第2話 触手令嬢、愛に溺れる
というわけで。
わたくし、悪役令嬢のテンプレの如き追放を喰らってしまいました。
というか悪役令嬢って、追放を宣言するのが婚約者ではなく父上でいいんでしょうか。
仕方がありません――こうなったら、わたくしにも考えがあります。
父上のあの凝り固まった考えを根底から覆すには、まずは着衣凌辱の魅力を理解していただくのは必須。
その為には、着衣凌辱を行なうに相応しく、かつ、父上のお眼鏡に適うレベルの魅力的なかたを見つけなければなりません。
というわけで、また人間たちのテリトリーに向かいましょう。
わたくしがいつも出回るのは、触手族の多い地下洞窟ではなく、人間界の晴れ晴れとした空の下。
人間たちにしてみればわたくしたち触手族は魔物ですから、人間に警戒されることも当然あります。
また、オークやゴブリンのような異種族の魔物に襲われたりもします。
でも、わたくしの触手があれば、そんな雑魚どもはひとたまりもありません。ちょっと絞め上げればすぐに音を上げます。
わたくしが好きなのは、やはり人間。それも若い男性が実によいのです。
女子も悪くはないのですが、わたくし自身が女子であるせいか、養分摂取は出来ても心は満たされません。
ただ、美しさと逞しさを兼ね備えた若い男子は剣士や騎士や義賊といった方々が多く、さすがのわたくしでも手こずることもあります。だから、欲を言えばまだまだ未熟な、かつ将来有望な男子が良いのですが。
あぁ――わたくしの理想たる美しい若君はいったい何処に。
そんな風に悩みつつ、お気に入りの湖の岸辺を、自慢のぬめぬめしたお腹をひきずりながら散歩しておりますと――
なんということでしょう。
煌めくように美しい朝陽の中、湖面に伸びた桟橋で、一人きりでたたずむ少年の姿がありました。
年は12、3歳といったところでしょうか。
ちょっとボサボサっと乱れていますが、金色の混ざった艶のある緋の髪。色白ではありますが健康的な肌。
気の強そうな眉に、くりっと大きな若草色の瞳。
そして、そして――
そのかたは清潔な水兵服に、華奢な身体を包んでおられました。
白を基調とした半袖の水兵服はお日様の光を浴びて、眩しく輝き。
二本線の入ったスカイブルーの襟は涼しい風にはためき、同色のズボンの裾からは細い足首がちらりと覗いております。
襟の下で揺れる臙脂色の絹のスカーフが、水兵服の青と白を一層引き立たせております。
そして、白い水兵服がはためくたび、裾からはかわいらしいおヘソがちらちらと。
わたくしは思わず感嘆の吐息を漏らしながら、その美少年に見とれておりました。
う、美しい……そしてなんと可愛らしい……!
しかし、彼はどことなく寂しそうではありました。
笑顔になればきっともっと可愛らしいでしょうに、小さな肩を落としたまま、溜息をついて桟橋に腰かけています。何やら、酷く思い詰めているような……
細い足の割には大きめのブーツ。その爪先がふらふらと揺れて水面を掠め、そのたびに水面に小さな波紋が広がります。紺色のソックスと対照的な白い足首が眩しい。
ビビッときました。
彼です。彼こそが、わたくしの理想の、運命の若君!
もう……もう、わたくし、我慢が出来ませんわ!!
そう思った時にはもう、わたくしは一旦湖に飛び込んで桟橋付近で跳びあがり、全ての触手を伸ばして彼に襲いかかっておりました。
激しい飛沫に気づき、少年は顔を上げます。
わたくしの姿を目にして、驚愕と恐怖に見開かれる大きな瞳。喉から漏れ出る小さな悲鳴。
「え……な、何だ!?
魔物!?」
えぇ、その通り。誇り高き一族といえどわたくしは魔物、貴方の目から見ればモンスターですわ。
得体の知れぬ魔物を目にした時、人が見せるこの恐怖の表情。いつ見てもイイ。
それでも彼は反射的に立ち上がり、ぐっと両の拳を握りしめて構えてきます。意思の強そうな瞳が、真っすぐにわたくしを睨みました――
恐怖に耐え、抗えぬ脅威に打ち勝たんとする強靭な意思。この瞬間はたまりませんね。
ほんの小さな子供だと思いましたが、なかなかどうして、この子は見どころがあるようです。
――決めました。
もう、貴方はわたくしのものです。
一瞬で彼の身体に絡みつく、わたくしの触手。
清潔な水兵服に、ねっとりとした触手が絡みます。まずは軽く手足を、それから首筋を絞めてみましょう。
「ぐ……っ!
あ、あぁ、あ……くる、し……!!」
じたばた暴れても、もう遅い。
抵抗虚しく身体の自由を奪われ、少年はわたくしにあっけなく拘束されてしまいました。
触手の先端で、ちょいと襟元をつついてみます。良い形の鎖骨がちらりと見えました――
あぁ。わたくし自身、衣服を通して彼の体温を感じるたび、どんどん興奮しているのが分かります。触手自体が熱をもち、その本数が倍に増え、身体が膨らんでいきます。
触手族は感情が昂るとこうなってしまうのです。仕方ないのです!
「は、離せ……離せよ、馬鹿ぁっ!
うぅ、あ……っ!!」
どんどん絞めつけが強くなり、少年の頬が紅潮していきます。
それでも彼は必死であがき、わたくしの身を小さな拳でぺちぺち叩きます。
そして喉に絡んだ触手を、無我夢中で引き剥がそうとする手。
なかなか良い抗いですが、その程度でわたくしの触手に勝てようはずもなく――
苦しさのあまりか、彼は咳き込んでしまいました。
無数に絡みついた触手は、彼の身体をいとも軽々と引きずりあげ。
わたくしは彼を抱きしめながら、盛大な水飛沫と共に、湖に飛び込みました。
乱れた水兵服の裾や襟が水中にふわふわとなびきます。祝福の花のようにわたくしたちを包む無数の泡。
あぁ、次に水面に出た時にはどんなに魅惑的な姿になっていることでしょう。想像するだけでもう、意識が飛びそうです。
空気を求めて必死であがく彼の両腕を押さえつけ……
そのまま彼の感触をいっぱいに感じ、愛をいっぱい彼に注ぎ込み……いっぱいに……
あら?
「!!
い、いけない……! わ、わたくしとしたことが、我を忘れ……ガボッ!?」
あ、あまりの興奮で……忘れてました……
わたくし、触手と重量が増えると泳げなくなってしまうんでしたわ……!!
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