その162 祝福と、栄光の

 そして――私たちは。



 ながい、……とてもながい、セッションを終えて。



 ことん、と。

 鉛筆を、テーブルの上に置きます。

 机のノートには、大量のメモが書き込まれていました。

 その内容を、一部ご紹介させていただくと……。


『キャラクター名:雛罌粟雪美

 プレイヤー名:終わらせるもの

 レベル16 剣闘士

 人格的特徴:自分をロボットだと思っている。

 尊ぶもの:自分の世界観、公正さ、仲間

 関わりのあるもの:ロボット、機械

 憎むもの、性格的な弱点:優柔不断

 背景:空虚

 属性:中立にして善』


 たった今、私と心を一つにしていた人。

 その、情報。


 私を取り囲む仲間は、二人。

 ”語り姫”さんと、”賭博師”さんです。


 部屋は、薄暗く、狭く、テーブルの四方を紫色のヴェールで囲った、奇妙な雰囲気の空間で、明かりはただ、蝋燭の光だけ。

 占い師の部屋とか、降霊会とか、そういう雰囲気をイメージしていただくと分かりやすいでしょうか。


 私たちはいま、大仕事を終えたばかりでした。


「つ……」


「つ……つ、つ……」


「……疲れたぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 悲鳴を上げながら、背もたれにどてーんと、よりかかって。

 すると、”語り姫”――遠峰万葉さんが、にやりと笑いました。


「やあやあ。お疲れ様」


 そして彼女は、手元の”ルールブック”を閉じます。


「どうだった? 初のTRPG体験」


 眉間を、ぐにぐにと揉んで。


「……いまのを、TRPGと言って良いのかどうか……」

「アリスの中では、そういうことになってるんだから。それでいいんじゃない」


 私は、万葉さんの手元にある”ルールブック”を見ました。

 それがいま、もの凄い勢いで風化していくのがわかります。


 使い切りの、過去干渉権。

 それがいま、消失した……。

 その事実が、はっきりとわかりました。


「問題は、だ」


 そこで、しばらく黙り込んでいた”賭博師”さんが、口を開きました。


「これで本当に、”魂修復機ソウル・レプリケーター”が手に入るかどうかってこと。だろ?」

「そうだね」


 万葉さんが、日肉っぽく笑います。


「タイムトラベルもののSFとかだと、現実改変ってのは大抵、碌な結末を生まないが……」


 でも。

 それでも。

 彼女が使った”ルールブック”は、とっておきの実績報酬。


 幻聴さん、――アリスは、そういうとこ、妙に律儀です。

 たぶん大丈夫だと、思うんですけれど。


「えーっと。一応ここで、状況を整理させてもらっても、いいか?」


 どうぞ。


「……俺様たちはいま、”語り姫”の力を借りて……過去に介入した」

「はい」

「介入したのは、……俺様たちの世界では、早々にくたばった”プレイヤー”の一人。雛罌粟雪美って女の人生」

「そうですね」


 少なくとも私は、所沢で彼女たちと出くわすことはありませんでした。

 つまり、私たちが元いた世界線では、彼女は生きていなかったということでしょう。

 理由は、わかりません。

 ”ゾンビ使い”とぶつかって殺されたか。

 飯田保純さんに殺されたか。

 ゾンビに負けて、死んでしまったか。


 あるいは……”シスターズ”同士で、殺し合いになってしまったのかも。


「それで? その後、どうなる?」

「どう、というと?」

「変わっているのは……この、俺様たちがいるテリトリーの外、なんだよな?」

「はい」


 部屋を一歩出れば、そこはもう、私たちの知らない世界。


 私たち三人にとっては、孤独な旅になるかもしれません。

 なにせ……この外で起こった事象の大半は、私たちの認識とズレが生じているはずですから。


「でもさ、あのさ……いま、この、外にもさ、俺様たちは一応、存在しているはず、なんだよな」

「そうなりますね」

「ってことは、俺様たちってさ。……どうなっちまうんだ?」


 すると万葉さんが、シニカルな笑みを浮かべます。


「それについては、説明したろ。覚悟も、してもらった筈だ」

「そりゃまあ、そうだけどさ……」


 ごにょごにょする”賭博師”さん。


「俺様ってほら。とりあえず飛び込んでから考えるタイプだから……」

「……しょうがないやつだね」


 そうして”語り姫”は、もう一度説明してくれました。


「……まず、時間の流れには、元通りになる力がある。

 この、元通りになる力を、”修復力”と呼ぶとしよう」

「…………ふむ」

「その修復力の前じゃあ、個人の存在なんて、ひどく曖昧なものなんだよ」

「……うん、うん」

「故に、ね。

 私たちが、ここを出た瞬間――私たちと、外の世界にいる私たちは、その”修復力”によって統合される。その世界に存在していた”自分”の記憶と、今いる私たちの記憶が溶け合って……一つになる」

