ぼくとしぐれ
次の日、僕は自分から時雨の姿を捜した。といっても母さんが絶対会えるように彼女を誘導してくれたので難しいことはなかった。
流石に人前では恥ずかしい。場所は人気の無い会議室を選んだ。もちろんこれも母さんが人払いをしてくれたおかげ。
そこに時雨がいた。三十分後に会議があると聞いていたから。真面目な彼女は先に来て準備中。そこへ僕が入って行く。
「あれ? あっ、駄目だよここは! もうすぐ会議が始まるからっ」
慌てて駆け寄って来る彼女に、こちらもいっぱいいっぱいなのをヘルメットで隠しつつ後ろ手に持っていた封筒を差し出す。
「ッ!」
「え? これ、お手紙?」
「よ……読んで……ください……じゃあっ!」
四年ぶりに声を聴かせた。覚えていて欲しかったから。
手紙だけ渡してすぐ逃げ去る。恋慕を自覚した途端、直視するのも難しくなった。
実を言うと後悔した。もっとよく見ておけばよかったと。
だって、この後は三年間会えなくなるのだから。
「こ、これ……」
時雨は大いに驚いてくれたそうだ。なにせ僕が熱烈な愛の告白をしたためたラブレターだったからね。大きくなったら結婚してって書いたんだ。
後日、返信も来たよ。全く姿を現さなくなった僕に、唯一正体を知っているであろう母さんを通じて。
『君にはもっと良い相手が見つかると思います。でも嬉しかったです。もしも君が大人になって、おばさんになった私を見てもまだ同じ気持ちなら、その時にはお願いしようかな。お手紙にたくさん大好きと書いてもらえて、とても元気になれました。ありがとう名前も知らない君。もし良かったら、次の機会にはお名前を教えてください。できれば顔も見てみたいです』
その返信は、やっぱり悔しかったし嬉しくもあった。忠臣さんも言ってくれた、これは脈ありですぞって。母さんは複雑な表情だったけど。
僕が三年間姿を隠すことにしたのは、元々そうする予定だったから。ほら、普通の人の倍の速度で成長してるでしょ。成長期に入った今、流石に成長が早すぎて周囲から不自然に思われる可能性が高い。それで七歳になったら会社の中を歩き回るのは禁止だと前から言われていた。
好都合でもあった。三年経てば僕の体は六歳分成長する。つまり外見上は成人。見た目だけでも彼女と釣り合う。その時までは、もう会わない方が良い。
そして社内での自由を失ったのと引き換えにビルの外へは出してもらえた。といっても今度は島暮らし。母さんが当主になるのと入れ替わりに隠居した祖父の元で色々なことを学び始めた。
それにより祖父も一つの確信を抱く。
「お前は“鏡矢”に向かん」
使命感が全く無いそうだ。鏡矢の子は大抵他人を守ることに喜びを見出す。けれど僕はそれが無い。多分、神様としての使命から解き放たれたのと理由は同じ。神のそれと鏡矢のそれがぶつかり合って相殺された。だから僕は歴史上で最も自由な生き方のできる鏡矢だろうって、そう判定された。
「せっかくそのように生まれたのだ、好きに生きろ」
「そうする」
時雨が傷付くことになった元凶の一人なのに、僕は祖父が嫌いじゃない。だって時雨に似てる。二人の弟に退魔なんて危険な仕事をさせたくなかったんだ。それで必死になっただけ。多分祖父の代で起きた争いの原因は、そういうこと。祖父は鏡矢家の当主に値する器の持ち主ではあった。けれど、器用ではなかったのだ。
そして、彼女からチョコを貰い、ラブレターを渡したバレンタインから三年後──僕は東京に戻って来て時雨と再会し、お見合いすることに。
その場で種明かしを行った。
「あの時の子が穀雨くん!?」
「そうだよ、今の今まで気付かなかったの?」
ちょっとショックだな。顔を隠してたとはいえ、声は何度か聴かせたのに。
まあ、三年も経ったら記憶も薄れちゃうか。しかたないしかたない。
「というわけで約束を守って。僕はもう肉体的には大人だし、大人になっても君のことが好きなまま。返信のお手紙に書いてくれたよね、その時はお願いしようかなって。むしろ、こっちがそのお願いを聞き入れに来たんだよ?」
「いや、でも、仮に来るとしてもずっと先の話だと思っていて……」
「仮じゃないし五年後だって十年後だって変わらないよ? たとえあなたが百歳になっていたって僕は結婚を申し込む」
「え、ええっ……?」
ぷしゅーと頭から湯気を上げる時雨。うん、僕の目利きは間違ってなかった。
こんなに可愛い人はいない。
「お姉さん、この手を取って。もちろんあなたの気持ちは尊重する。でも、その上で僕を選んでくれるなら──一緒に幸せになりたい」
「おねっ……!?」
もちろん計算づく。時雨、君ってばブラコンだろ? そして僕に亡き弟の面影を重ねていたよね? ずるいと言われようと利用できるものは利用させてもらう。
だって僕は以前の僕とは違うんだ。今度はテスカトリポカが来ても絶対追い返してやる。
愛してる。結婚しよう、僕の最愛の人。
で、どうなったかって? はは、知ってるんじゃないの? 僕の口から言わせたいだけだろ。
まあいいよ、乗ってあげる。王子は彼女の愛を勝ち取り、二人の間には子供もたくさん生まれました。最初はちょっとぎくしゃくした親戚の皆とも今は仲良くしています。
そうして僕と時雨は末永く、幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。
ひみつのおうじ 秋谷イル @akitani_il
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