【No. 137】ハリボテ信仰の裏側


「聞いたよ、神の使いになったんだって?」


我らがお師匠先生は柔らかい笑顔を浮かべながら、一言切り出した。

感情が分からないから、何を考えているかさっぱり分からない。


「最近、変なカルト教団ができたって聞いたからさ。どうにかしてくれって頼まれたんだ」


「先生、怒ってます?」


「怒らないから、じっくり話を聞かせてほしいものだね」


絶対に怒ってるじゃん、マジ怖えんだけど。

先生はにこにことメモとレコーダーを取り出した。

仕事はきっちりこなすつもりでいる。逃げられないか。


「ま、確かにそうなんですよ。何もまちがってないですし。

ただ、なんと言えばいいんでしょうか……」


俺は視線をそらしてしまった。

友達から自己啓発なるものを教えてもらって、あれよあれよと入会手続きを済ませてしまったのだ。


綺麗な話を鵜呑みにし、釣られてしまった俺はさぞかし滑稽に見えたことだろう。

まあ、集団行動に嫌気がさして、逃げるようにして抜けてしまったわけだ。

わずか数か月しかいなかったのに、何年もいたような気になってしまう。


「自分のとこにいた神様、ハリボテやったんです」


「ハリボテ?」


「そう、ニセモンやったんですよ」


「何でそう思った? 気づいたきっかけは?」


先生は身を乗り出した。


「フタを開けたら、ただのオッサンでしたからね。

一人じゃ何もできない、ダメ人間でした」


神として扱われている中年の男は、一見すると上流階級の人間に見える。

実際、経歴も素晴らしいもので文句のつけようがなかった。


どこで道が狂ったのかは分からないが、この団体を立ち上げたのは割と最近だ。

自分の経験を意識ある若者に伝える、それは意義のあることなのだろう。


彼の口から出る浮ついた言葉は人を集め、金を巻き上げる。

非常にシンプルなからくりだった。

今は魔界とかいう絶対悪もあることだから、余計に人が集まるのだ。


「……ああ、すんません。話が脱線しました。

これ、絶対に言わなかったほうがよかったヤツですよね?

遠慮なくカットしてくださいね」


両手を合わせて頭を軽く下げる。

記録したものを書き起こしても、先生を混乱させてしまうだけだ。


「カミカゼってところに、僕は所属してたんですけどね。

今のうちに見張っといた方がいいですよ。あそこ、とんでもない団体なんで」


「カミカゼね。とんでもないとは、どういう意味なんだい?」


正直、いい思い出がないのだ。

神様からの長ったらしい演説を聞いたり、よく分からないグループワークをさせられたり、本当に謎だった。

それで人々が救われるだのなんだのというのだから、大した団体だ。


「まあ、他のところは分からないんですけどね。

さっきも話したように、詐欺まがいの事を平気でしているような団体なんですよ。

いつ警察に突き出されてもおかしくないような、そんなところです」


「……だったら、俺が呼ばれる理由にはならないよね?

君は何を知っている?」


視線が一層鋭くなった。


「今はこっちで活動してるからいいですけど、今後はなーんにも知らない魔界にいる人々を加入させるつもりでいるらしいんですわ。

議会の連中がどうたらこうたらって言ってたんで、まちがいないと思います」


先生の眉がぴくりと動いた。

お師匠先生は魔界という新世界について研究している。

自分たちの時はそんなものはなかったし、普通に講義が開かれていた。


魔界が生まれてから、先生は頻繁に連絡を取っているというじゃないか。

そこまで突き動かされる何かが、あの世界にはあるらしい。


「なるほど、俺じゃないと聞けないね。その話は」


「嫌な団体ですよねえ、とにかく弱者から搾取しようってんだから。

そんなんで幸せになれたら、苦労しませんよねえ」


「そりゃそうだ。簡単に幸せが手に入るなら、魔界なんて生まれてないだろうしね」


「何なら魔界を統治してる、議会でしたっけ?

そこにチクっても構いませんよ。

あんなクソみたいな団体、徹底的に潰した方が早いと思うんで」


先生はコーヒーをすすった。

怒りもある程度収まったのか、空気も柔らかくなった気がする。


「ところで、君は誰かを教団に引き入れたことはあるかい?

魔界の住民が何人か洗脳された状態で帰ってきたという話を聞いたんだけど」


先生から表情が消え、俺は絶句してしまった。


「いや、噂でしか聞いたことがなかったんだ。

教団にいた人の言質を取りたかった」


前言撤回。やっぱ怖えわ、この人。

どこにナイフを隠し持ってるか、見当もつかない。


「馬鹿なこと言わないでくださいよ、あんなんするわけないじゃないですか。

こういうのは秘密にしておいたほうがいいと思ったんで黙ってたんですよ」


「実に懸命な判断だ。被害者は増やさないに限る」


先生は空になったカップを置いた。


「今日はありがとう。君の言葉で世界は一気に動く。

目を離さないほうがいいよ、おもしろいことになる」


「こちらこそ、お忙しいのにありがとうございました。

しかし、先生も大変ですねえ。

研究とはいえ取材だなんて……頭が上がりませんよ」


「そんなことないよ。半ば趣味みたいなものだしね」


「もっと勉強しとけば、こんなワケ分からん団体に入ることもなかったのかなあ」


「でも、早い段階で気づくことができたんだ。

やり直すチャンスはいくらでもあるよ」


「先生にそう言ってもらえると嬉しいです。地道に頑張ってみます」


「それじゃ、変なことに巻き込まれないようにね。気をつけるんだよ」


そう言った先生の足取りは非常に軽く、今後の世界情勢をひっくり返すような勢いで去って行った。


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