第33話 屑男(フラン)

「いい子にしているのよ。」


もうすぐ二歳になるジェフの頭をなでるとベティは出て行った。

これから娼館での仕事の時間だ。


ジェフはベティが出ていくと、そのまま自分の部屋へと戻っていった。

もう寝る時間だというのと、このままここにいたら俺に怒鳴られるからだ。


テーブルの上にあった安酒をグラスに注ぐ。

あふれそうになって、慌てて飲んでむせそうになる。

何度飲んでも安酒は口に合わない。だけど、手に入るのはこの酒くらいしかない。

つまみもなく飲んでいると、わけもなく怒りがこみあげてくる。


なぜ俺がこんな目に。

伯爵家に婿入りしたら、何不自由なく暮らすはずだったのに。

いくら貧乏な伯爵家でも子爵家よりも爵位は上だ。

実家から金を引き出して、俺は自由に遊んで暮らす予定だった。


ただ一つの不満が、婚約者のレティシアが地味でつまらないことだった。

いつも暗くて愛想笑いすらしない、話しても面白いわけでもない。

家で何しているのかは知らないが、趣味といえるようなものがわからなかった。

着飾ることもなく、菓子に興味を持つわけでもなく、大衆小説も読まない。

その辺の女が興味持つようなことは一切知らないようだった。


それが可愛い双子が婚約者に変われば、何一つ文句のない結婚になると思ってたのに。


子爵家から追い出され、昔の女の家に行けば追い返され、

金を使い果たした後、ボロボロになって転がっていたところをベティに助けられた。

ベティは妊娠してしまった娼婦だった。

人気のある娼婦でもないのに、妊娠してしまい、生活も貧しかった。

それなのに、また厄介者である俺を拾ってしまった。


ベティはジェフを産むと、一月半後には娼婦の仕事に戻った。

俺にベティを任せて仕事に行くが、ジェフは俺が怖いのか、

ベティがいない間は自分の部屋におとなしくいるため手はかからない。


「ちっ。酒が切れた。」


安酒だといってもただでは手に入らない。

ベティに買ってこさせればいいのだが、仕事が終わるのは明日の朝だ。

それまで酒を我慢するのも嫌だった。


ジェフには家から出るんじゃねえぞと言い聞かせ、外に出た。

男娼のまねごとをするのはめんどうだったが、金を手に入れる手段が他にない。

ちょうど顔見知りの女を見つけて、金と酒をねだった。

年増だが色気がある女だった。

たまに会った時に宿屋にちょっと行って抱いてやれば酒を買ってくれて、

そのうえ小遣いもくれる便利な存在だった。


「またお金がないの?仕方ない子ねぇ。」


「いいだろ。もっと酒が欲しいんだよ。」


いつものように宿屋に行って満足させてから出ると、先に出た女の足が止まった。

見ると大男が立っている。すぐに見て怒っているのがわかるくらいの顔だった。


「あ、あんた。これは…ちょっと、あの、違うのよ?」


あんた?この女の旦那なのか。…まずくないか?

女が旦那と揉めているうちに逃げようとしたら、首根っこをつかまれて投げられた。

通りに置いてある酒樽に背中をぶつけ、苦しくて息が止まる。

男はそれを見ても手加減せずに、もう一度俺をつかんで反対側に投げ飛ばした。


「ぐぇ。」


意識が飛んだ。何か、まずいところをぶつけた気がする。

後頭部にふれると、手にべっとりと血が付いた。


「ひっ。」


血を見て、女が悲鳴をあげる。

男もさすがにやりすぎたと思ったのか、それ以上は手を出してこなかった。


「あ、あんた。あれはまずいよ。逃げよう…。」


俺を助けもせずに女は旦那と一緒になって逃げて行った。

酔っぱらいの喧嘩だと思っているのか、周りは見てみぬふりして去っていく。

こんな娼館や宿屋ばかりの通りには警吏も近寄ってこない。


しばらくして立ち上がり、家へと戻る。

家の中に入ると、もう一歩も歩けずに床に転がった。

血が止まらない。寒気がして身体が震える。


ジェフが気が付いて誰か助けを呼んでくれないかと期待したが、

いつも部屋から出たら怒鳴りつけていたせいか出てくることは無かった。


意識がだんだん遠退いていく…。

あれ、もしかして、俺死ぬのか?

こんなあっさりと、くだらないことで死ぬのか?


…俺は、どこから間違ったんだろう。

もう、答えを考える時間もなかった。



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