この世界は俺に優しくない
瀬川
第1話 突然の結婚
俺には、幼なじみが二人いる。
二人とも俺より年が下で、最初は弟のように可愛がっていた。
近くに子供がいなかったし、家のこともあり、俺達はいつも一緒に遊んでいた。
最初は、ただの幼なじみだった。
でもいつからか、俺は親愛ではない感情を抱くようになってしまった。
ほのかな恋心だった。
伝えるつもりはなかった。
彼は、俺のことなんか全く見ていなかったから。絶対に気持ちが返ってくることはない。伝えても、ただ迷惑をかけるだけだ。
下手をすれば、気持ち悪がられてしまうかもしれない。
好きな人には好きな人がいた、なんてありきたりなストーリーだろう。笑えない。
三人でいても、彼がこっちを向くことは無い。俺の存在なんて、いてもいなくても同じことだった。
それでも俺は、そばにいるだけで幸せだった。
いつか二人が結ばれた時に、笑顔で祝福出来るように何度も練習した。
痛みを訴える心臓を見ないふりして、気持ちを殺して、一緒に居続けた。
これ以上のことは望んでいなかったのに。運命は、どこまでも俺に対して残酷だった。
◇◇◇
「……結婚?」
その言葉を、上手く脳が処理してくれない。
理解するのを拒否していた。
「誰が、ですか?」
意味の無い質問だと分かっていても、それを受け入れたくなくて思わず問いかけた。
目の前に座る父が、俺のそんな逃げの態勢に気がついたのか大きく息を吐く。
「お前がだ。そして相手は、お前が仲良くしている
嘘だ。ありえない。
だって
「蓮は、
俺の幼なじみ。
蓮沼蓮と
二人は一年前に思いを通じ合わせ、凛が成人するのを待って入籍する予定だ。
それなのに、どうして俺と結婚するなんて馬鹿な話が出てきたんだ。
二人の婚約は周知の事実だ。
それにしては、笑えない冗談である。
「蓮沼家と小宮山家の婚約なんだが……破談になった」
「破談? 何故ですか!?」
破談になる理由なんて思いつかなかった。
二人はどう考えても相思相愛で、どんな障害があろうと引き裂かれることはないはずだ。
一体どうして。俺は訳が分からず、父に詰め寄った。
「落ち着きなさい。実は小宮山家の凛君は、
「若葉権蔵って……凛と五十歳も年が離れているじゃないですか!」
若葉権蔵。その名前は聞いたことがある。
昔から手広く事業を展開していて、ドンと呼ばれるぐらい影響力を持っている。
妻に先立たれ独身とはいえ、すでに六十八歳と高齢だ。凛が結婚相手に選ぶはずがない。
「まさか……」
「……そのまさかだ。家同士の結婚で、仕方なくという流れなんだ」
「蓮は、蓮は納得していないですよね?」
「そうだな。でも若葉家に逆らったらどうなるか、お前も分かるだろう」
分かる。それは家が潰れるのを意味していた。
俺も蓮も凛も、家を背負う立場の人間だ。自分の都合だけで選択出来ず、もし勝手な行動をすれば路頭に迷う人がたくさんいる。
きっと蓮は、家を捨てたとしても凛を選ぼうとしたはずだ。
しかし、それを周りがよしとしなかった。
凛と引き裂かれることになった彼の気持ちを思うと、胸が痛んだ。
「それで、どうして俺と結婚する話が出たのかが分かりかねます」
「小宮山家との婚約が破談となって、蓮君の結婚相手が空白になった。今から新しい関係を築いていくよりは、うちと繋がりを深めるべきだと考えたらしい。こちらとしても、お前がいつまでも結婚相手を見つけようとする気がないから、ちょうど良かったんだ」
「ちょうど良かったなんて……そんな勝手な」
「いくら文句を言っても、これはもう両家で合意した話なんだ」
「蓮は? この件を受け入れたとは思えません」
「蓮君も蓮沼家の人間なんだ。分かるだろう」
つまりは、納得せざるを得ない状況に持ち込んだわけだ。
家のために凛との婚約が無くなって、代わりに俺と結婚させられる。心の中では納得していないだろう。
「これから、蓮沼家に顔合わせしに行く。そこで結婚の詳しい日程を調整するから、お前も来なさい」
「どうせ、断れないんでしょう」
「よく分かっているじゃないか。でも、お前だって蓮君なら昔から知っているから、結婚相手として申し分ないだろう」
申し分ないなんて、そんな。
俺の気持ちを知っていて、わざと言っているのだろうか。そう疑ってしまう。
しかし、父は絶対に知らないはずだと思い直した。
凛の悲しみも、蓮が苦しんでいるのも分かっている。
それなのに、俺は浅ましくも嬉しいと思ってしまった。
ずっと、ずっと好きだったのだ。
叶うはずがない想いで、このまま消える運命だと諦めていた。
それが突然、結婚という話になった。
彼と、蓮と夫婦になれる。
そう思っただけで、顔が緩みそうになった。
「命令とあれば仕方ありません。すぐに用意致します」
しかし顔に出すことなく、俺は眼鏡の位置を直しながら、冷静な表情を作った。
「相変わらず愛想が無いな。こんな時でも、顔色ひとつ変えないなんてな」
誰のせいだ。
俺は父の言葉を無視して、顔合わせのための服に着替えるために部屋から出た。
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