布が外れてしまった。

真っ赤に映える紅葉に透明感のある小川、小さいながらも存在感のある金木犀や彼岸花が描かれていて、非常に驚いてしまった。


一瞬でも見惚れてしまったのがよくなかったのだろう。

小川にいた男がこちらに近づいてきたと思えば、何の抵抗もなく両手を額縁にかけて、こちらの世界に乗り込んできたのだ。


女の人は絵の中に取り残され、ゆうゆうと泳ぎ続けている。

何も気づいていないのだろうか。


「それで、ここはどこなんだ?

見たところ、どこかの倉庫か何かのように見えるが」


言われるがままに私は住所を告げた。

男は何度も首を捻った。


「何でそんなところにあるんだ? 誰か分かる者はいないのかね?」


「私に言われましても……」


分かる者というと、祖母になるのだろうか。

この絵の持ち主は祖母になるわけだし。


しかし、なんと説明しようか。

この人が絵から出てきたんです、なんて聞いてもらえるだろうか。


「とりあえず、これを着てくれませんか。

さすがに、ちょっとまずいと思うので」


「うむ、なかなか気が利くじゃないか」


エプロンを外し、男に渡した。

何も着ていないよりマシだろう。


私は男にそこにいるように言って、祖母を呼んだ。

祖母はエプロンをつけた男を見ても、まるで動じなかった。


「あらま、小次郎さんじゃないですか。どうしたんですか?」


「私は小次郎じゃない。晋太郎だ」


「まあ、そうだったんですね。これは大変失礼いたしました」


祖母は深々と頭を下げる。


「こちらは孫の雅です。今年で高校二年生になったんですよ」


おほほなんて笑い声は聞いたことがないんだけど。

完全に猫を被ってるんだけど。全然キャラ違うんですけど。


気さくに喋っているけど、一体誰なのこの人。


「おばあちゃん、この人を知ってるの?」


「おじいちゃんが画家を目指していた時にね、この人をよく描いてたのよ。

私は小次郎って呼んでたんだけど、ちゃんと名前があったのね~」


「適当に名付けられては困るな。私を誰だと思っている」


偉そうにするな。おじいちゃんの黒歴史のくせに。


少しだけ聞いたことがある。

学生の頃、画家を目指していたが芽が出ず筆を折った。

作品の大半は処分されたが、一部は祖母によって保護された。


祖父にその話をすると絶対逃げるし、何も語ろうとしない。

本人にとって黒歴史になっているのはまちがいなかった。


「とにかく、次はちゃんと完成させるように。よろしく頼むよ」


二度と出てこないで、お願いだから。

その人はキャンバスに手をかけて、絵の中に入っていった。

何事もなかったかのように、元の絵に戻った。


「晋太郎ってことは、モデルがいたの?」


「そんな話は聞いたことがないわね~。

架空の人物だとばかり思ってたんだけど……」


「でも、何回も描いてたんだよね?」


「作品はほとんど残ってないけどね。

そういわれると、なんだか不思議な話よね~」


そんな簡単に言わないでほしい。不思議どころの騒ぎじゃないんだけど。

ああ、どうして動画を撮っていなかったんだ。世紀の大発見だったのに。


「とにかく、おじいちゃんに聞いてみないと分からないわね」


正直、二度と出てこないでほしい。

私は絵にそっと布をかけて、天井裏の梯子を下りた。


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