施術士オーメン

カール

第1話 魔法使いは疲れる

 現代の魔法使いの死亡率は高い。ではその死因はなんだろうか。凶悪な魔物と戦うためか? それとも隣国との戦争のために駆り出されるからか? どれでもない。それはすでに過去の話だ。現代はより深刻な状況になっている。



 最低限の生活音だけが響く暗い部屋。時間は昼だというのにひどく薄暗い。窓の向こうには青い空が見え、昼の時間だという事が分かるが、この部屋の中はまるで夜のように暗く静かであった。だがそんな静寂を一人の少年が唐突に破る。







「先生ー! 何見てるんです?」

「これだよこれ」


 私は手に持っている羊皮紙をこちらに向かってお茶を飲んでいるダミアンの方へ向けた。暗い室内に僅かに灯されているランプに照らされた羊皮紙を見ているようだ。


「えーっと、これってもしかして今月の”近代魔法使いの穢れ”じゃないですか!」

「あれ興味ある?」


 ここ数年愛読しているが中々興味深い。昔はこういった物に興味がなかったのだがここ数年落ち着いた生活をするようになってから読むようになったのだ。


「なんて書いてあるんです?」

「読めばわかるだろう」

「いやいやいや、僕は先生みたいに纏字てんじは読めないですぅ!」

「じゃあ勉強しなさいよ」


 まったくダミアンは優秀な助手なんだがどうしても勉強嫌いなのが欠点だ。まぁ気持ちは分かるのだがね。私だって嫌いだし。でも嫌いだからと言って避けてはいけない事柄というものがあるのだ。そう例えば――えっと……色々だ。


「なんて書いてあるんです?」

「これ情報量多いからね。何が知りたいんだい? 魔法使い最強ランキングとかかな? 1位は不動のローレンス・ラインラックだぞ」

「そんなの興味ないですよ先生!」


 何やら顔を膨らませているような気配を感じる。出来ればこういう誰が強いだとか、今注目の魔法使いとか、そういうものに興味を持ってほしいものだ。


「で、何が知りたいの?」

使!」


 きっとダミアンは満面の笑みを浮かべているのだろう。なぜこういう事にしか興味を持たないのか……いやもうその辺は諦めたけどさ。


「えーっとね。死因死因っとこれか。第3位! 魔物による被害。随分平和な世の中になってきたけどまだこういう被害はあるんだね。悲しいよ私は」

「うそばっかり言わないでください。2位はなんです?」


 嘘じゃないのに……。


「第2位は事故死だね。ほら最近魔術起動が流行っているだろ? それによる死亡事故が多いみたいだね」

「例えば?」

「空中飛行用の魔術起動がエンジン不良によって空から落ちてしまうとか。大型の魔術起動にひかれて死亡とか。……あと変わり種だと訓練用の魔術起動を使って腕が爆発した人もいるんだってさ」

「ひーっひっひっひっひッ!!」


 相変わらず気味悪い笑い方するよね君って。腹を抱えて笑っているダミアンを無視してまた”近代魔法使いの穢れ”に指をあてる。


「はぁはぁはぁ……それで第1位は?」

「――第1位は前年度と一緒だよ」

「なんだ。つまらないなぁ」


 まるで人が変わったかのように低い声で失望を露にするダミアンに私は笑いを堪えながら言った。


「仕方ないさ。現代魔法使いなんてそんなもんだろう」

「まだ2位の方がよっぽど面白いんですけどね」


 何それも仕方ないさ。今の時代魔法がすべてを担っている。産業も農業も建築から医療まですべてが魔法で成り立っている魔法社会。大きな戦争が終わり、今まで戦闘にばかり向けられていた魔法という力が今は文明を作るために使われているのだ。



 現代魔法使いの死因ランキング堂々の第1位――――それは。







 






 カラーンっと部屋に設置されているベルの音がする。その音を聞きダミアンは小走りで玄関まで移動した。今の音は手紙が投函された際になる魔術起動によるものだ。


「おや、先生。珍しいことに仕事の依頼ですよ」

「珍しいとはなんだ。昨日も働いたじゃないか」

「いや、薬草屋のアン婆の腰を治しただけでしょう。しかも治療費は現物でお金じゃなかったし」

「でもアン婆さんが作った薬飴は美味いだろう」

「10個じゃ足りません! もうなくなっちゃいました!!」


 まったく我儘だな。私なんて一個も食べれなかったんだぞ。全部食べちゃったくせに。


「それで誰からの手紙だい」

「読んでいいんですか?」

「その手紙は纏字で書かれていない普通の手紙じゃないのか?」

「ちょっと待ってくださいね。――えっとあぁ普通のインクで書いてますね」


 そういいながらダミアンは私の近くまで移動しいつも座っている椅子によじ登り座った。


「えっとですね。おや珍しいお貴族様からの依頼のようです」

「貴族だって?」


 珍しいな。貴族ならお抱えくらいいそうなもんだが。


「ランド侯爵のご令嬢レイナ・ランドからの手紙みたいですよ」

「レイナ様ね、様。怒られちゃうから」

。ここにはいないからバレないですよ。そのレイナからの依頼内容は魔力疲労がひどくうまく魔法が使えなくなったから診てほしいという事みたいです」

「様つけようね。怒られるの私だから。それにしても魔力疲労ね」


 依頼内容自体は特段珍しいものではない。よくある依頼だ。でもそれを何故私に依頼するのか理解できない。誰かの紹介か。


「ダミアン。他に何も書いてないかい。例えば誰かの紹介とかさ」

「ちょっと待ってください。まだ字を覚えたばかりだから時間かかるんですよ……ってありました。リチャードって人からの紹介みたいですよ」

「リチャード? もしかしてリチャード・ドナーかな」


 あの糞野郎の紹介か。不安しかないぞ。


「お知り合いですか?」

「古い友人だよ。でもそれなら断れないね」

「断るなんてとんでもない! ようやくちゃんとしか現金が手に入りますし今夜はお肉食べましょう!」


 ため息をこぼしながら椅子から立ち上がりいつもの場所にあるローブを纏い帽子を被る。私が着替えるのを見てダミアンも慌ただしく着替え始めた。


「じゃ行こうか」

「はい!! 楽しみですね!」




 これは魔法都市国家ビルワースでしがない施術士をしているオーメンの苦労話である。


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