脱げない鎧とドラゴンと僕

猫山 

第1話 始まりの地

 草原に風が吹く。一面の草が揺れる。草むらの中には所々低木が生えている。時々何か獣が動く気配がする。遠くから風に乗って焦げ臭い匂いが漂っている。

 うっすら煙のようなものがあがっている草の向こうには、焼け焦げたような跡があり、その中に・・・うめく者が・・・・・白銀に輝く鎧?姿の誰かが倒れているのか?


「ここはどこだ?」

つぶやく声がした。弱々しい声だ。

「手が・・・」

起き上がろうともがいたが起き上がれないようだった。

「重い・・・自分はどうなっているんだ?何故動けないんだ・・」

焦るような、もどかしさがあふれるような声だった・・・


・・・


 自分を覆う物の中で僕は考えていた。ここはどこなのか。なぜ、動けないのか。とてつもなく重い物で自分は覆われているようだが。このままでは、圧死するか、動けないまま食事も摂れずに野垂れ死ぬか・・・けっしてよいことは思い浮かばない。何しろ焦げ臭いのだ。火事に巻き込まれたのか。このまま焼け死ぬのか?

動こうとしても動けない。帰らなくてはいけないのに。

「帰る?どこに?」

 不意に気がついた。僕は誰だ?どこに帰ろうとしている?

考えても答えは浮かばなかった。




 どのくらい時間がたったのだろう。少なくとも、空腹を覚えるくらいな時間はたったに違いない。腹が減った・・・その前に・・・行きたい・・・動けないと・・まさかの垂れ流しか!!!そ、それだけは・・・ 哲学的思考の海に沈む僕の耳に何かの音が聞こえてきた。・・・次第に近づいてくる・・何の音だろう。


「おーい、オーリ?」

誰かを呼ぶ声が近づいてきているようだ。

僕のそばに何か大きな物がいる気配がする。敵か?


「オーリ、オーリだろ?なんでこんなところに転がっているんだ?」

僕はピクリとも動かない体を動かそうと頑張った・・・

「何しているんだよ。早く起きろよ。」

「無理だ・・・動けないんだ。」


声の主はズシンズシンと重そうな音を立てて僕に近づいてきた。

「しょうがないなあ。」

声の後私はぐいっと起こされた。オーリとは僕のことか。

「オーリ、帰ろうぜ。」

声が遙か上から聞こえるのに不思議に思っていると

「なんで顔の覆いを取らないんだ?」

ときた。

「手が動かせないんだ。」

仕方がないので本当のことを言う。

「脱いじゃえよ。」

なんてこった。

「無理だ。」

と答えれば、

「なんでだよぉ。」

と来る・・・

「重すぎて手が動かせないんだ。君、誰だか分からないが、脱がせてくれないか?このままじゃ、食事も水を取ることも、用を足すこともできないんだ。」


「なにぃ!???」

声の主は大いに驚いたようだった。

「俺には無理だぜ。脱がすなんて」

「なぜだ?」

「分かっているくせに。俺は人じゃないからさ。」


人じゃない?じゃあ?

「おいおい。ぼけちまったのか?それともその鎧ののろいか?」

「鎧の?なんだって?」

盛大なため息と一緒に

「鎧だよ。鎧。おまえ、一人でやるって言うからちょいと飯を食いに行っていんだが。鎧を屈服させたのはいいが、馬鹿になっちまっていたとは。」

鎧を屈服?何のことだ?

「すまん。僕はさっきここで目が覚めたんだが、何も覚えていないんだ。おまけにこの鎧?とかで身動きができないんだ。」


息をのむ音がした。

「な、なんだって!!!」

しばしの沈黙の後、

「これ使ってみるか・・・」

の声と共に棒のような物が顔に当たり、パカッと顔の下半分が開いた。

「おおできた。確かここを押していたような気がしたんだよな。」

自分の前に顔を向けているもの・・・え?僕の前に大きな目、真っ白いからだ・・

「・・・ド・・・ドラゴン?」

「おお。そうだ。俺様は、ヴァイス。忘れているんなら教えてやるが、氷と水のドラゴンって訳。」

「僕は君と?」

「友達だぜ。」

ドラゴンと友達?この僕が?


「こうしていても仕方がないから、とりあえず・・いったん戻るぞ。」

「ま、待て、」

「なんだよ。」

「鎧が脱げないんだ」

「だから?」

「僕にこの鎧の中で用を足せ・・というのか?」

・・・・・

・・・・・

「そ・・・そりゃ悲惨だな・・・」

「なんとかならないか?」

「う~ん・・・オーリ、おまえは魔法が使えただろう?それで解決しろよ。」

「魔法?・・・・・」

僕は魔法を使うイメージをしてみた。1ミリたりとも使えるイメージがわかなかった。

「使えん。」

「はあ?爆煙のオーリ様が、魔法を使えんだって?」

なんだその厨二病的な名前は・・・ん?頭の隅を何かがよぎったが、

「とにかく切羽詰まっているんだ!!!」

・・・・・

「うまくいかんかったらあきらめろ・・・」

あまり安心できない言葉と共に、何かが体の中を通り過ぎた。それと共に僕の下半身はすっきりした。

「おお。ありがとう。」

「いや。確か、前、オーリが使ってたんだよ。ダンジョンなんかでは便利だから、俺も覚えたんだ。人に使うのは初めてだからうまくいくか分からんかったが。成功してよかったぜ。」

ダンジョン?なんだそれ?不意に頭のどこかで、薄暗い洞窟みたいなところで戦っている姿が見えた。どこ?だれ?


「もう、いいよな。」

そういう声と共に鎧ごと加えて持ち上げられた。ふわりと浮き上がり・・・驚く間もなく、何かにまた置かれる。

「う・・・うわあ・・・」

「お。その反応。初めて会ったときぶりだな。」

どうやら背中に乗せられたようだ。

顔の下に白い温かな物を感じる。

「まて、まさかこのまま飛んだりは?」

「はぁ?飛ぶに決まってる。」

僕は慌てた。落ちてしまう!!

「だ、だめだ。今、僕は手が動かせないからつかまれない。落ちてしまう。」

「だいじょうぶさ。ちゃんとつかまえていく。」

声と共に浮き上がる感じがした。

「む・・・むりだぁ!!」

つい泣き声になる。

むき出した顔には温かな白いドラゴンの背中・・・何も見えないのが救いだろう。風の音と羽音・・・

ドキドキする飛行は、かなり長く続いたようだ。ようだというのは、途中、すごく揺れて落っこちそうになった・・・いや、落ちたんだ。不意に目の前に森が近づいてきたその衝撃で、僕は気を失ってしまったから。その後のことは分からなかったんだ。


 気がついたら、椅子に座っていた。


 だから長かったのか、思ったより短い飛行だったのかは分からない。

 安堵のため息をつくと、誰かが話しかけてきた。

「飯食うか?」

 目の前には、小さくなったヴァイスがいた。



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