第15話 少年、美少女と隣席になる

 

 その青い瞳をギロリと光らせ、ルウはレズンを睨みつける。

 負けじと彼もルウを睨み返し――

 教室内の空気が、電気でも帯びているかのように緊張した。

 そんな中、おずおずと小さな声を響かせようとする女性教師。


「あ、あの……

 ということですので。

 皆さん、これから、えっと、仲良くしてあげてくださいね」


 そんな教師に答える者は誰もいない。

 ルウは教室を一瞥すると、それが当然であるかのように教室中央の通路を突っ切り、真っすぐにヒロの元にやってきた。


「る、ルウラリアさん!?

 貴方の席は……」


 慌てて止める教師だが、ルウはにっこり笑って言ってのける。


「わたくしのヒロ様が、見ての通り多少問題を抱えておられるようですので。

 勝手ではございますが、当分わたくし、ヒロ様の隣に座らせていただきますね」

「え、えぇ……」

「ちょうど席は空いているようですし、よろしいでしょう?」


 笑顔のまま言い放ち、レズンたちに詰め寄るルウ。

 微笑みの奥底に隠された凄まじい覇気は、ヒロにさえも感じられた。

 そしてヒロの服を引っ張っていた男子生徒の手を、ルウは目にも止まらぬ速さで捻り上げる。


「あっ!

 い、痛てててて!!」

「あら、ごめんなさい。

 でも、ヒロ様の大切なお洋服を脱がして許されるのは、わたくしだけですよ?」


 ルウの一言に妙に納得してしまったヒロ。

 そりゃそうだ。だってこいつ、俺が自分で脱ぐことさえ嫌がって、無理矢理そのまま風呂に入れたくらいだから。

 でも――



 ――ルウは、本気で怒ってくれている。

 だけど、そうすると……



 この後起こるであろうことを想像し、ヒロの肩が小刻みに震える。

 そんな彼とルウを交互に見据えながら、レズンは苛立ちを隠さず、ヒロの隣席――

 ルウが座ろうとしていた椅子を、思いきり蹴飛ばした。



「よそ者が、勝手な真似すんじゃねぇよ。

 何も知らない癖に」



 ルウの眼前に立ちはだかるレズン。

 彼の怒気のこもった目は、大概の生徒が逃げ出すほどの眼力があったが――

 ルウの冷ややかな視線に比べたら、天と地ほどの差があった。

 それでもレズンは言ってのける。卵のついた手で、ヒロの髪を無遠慮にぐしゃぐしゃ撫でながら。


「こいつはな。勉強も運動もからっきし駄目で、クラスのバイキンなんだよ。

 性格も臆病で根暗。しょっちゅうあのモンスターハウスに引きこもってるもんだからさ、このままじゃ進級もおぼつかねぇんだ。

 だから俺たちが、心を鬼にして性根を叩き直してやってんだよ。な~ぁ?」


 猫なで声でヒロの肩を強引に抱き寄せ、顔を覗き込むレズン。

 同時に二の腕を力まかせに掴まれ、思わず呻いてしまうヒロ。

 ルウの全身から漂う冷たい怒気が、一段と濃くなった気がした。


「全くそのようには見えませんが?

 ヒロ様は湖で溺れかけたわたくしを、命がけで救出してくださった勇者様ですよ。

 いわれなき侮辱です」

「そりゃてめぇが魔物だからだろ。

 こいつは魔物の家に住んでるから、魔物にゃウケがいいんだよ。魔物だけには、な」

「勉強も運動も出来ないように見えるのは、貴方がたが嫌がらせをしているからでしょう。

 本や体操着をあのようにされたり、しょっちゅう暴行を受けたりしては、出来るものも出来なくなって当たり前です」


 ルウはきっぱり言い放つと、ヒロを掴んでいるレズンの腕を引きはがした。

 メリっと音が響き、悲鳴をあげるレズン。思わず周囲の者も目を見張る。

 本気になれば人間の骨など容易く砕く、触手族の強烈な腕力のなせる業であった。


「て、てめぇ……!」


 慌てて飛びのくレズン。

 そんな彼には目もくれず、ルウは何事もなかったかのようにヒロの隣に座った。


「あらあら、ヒロ様……な、なななんてことでしょう!

 ねばついた謎の白い半透明の液体が、ヒロ様のお顔いっぱいに……

 こ、これは……」

「いや、その、ルウ?

 言いたいことは分かるけど、今、そーいうこと言う状況じゃないからな」

「わ、分かってます、分かっておりますが!

 こ、この頬や顎から滴る液体に、ほのかに赤らんだヒロ様のお顔。

 そして少し乱され、液体の飛び散った制服……おぉ、なんという……」


 一瞬前の気迫はどこへやら、桜色の髪を振り乱して顔を赤らめるルウ。


「く、悔しいっ! こんな三下どもに、ヒロ様をこんなお姿にさせられて……

 しかもわたくしはこともあろうに、そんな傷ついたヒロ様に劣情をっ……!」

「……お前のそーいうの、早くも慣れてきた気がする自分が嫌だ」

「違いますヒロ様、わたくしは情けないのです!

 自分の手ではなく、他者の悪意によって性的な姿にされた愛しのかたに発情するなど、一族の、いえ、触手族の恥!

 わたくし、まだまだ修行が足りませんわ!!」


 しかし涙目になりつつも彼女は、ヒロの頬へそっと白い手を伸ばす。

 その指先が優しく頬に触れると、淡く青い光がヒロを包んだ――

 昨日と同じ、ルウの治癒魔法だ。触手と同じように、指先がヒロの肌や服についた汚れを吸い取っていく。


 そんな時、不意に教室の扉がばんと乱暴に開かれた。


「またこのクラスは! 少しは静かにせんか!

 他のクラスはとっくに授業が始まっているぞ!!」


 突然現れたのは、ゴツさ満点のマッチョな色黒のいかつい男性教師だった。

 東の国の武道着を着ていかにも体育教師のように見えたが、手にしているのは氷術の教科書である。


「ミソラ先生、困りますよ。

 毎度毎度これでは、他の生徒にも示しがつかん」

「す、すみません……ごめんなさい」


 そんな男性教師にひたすら頭を下げる、ミソラと呼ばれた女性教師。

 可哀想に、男性教師に見咎められてリスの如く震え上がっている。

 彼の闖入により、ようやくレズンたちも仕方なしとばかりに、ヒロとルウから離れていった。

 ルウに頬を拭かれるヒロを眺めながら――

 レズンはズボンのポケットで何かを探りつつ、一人皮肉な笑みを漏らした。


「まぁ……いいさ。

 俺たちには、俺たちだけの秘密がある。

 なぁ、ヒロ」


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