【短編890文字】ドーナツホール『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』

ツネワタ

第1話

 国民たちは困り果てていた。


 国を長年平和に治めてきた心優しい女王が近頃落ち込んでいるからだ。

 理由は分かっている。彼女の苦手な厳冬が訪れたからだ。毎年の事だ。


 この季節になると、優しい彼女は氷のように冷たい性格になってしまう。

 例年にも増してより一層厳しい寒さを湛える今年の冬は彼女の心すら冷やしてしまった。


 作物は枯れ、池は凍り、花は埋もれ、景色は長く退屈な白に塗りつぶされている。


 日に日に幸が薄れていく女王に見かねた民たちが催し物を開いた。

 大道芸人が大玉に乗りながらジャグリングを披露するも――。


「玉に乗ったからといって何だと言うのです」

 猛獣使いが獅子に火の輪を潜らせて見せるも――。


「獅子が火を潜るから何だと言うのです」

 選りすぐりの美男たちが麗しい唄を披露するも――。


「身目麗しい男たちが美声を披露したから何だと言うのです」

 ならばと腕に自信のある料理人たちが渾身の皿を振舞って見せた。


 本膳料理。満漢全席。正餐の取り揃え。東西南北ありとあらゆる味を。



 しかし――。


「食べる気になりません。皿は全て下げなさい」



 女王は振舞われた全てに取り合おうとせず、ただ冷たく言い放つ。


 そこで民たちは思い出した。女王は甘いモノを好んでいた事を。


 すぐさま国中の菓子が集められ、その中でも珍しい品が献上された。


 小麦粉・砂糖・卵で作った生地を酵母で発酵させ、油で揚げ、

 熱の通りを良くするために円形の生地の真ん中を丸く抜いて輪状にされている。

 出来上がった極上の菓子には溶かしたチョコと粉砂糖が振られていた。

 どうやらドーナツというらしい。


 一目見て誰もが口にしたいと思えるような魅力を備えていた。

 さっそく出来立てのドーナツが女王に振舞われた。

 視線を送り、前のめりになり、少し喉を鳴らして、女王は手を伸ばす。

 今度こそ! と民たちが心から確信したその時――。


「菓子に穴が空いてるわ。誰かが間違えて指を突っ込んだのよ。これはきっと不良品ね」


 女王は「悲しいわ……」と一言呟き、そのまま落胆した表情を見せた。


 民たちは唖然としたまま、何も言えずにその場で立ち尽くすのみである。


 冬が過ぎ、春になると女王の機嫌はウソのように元に戻った。

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【短編890文字】ドーナツホール『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』 ツネワタ @tsunewata0816

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