「それって……今の俺様たちは、死ぬってことじゃないのか?」

「死にはしない。融合だ。……新たな経験を経る行為を”死ぬ”と表現するなら、そうかもしれないが」


 ”賭博師”さんはそこで、うむむむむむむ、と唸ります。


「でもさ」


 そして、……実を言うと私も、心のどこかで不安に思っていたことを訊ねました。


「もし、この世界線の自分が、百万人のロリコン集団に百億回レイプされたりしてたら……その記憶も引き継いじまうってことだよな?」

「そうだね」

「もし、この世界の自分が、どこかのタイミングでドジ踏んでくたばっちまってたら、そいつに引っ張られて死ぬってことにならないか?」

「さあて、如何だろう。流石にそのパターンに関する説明は、なかったから。――”実績報酬”は、いつだって言葉たらずだからね」

「つまり、死ぬかも知れないってことか」

「――そうだね。……だが、そのために”冒険者ランキング”を取ったわけだ。今のところ、私と”終わらせるもの”が死んでいるパターンは少ない。大丈夫さ」


 “賭博師”さんは、カウボーイハットのつばを摘まんで、そっと顔を隠します。


「でも、結局のところ、”賭け”ではある……ってことだよな? 何もかも、うまくいかない可能性は、ある」

「然うね。――だから、運命を操作ができる貴女が、ここにいる訳だけれど」

「ううう……」


 ”賭博師”さんは、しょんぼりと頭を抱える。


「どうしよう。なんかだんだん、怖くなってきたぞ」

「まあまあ、前向きに考えなよ。最悪でも、”魂修復機ソウル・レプリケーター”で蘇生はできるはずだから」

「その件だって、ちょっと怖いぞ。本当にあの、雪美ってイカレ女は、うまくやるのか?」


 それには私も、唇を尖らせます。


「ちょっと。雪美さんの悪口を言わないでください。彼女はとっても良い子ですよ」

「そりゃーまーそーかもしれねーけどさー」


 苦い表情の、”賭博師”さん。


「まあ……良いじゃあないか。どーせ私ら、浮き草に乗ってる様な人生さ」

「うへぇ。流石に俺様、そこまで割り切れねぇ」

「……歴史には、”修正力”が働く。安心しな。それほど大きな違いは生まれないさ。私たちの友達は私たちの友達のままだし……私たちの敵は、私たちの敵のまま。そーいうもんさ」

「はあ……」


 そうして我々は……それぞれ、覚悟を決めるまで、数分ほど黙り込みました。


「……しゃーない。いくか」


 そして”賭博師”さんが、席を立ちます。


「いやぁ、わくわくするねぇ」


 ”語り姫”さんって、”賭博師”さんよりよっぽど、ギャンブラーっぽいですね。

 物書きさんってみんな、そういうものなのかしら?

 自分の人生を掛け金に、賭博をすること。そういうことに慣れているのかも。


「いくぜ……! ――《夢幻のダイスロール》!」


 そして、《ペテン》。


 私たちの行く先に、善き道のりが拓けますように。

 ”幸運のコイン”を握りしめます。


「よし! うまくいったぞ」

「鬼が出るか、蛇が出るか」

「世界がぜんぶ、滅びちゃってたりして」

「怖いこと、言わない」


 ちなみにこの部屋は、舞浜にあるディスティニーランドの一画。

 今回のために特別に作られた、即席コンテナの中にあります。


「では……行きますよ……」


 深呼吸を、して。

 そして、ドアノブを捻ります。


 時刻は、早朝。

 光が差し込む、明るい時間のはずでした。


 そこで、私を待ち受けていたのは…………。



「おかえりなさい」


 雛罌粟雪美が、そう言った。



 結論から、言おう。


 彼女たちを待ち受けていたのは。

 彼女たちの想像を、遙かに超える――。


 祝福と、栄光の日々であった。

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